はじめてのお酒 side Luk

今日は冒険者管理局の地下にある魔法訓練所でリリィに魔法をみてもらえることになった。

先に夕食をとり、そのあとは訓練所が開いている時間──21時まで魔法剣の修行に付き合ってもらう予定だ。


クエスト終了後の後処理諸々を済ませて約束していた店に向かうと、リリィは今まで見た事のないローブを着て現れた。こんな小洒落た意匠のローブも持ってたのか。

「なんかいつもと違う?」

「あっはい。魔法の勉強なので適したものを…」

へえ。恋人に会う時はもっとかわいい服を着ていくんだろうな。



俺は腸詰めの盛り合わせと麦酒を頼んだ。昔はラーブ狩りの直後はしばらく肉が食えなかったが、今ではバクバク食えるようになった。


ふと、俺が注文した酒をじっと見つめるリリィの視線に気づいた。

「そういや飲みに行こうって約束してたな。リリィも飲むか?」

リリィが酒を注文するのを見た事が無かったから断りもなく一人で飲んでしまっていた。悪いことしたな…


「どれがおいしいとかわからなくて…それっておいしいですか?」

「んー…これは苦いやつだから…リリィは果実酒のほうがいいんじゃないか」

単にリリィは酒が苦手なんだと思ってたけど、飲んだことすらないのならまずは甘い酒を勧めたい。

「同じので」

苦くない麦酒もあるのに、リリィは俺と同じものを頼んで顔をしかめている。

やっぱりまだ子供だな。深い仲の男がいるなんて信じられない。


「だから果実酒にしろって言ったのに。そっちは俺が貰うからまた注文しなよ」

「…すみません。」

…あれ、恋人とは一緒に飲んだことないのか?リリィより年下なのか、2人とも酒が苦手だから飲まないのか……


どんな男と付き合ってるのか気になるし、カマをかけてみるか。


「……そういや、リリィがいつも帝都で会ってる人とは飲んだことないのか?」

リリィはという顔をしてから口を開いた。

「……お酒が飲める年齢になったら酌み交わしたいとは言ってましたね~……。」

気まずそうな顔をしている。やはり今はまだ飲めない年齢なのか?

そんなガキのくせに子供ができるような行為すんなよ…怒りが沸いてきた。


しかし、俺にはずっと秘密にしてたくせにあっさり白状したな。

「その人はリリィの大切な人…なんだよな?」

「え?はあ、まあ……」

「そうか……」

隠していたというわけではなさそうな口ぶりだ。だったらなんで黙ってたんだよ。苛立ちが募っていく。


「リリィの大切な人なら俺も挨拶しておきたいな」

「えっ!?」

「迷惑ならいいんだけど。一応、上司みたいな存在として、挨拶くらいしておいた方が彼も安心できるかと…」

リリィが俺のギルドにいる時点で相手は冒険者ではないはず。


かなり意地悪なことを言ったが、リリィの返答は意外なものだった。

「迷惑なんかじゃないですよ。ルーカスのことを褒めていたので、きっと歓迎すると思います。」

「えっ俺のこと知ってんの!?」

「いつもルーカスの話してますので…もちろん尊敬する冒険者の先輩としてですよ。」

彼女が冒険者という不安定な職に就いていて、他の男と寝食を共にしても嫉妬するどころか褒めるなんて──リリィは俺を過大評価しているので話を盛って伝えている可能性もあるが──すごく人間が出来ている。


人間としての格の違いに言葉を失っていると、テーブルの脇に置いていたナビがメッセージを受信した。


* ウルランタ さんがパーティから離脱しました


「あ、パーティ解散するの忘れてたな。ウルランタはまたいい男を見つけたんだろうか」

そういやあの男は結局どうしたんだろう?今度ウルランタに会ったら聞いてみるか。

「あの年で故郷の未来を背負ってるなんて立派だと思います。」

もしかしてリリィは結婚を前提に例の男と付き合っていて、だから避妊していないのかもしれない。


「リリィもまだ若いけど、結婚したいなって思うことある…か?」

「それは…私だって好きな人と出来るならしたいですけど……」

だいぶ昔にギルドメンバーで雑談していた時は結婚願望はないと言っていた気がする。この心境の変化はやはり……

「そうか。結婚式の主賓挨拶は任せてくれ…」

そう告げると、リリィの瞳から感情が消えた。



「結婚なんて……しません。一生しないと思います」



彼女の触れられたくない部分に触れてしまったと後悔した。

そんな哀しい顔をしないでくれ。俺が悪かった。


「ごめん!!結婚なんてまだ先の話だよな。変な事聞いてごめん!」

相手は結婚してくれない…もしくは結婚出来ない相手なんだな。

年下なら不倫ではないだろうし、ただ年が下なだけなら数年も経てば結婚できる。


ノーラがだと言うので男だと思い込んでいたが、もしかしたらリリィの恋人は同性なのかもしれない。単に恋人の話をしたのをノーラが彼氏だと勘違いしたんだろう。女同士なら男性用の魔装具を見た事がないのは当然だし、俺の話をしても嫉妬しないのも納得だ。俺は恋愛対象ではないのだから。


──相手のことがすごく好きなんだって伝わってきて、こっちまで幸せな気分になっちゃった。


ノーラの言葉を思い出す。


法的に認められない恋でも、リリィが幸せならそれでいいじゃないか。

打ち明けていなかった秘密を無理やりこじ開けてしまったことと、自分勝手な理由でリリィの時間を奪おうとしていることを深く反省した。

約束通り飯代はこれからも出すが、魔法の訓練は今日で終わりにしよう。



「ごちそうさまでした。訓練所に移動しましょう。」

ごはんがおいしかったのか、リリィに笑顔が戻ってきた。

ずっとそういう顔をしていてほしい。

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