勇者様

「待て!その子を離せーっ!!」

誰かがこっちに向かって走ってきた。


「お前っ!人さらいだな!?やっつけてやる!!」

「なんだぁ…?このガキ……」

木剣を持った男の子だ。光の精霊がその剣の周りを回っている。


突然視界が大きく揺らぎ、気が付くと私は男の子の腕の中にいた。

「なっ…!?返せ!!」


男の子は私をやさしく地面におろしてくれたけど、その隙に怖い人に頭を殴られて体ごと吹き飛んだ。起き上がってこない。

怖い人の手が私に向かって伸びてくる。


「この村から出てけっ!!」

さっきの男の子が怖い人に向かって体当たりしてきた。

怖い人の動きが止まり、男の子のほうを向く。その隙に逃げ出したかったけど、足が震えて動かなかった。


男の子の体がまた地面に転がる。でも、そのたびに起き上がって、怖い人の足に飛びついていった。

「なんてガキだ……くそ!!」

怖い人が歩き出そうと片足を上げた瞬間、地面についているほうの足に男の子が突進して、怖い人が地面に倒れた。


その間に男の子は落とした木剣を拾って構えた。剣先を回っていた光の精霊が輝く。

怖い人が起き上がると同時に男の子は木剣をぶんぶん振り回した。

それは何度か怖い人の体に当たり、そのたびに悲鳴が聞こえた。


「ちくしょう、覚えてやがれ!!」

怖い人が走って逃げていく。この男の子のおかげで私は助かったんだ。


あんな大きな人を一人でやっつけてしまうなんてすごい。

勇者様だ。

「キミ、怪我はない?」

光の精霊の加護を受けた剣を果敢に振るい、弱き者を助ける剣士。

本で見た勇者様だ…


ありがとう!勇者様。

「あ、それじゃ喋れないよな…」

男の子が私の口を縛っていた布を外してくれた。

喋ってるよ?へんなの。

私は大丈夫だよ。勇者様のほうがひどいけがを…

「怖かったよな、もう大丈夫だから」

男の子が私の頭をぽんぽんと撫でる。

手を差し伸べて、立ち上がらせてくれた。



「旅行者かな?家族の人とはぐれたなら一緒に探すよ」

家族。

その言葉で、私はおばあちゃんのことを思い出した。

もう日が暮れかけている。精霊たちには夕飯までに戻ると言ってしまったし、今日の夕食当番は私だから、おばあちゃんは私がいなくなったことに気が付いて探しているかもしれない。体の調子が悪いのにそんなことをさせたらだめだ。


勇者様ほんとうにありがとう!でも今は急いでるのでごめんなさい!

「あっ……ちょっと!」


遠くで勇者様が何か叫んでいたけど、何て言っているかは耳に入らなかった。後でちゃんとお礼を言いに行こう。



来た道をまっすぐ走って森に帰ると、おばあちゃんが怖い顔をして立っていた。

絶対怒られると思ったのに、おばあちゃんは私をぎゅっと抱きしめて、一緒におうちまで歩いた。おうちには夕飯も用意されていた。


おばあちゃん、言いつけを守らなくてごめんなさい。お夕飯を作らなくてごめんなさい。

"いいんだよリル。あたしがちゃんと説明していないのがよくなかったね。"


おばあちゃんは私にお母さんの話をしてくれた。

お母さんが町で暮らしていたころ、ある男の人と恋に落ち、私を生むためにこの森に帰ってきたこと。その男の人には婚約者がいたから、お母さんは黙って身を引いたんだって。私は、私にお父さんがいることにびっくりした。お父さんっておとぎ話の存在だと思っていたから。森の精霊たちが女神さまから生まれたように、私もお母さんが1人で産んだんだと思ってた。


それで、おばあちゃんはもう私とは暮らせないから、私のお父さんに連絡を取ったらしい。もう2,3日したら迎えに来るって言ってた。

おばあちゃんと離れるのはすごく嫌だったけど、お父さんに会えるのはちょっと楽しみだった。森の女神さまから生まれる森の精霊たちと同じように、私はお母さんが一人で産んだ子なんだと思っていたから。


お母さんはお墓になってるところしか見た事がなかったけど、ちゃんと生きていて、町で暮らしていたこともあるんだ。かっこいいなぁ。



でも、ベッドに入ると、悲しくて涙が止まらなかった。

おばあちゃんとはやっぱりお別れなんだ。いやだ。


1日のうちにいろんなことがありすぎて、頭がぐちゃぐちゃする。


"リルー、この子だれ?"

あ……勇者様だよ。私を助けてくれたんだ。

"ゆうしゃさま?リルが探しに行ったのはおいしゃさんじゃないの?"

お医者さんは町にもいなかったの…

あ…町じゃなくて村っていうんだっけ……

"むら?まち?"

"勇者様、わるい人を倒してかっこいいねー"

うん。

"勇者?勇者なんてもういないよ"

いたんだもん。

"ただの子供じゃないか"

勇者様だよ。光の精霊がいるでしょ。

"ほんとだ。これは勇者様だ"

"でも町ってやっぱり危険だね。こんな怖い人がいるなんて"

そのために勇者様がいるんだよ…

"おいしゃさんはいないのにゆうしゃさまはいるんだねー"

そうだね……

"リル、もうねむいのかな?"

"おやすみ"

"おやすみー"



夢を見た。

元気に動き回るおばあちゃんと、お母さんとお父さんと私で一緒に暮らす夢。

お母さんとお父さんと顔はわからないから、夢の中でもボヤっとしてたけど、すっごくやさしかった。

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