前日譚

序章 森で育った少女の話

森と精霊とおばあちゃん

後で知った事だけど、あのとき助けてくれた少年は、勇者ではなく見習い冒険者というらしい。それでも私にとっては勇者様だ。まだ見習いなのにわるものを倒すなんてかっこいい。


このことがきっかけで、私は『冒険者』という職業に憧れを抱いた。



私は深い森の中でおばあちゃんと一緒に住んでいた。

お母さんは私が小さいころに森に還ったとかで、おばあちゃんと2人っきりの家族だったけど、森には精霊がたくさんいたからさみしくなかった。


"おはようリル!今日はスズレンゲの花が咲いたよ。見にいこうよ"

おはよう。私あのお花だいすき。


"お花なんてつまんない。川で遊ぼうよ~"

川はまだ冷たいからやだ。もう少し日が昇るのが早くなったらね。


"そんなことよりプチンの実が食べごろだよ!"

そうなんだ!じゃあ帰りにたくさん採っていこう。


精霊たちはいっぱい話しかけてくれる。これはトクベツなことで、おばあちゃんのそのまたおばあちゃんの、そのまたずーっとおばあちゃんが森の妖精だったから、精霊たちとお話ができるんだって。

でも、私が知ってる人間はおばあちゃんしかいないし、おばあちゃんも私と同じだったから、何がトクベツなのかわからなかった。


森の精霊はいつも一緒に遊んでくれたし、おばあちゃんのお部屋には読み切れないほどの本がたくさんあったから、毎日楽しく過ごしていた。



でも、このごろおばあちゃんの元気がない。

おばあちゃんの好きな木の実を使ったごはんを残すようになったし、一日中寝台ベッドの上で過ごす日が増えた。私にはベッドの上でだらだらしてちゃだめだって叱るのに。


"ヘレナはもう十分生きた。森に還る準備をしているんだよ"

森に還るって、お母さんみたいにいなくなっちゃうってこと?


"そうだよ。ここからはいなくなる。でも、心配しなくていい。魂はリルと共にある。生きた証は消えないんだ"

いやだよ。いなくなるなんてやだ。


森の外には<町>ってところがあって、そこにいる<お医者さん>って職業の人が体の調子が悪いのを治してくれるって本に書いてあった。この森にも癒しの力を持っている精霊がいるけど、治せるのは怪我だけだって言って協力してくれない。


おばあちゃんは森の外はキケンだっていつも言っている。いつかその時が来るまで、この森から出てはいけないって、強く言い聞かせられていた。


今がその時なんじゃないのかな?


"リル、だめだよ。外は危ないよ"

大丈夫、夕飯までにはお医者さんを連れて帰ってくるから。

"だめだよ、だめだよ"


私は精霊たちが止めるのも聞かず、走り出した。



走り続けていたら木がぜんぜん生えてないない景色が広がった。木がないのに草も生えてない平らな地面があって、すごく歩きやすい。これが<道>ってやつかも。森の外に出られたんだ。


町ってところには人がたくさん住んでいるって本に書いてあったから、きっと家がたくさんあるところなんだと思う。道は人が行き来するためのものだから、道があるということはその先に町があるということだよね。

東か西か、どっちに進めばよいのかはわからなかったけど、歩いていけばどっちを選んでも町に行けるはずだと信じて適当に進む。



森の外にも精霊がいることがわかったけど、話しかけてこない。

わたしは心細くなって、涙が出そうになってきたけど、おばあちゃんのためだと自分を奮い立たせて歩き続けた。



どのくらい歩いたかわからないけど、本で見たような建物がぽつぽつと建っている場所にたどり着いた。ここが町なのかな。


私が進んできた道と、石が敷かれた道との境界に木の板が飾ってあって、その板に宿る精霊がつぶやいた。


"ちがうよ。ここはレンチェ村さ。町はずーっと先だ"

そうなの?ここにお医者さんはいる?

"オマエ、俺の言葉がわかるのか?"

わかるよ。私、おばあちゃんを治してほしくてお医者さんを探してるの。

"医者はいないけど、パン屋のカーヤが薬草に詳しいから話を聞いてみなよ"


レンチェ村という名前を聞いて、それがこの板に書かれている文字と同じだってことに気が付いた。パン屋と書かれた板を探せばいいんだなと察すると、板の精霊がパン屋の場所を教えてくれた。


村って町より規模が小さい人間の集まりだったと思うけど、想像していたよりだいぶ広い。木がないから遠くまで見渡せるのに、歩くと距離があった。


「こんなところにエルフのガキとは珍しいな」

パン屋へと続く道を歩いていると、急に体が浮いた。


「ん…?こいつ人間か?だったらなおのこと珍しい!エルフより高く売れるかもしれねえ」

大きくて怖い顔をした人が私の服をつまんで持ち上げていた。


怖い人は私をつまんでいるのとは別の手で、私の口もとを布で縛った。

「暴れるんじゃねえ!」

怖くて必死に手足を動かしたけど、そのせいでより強く体を掴まれてしまって身動きが取れなくなった。


森の外はキケンってこういうことだったんだ。この近くにも精霊の気配があるけど、誰も助けてくれない。私はおばあちゃんの言いつけを守らなかったことを強く後悔した。

怖い。どうしよう。おばあちゃん……!

目をぎゅっと閉じたとき、背後からだれかが走ってくる音がきこえた。

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