森の外
お父さんはすぐにでも私を連れて帰りたいみたいだったけど、最期までおばあちゃんと一緒にいたいという私の気持ちを尊重して、もう少し森にいられることになった。
「何かあったらこれを使って連絡するんだ。すぐ迎えに行くからね。」
お父さんはそう言って、小さな石の板を渡してくれた。
これは魔法の力で動いていて、誰かに何かを知らせたり、自分が知りたいことを調べたりできるらしい。石の中に精霊と似たような気配を感じたから、中に小さい精霊さんが住んでるんだ、と思った。
それから7回太陽が昇ったあと、おばあちゃんは動かなくなってしまった。
"ヘレナは森に還った。悲しむことはない"
そう言われても涙が止まらなかった。
私はお父さんにもらった石の板を取り出し、教えてもらった通りに操作した。
森の外まで迎えに行ったら、お父さんがお馬に乗ってこちらに走ってくるのが見えた。お父さんのおうちはここからすごく遠いから、近くの町でお仕事しながら私を待っていてくれたんだって。
お父さんと一緒に、おばあちゃんを弔った。
お墓はおばあちゃんの希望通り、お母さんのお墓の隣に。お父さんと一緒におばあちゃんが好きだったお花を摘んできて、おばあちゃんの棺に入れた。
おばあちゃんは自分の埋葬を精霊たちにやってもらう予定だったみたいで、おばあちゃんに頼まれていた精霊たちが私とお父さんを手伝ってくれた。お墓の文字も精霊が刻んでいく。お父さんは精霊の姿が見えないみたいで不思議そうな顔をしていた。
"リルはリルの人生を歩むんだよ。人生をがんばったら、おばあちゃんにいつかまた会えるよ"
うん。森を出るときが来たんだね。
おうちに戻って、お母さんの本の中から特にお気に入りの3冊と、おばあちゃんが遺した稀少素材をカバンに詰める。おばあちゃんは売ってお金にしなさいと言っていたけど、おばあちゃんが私のために集めてくれたものだから、宝物にしようと思った。
"入りきらなかったぶんは、ぼくたちが守ってるよ"
"いつでも戻ってきてね"
みんな、ありがとう。
森の精霊たちの中で一番仲が良かった風の精霊が一緒についてきてくれることになった。これで森の外でも寂しくない。
◇
お父さんが暮らしている街はすっごく大きくて、人もモノもいっぱいだった。
食べ物も森にはなかったものばかり。森にいたころはおばあちゃんと私が交代でご飯を作っていたけど、お父さんのおうちには料理を作る専門の人がいて、その人がいつも作ってくれる。お洗濯とかお掃除もそれぞれ別の人がやっていた。お仕事が忙しいからおうちのことまでやるのが難しいらしいから、お手伝いしてもらってると教えてもらった。私も手伝おうとしたけど、子供は勉強をするのが仕事だって言われた。
私の年だと初等学校に通って勉強するのが普通らしいんだけど、私は言葉がうまく話せないから学校には通ってなかった。
人間というのは本当は声をつかって会話するものらしい。この家に来たばかりの頃は頭の中に浮かんだことを直接つたえられないのがもどかしくて、森からずっと一緒だった精霊や、おうちに住んでいる精霊とばかりお話してた。
おばあちゃん以外の人間をほとんど見たことがなかったから、知らない人が近くにいるとちょっと緊張してしまうのも原因のひとつだった。
お父さんはツーヤクシャさんに教わりながらおばあちゃんが使っていた言葉を覚えて私にたくさん話しかけてくれた。お仕事があるから家にいる時間は少なかったけど、おやすみの時はたくさん私に話しかけてくれた。そしたら、私もだんだんと言葉を口に出せるようになってきた。
そのうち、お手伝いの人も私に声をかけてくるようになって、知らない人ではなくなってきた。
もう少し喋れるようになったら言葉の先生をおうちに呼んで、もっとしっかり言葉が話せるように教えてもらえるらしい。
そうなったら今度は初等教育の先生を家に呼んで、おうちで学校と同じ勉強を教えてもらう予定になってる。
あるとき、お父さんが冒険者管理局というところで働いているということを知った。今は勇者という職業は存在しなくて、戦う人はみんな『冒険者』と呼ぶらしい。
私が本で読んだ勇者様が魔王を倒すお話は、いま暮らしてる人たち全員が生まれてないくらいのすっごくすっごーく昔のことだった。
魔王がいなくなったあとの魔物は大人しくなったけど、たまに人間を襲ったり悪いことをしてくるので、そうならないように退治するのが冒険者のお仕事。
その冒険者が死んじゃったりしないよう、安全に戦えるようにするのがお父さんのお仕事だった。
私はお父さんにお願いして冒険者名鑑というのを見せてもらった。あの時助けてくれた男の子の名前を調べてお礼をしたかったから。
名鑑の検索ワードに【レンチェ村】と打ち込み、並んだ顔写真の中から勇者様の顔を見つけた。そこにはこう記してあった。
* 職業:村人(レンチェ村) / 冒険者見習い
冒険者見習い……見習いってことはまだ一人前じゃないってことだよね。
それなのに悪者を成敗しちゃうなんてかっこいい。
勇者ではないとわかったけど、心の中ではずっと勇者様と呼び続けることにした。
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