お父さん

朝、私がいつものように川で水を汲んでいると、後ろから声がした。

「すみません、お嬢さん。」

声のした方向に顔を向けると、見たことのない人が立っていた。しかも2人。

だれ?

「このあたりにヘレナという女性の家は──」

その男の人は何か言いかけて、持っていた荷物を落っことした。


それから私に少し近づいて、地面に膝を落としてボソっとつぶやいた。

「リリア……」

リリア。お母さんのお墓に刻んである言葉だ。


男の人の目の端がきらりと光る。

それをポケットから取り出した布でぬぐってから、ゆっくりと私に話しかけてきた。

「すまない、私はマティアス・レンフォードという者で、君の父親……お父さんだよ。」

あなたが私のお父さん!?えっと…初めまして?


「……、言葉が通じてないみたいだ、通訳頼む。」

お父さんは、お父さんの後ろにいた別の男の人に声を掛けた。

後ろにいた男の人が中腰になって、さっきお父さんが言ったことと同じようなことを私に語りかけてきた。どうしてそんなことするんだろう。


「局長。もしかしてお嬢さんは耳が聞こえないのでは…」

「いや、そんな情報は…」

お父さんと後ろの人が小声で喋ってる。

聞こえてるのにどうしたんだろう。


その時、ガサガサと草をかきわけておばあちゃんがやってきた。私が水くみから戻ってこないので心配して見に来たんだろう。


「……!あなたは…」

お父さんが立ち上がった。

「すみません。案内していただく約束だったのに勝手に森の中に入ってきてしまって…」

後ろにいる人がまたお父さんの言葉を繰り返そうとしたけど、おばあちゃんが話し始めたので静かになった。

「わたし、あなた、手紙、出した。わたし、ヘレナ。」

「ああ、通訳者を同行させたのでご心配なく。ご自身の言葉でお話しください。」

後ろにいる人…ツーヤクシャさんがお父さんの言葉を真似する。

「気遣いありがとう。とりあえず私の家に来とくれ。」

おばあちゃんが先頭で、お父さんたちと連れ立っておうちに向かう。私が汲んだお水はお父さんが運んでくれた。



いつもおばあちゃんと二人で座る食卓にお父さんが座ったので私が座る場所がない。

小さいころに使っていたイスを持ってこようか迷っていたら、おばあちゃんに"お茶を沸かしておくれ。4人分だよ"と頼まれたので、汲んできたお水を持ってキッチンに行った。

お水をケトルに移し替えていると、火の精霊がすぐにやってきてお湯に変えてくれた。すぐに葉っぱの精霊がやってきてお茶の葉をポットにそそぐ。


ありがとう!

"いえいえ。外のニンゲンが来るなんて珍しいから張り切っちゃった"

"森のお茶おいしいかな?"


トレーにお茶を載せて戻ると、おばあちゃんの話声が聞こえてくる。

「あの子は話せないんだ。娘が遺した本を読んでいたから外の世界の言葉はわかるんだけどね。あたしらは言語の壁を越えて心で会話するから、声を使った会話を知らないんだよ。」

お父さんはびっくりしたような顔をしたあと、納得したように私を見た。

そして、トレーからお茶を取ったあと、私の頭を撫でて「ありがとう」と言ってくれた。頬のあたりがぽわぽわした。


ツーヤクシャさんもイスがないので立っている。お茶を渡すと、にっこりして受け取ってくれた。この人は誰かの言葉を真似するためにここにいるみたい。


おばあちゃんの前にお茶を置いたあと、後ろに横たわっている丸太の上に座ってお茶を飲んだ。ここじゃなくてちゃんとイスに座って飲みなさいっていつもなら叱られるのに何も言われない。


「こんなところに居たらこの子のためにならないっていうのは重々承知していたんだけどね…娘とはアンタには絶対に知らせるなっていう約束だったし、あたしもこの子と離れたくなくてね……この子がこうなってしまったのはあたしの責任だよ。」

「いえ、あなたのせいではありません。9年前のあの日、私は婚約を解消したことを知らせにリリアの家に向かったのですが、既に彼女の姿はなく……。縁を切られたのだと思い彼女のことを諦めてしまいました。もっと必死に探すべきだったんです。」

お父さんが下を向いて、拳をぎゅっと握りしめている。


「娘は死んじまったし、あたしももう長くない。だからアンタに手紙を送ったんだ。マティアスさん、この子の面倒をあたしのかわりに見てやってほしい。この子に必要な教育を受けさせてほしい。金はないが、この森でしか取れない貴重な素材をたんまり集めてある。」

「ヘレナさん。お金の心配は要りません。リリィは私の子で間違いない、私が引き取って育てます。今までしてやれなかった父親としての責務を果たします。」

お父さんはそう言って、私の顔を見て微笑んだ。



お父さんがお母さんのお墓の場所を教えてほしいというので、私が案内した。

お父さんはお墓の前に一輪の百合をお供えした。お母さんが好きなお花だったのかな。そのあと一緒にお祈りしたけど、お父さんは私よりずっと長い時間手を合わせていた。

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