仕事優先

夜間作業を終え、広場のベンチでぼーっとしているといつのまにか朝になっていた。

「あれ?ルーカスじゃない。って昨日もこんなやり取りしたね…」

「ノーラか。早いな」

「そっか、あんたは宿とれなかったんだっけ?疲れた顔してんね。」

宿は取れたんだが、説明するのは面倒なので黙っておく。

「昨日はすまん、急に頼んで」

「全然!ガールズトークで盛り上がっちゃって、ちびっこ達はまだ寝てる。」

「ガールなのは2人だけだろ…」

ノーラが足を踏んできた。

「はぁーあ、リリィってあんなかわいい顔するのね。いつも涼しい顔してモンスター薙ぎ払ってる子と同じとは思えなかったわ。フフン。うらやましいでしょう。」

「……」

俺だってリリィのかわいい表情くらい見た事あるぞ。初心者の頃のリリィはもっと表情豊かだったのをノーラは知らないだろう。心の中でマウントを取った。


「それにしても、リリィに彼氏がいたなんて知らなかった。そういうプライベートな話してくれてうれしかったなぁ…」

リリィに彼氏だと……?

「相手のことがすごく好きなんだって伝わってきて、こっちまで幸せな気分になっちゃった。」

「へえ……」

「あれ、ルーカスも知らなかった?あ!!これ内緒だっけ。ごめん、聞かなかったことにして!」


知らなかった。

リリィがギルド内で一番親しいのは俺だと思っていたが、仕事のない日にリリィが何をしているのかも知らないことに気づいた。帝都で仕事をする時は絶対に宿を取らないが、もしかして男に会いに行ってるのか…?


「じゃー私は管理局に昨日の収穫品預けに行ってくるから。後でね~」

ノーラは麻袋の中身をじゃらじゃらと揺らしながら去って行った。


リリィに彼氏……。

あのダンジョンでの反応でそういう相手は居ないと思い込んでいた。

そういや初めてだとは言ってなかったな。魔装具のことも知ってたみたいだし……いや、見るのは初めてだって言ってたかな?もしかしてリリィの相手は着けないでする奴なのか?子供が出来たらどうするつもりなんだ。



やめとけよ、そんな男。




リリィたちが起きた頃には街道の封鎖は解除され、ぶじ拠点まで戻ってこられた。

拠点と言っても冒険者管理局が管理している施設の一区画を間借りしているだけだが、作戦会議室やギルドメンバー共有の倉庫などがある。管理局も近いし、他のギルドも何組かこの施設を拠点にしているので、情報交換にもあつらえ向きだ。


俺が会議室の掲示板を確認していると、リリィが郵便受けから依頼書を取り出して持ってきてくれた。

「緊急の依頼は来てませんでした。」

「そうか。じゃあ今日のクエストはこっちだな」


掲示板には今抱えている依頼書が貼ってある。一番締め切りが近いのは洞窟ラーブの捕獲クエスト。寝てない身体にはヘビーだが、ノーラもウルランタもパーティから抜けていないので余裕だろう。


* ルーカス:洞窟ラーブ受注。手が空いてる奴は13時に拠点前集合


ギルドチャットに通達を入れたあと、管理局へのクエスト受領報告をリリィに任せ、倉庫裏にある寝床で少し横になった。



「大丈夫ですか?」

「……!」

いつのまにか眠っていたようで飛び起きる。

「今何時だ!?」

「集合時刻まであと10分あります。お疲れなら私たちだけで行ってきますよ。」

「そうか……少し寝たらすっきりしたから問題ないよ」

リリィが剣の入った鞘を両手に持ち、俺に差し出してきた。

「武器が…魔法剣を持っていたようなのでいつもの装備と取り換えておきました。洞窟に向かうので問題ないですよね?」

「ああ、ありがとう」

そういえばジャメロの後処理に使ってそのままだったか。

リリィは仕事に関連することだったら何でも進んでやってくれるな……。


ユピトのダンジョンであったことも、全てクエストのためだったんだろう。恋人がいるのに他の男とするなんて泣くほど嫌だっただろうに。

そうか…迷惑をかけないっていうのは俺を訴える気はないという意味だったのかもしれないな。唇を奪ってしまったが、それがクエストのクリア条件だったわけだし、その件は許してくれるのだろう。その健気さが胸に沁みる。


そのせいか、最低限の責任すら果たさない男の存在に腹が立った。


別れさせてやる。

俺が仕事として頼めばリリィは男より仕事を優先するだろう。


「前に暇なときでいいって言ったけど、今日から空いた時間に魔法のこと教えてくれないか?」

「え……」

リリィは一瞬嫌そうな表情を見せた。恋人との時間が減らされるのは嫌だろう。

「実はツォクシでジャケルメロンの後片付けを手伝ってたんだけど、魔法剣が早々に使えなくなって不便だったんだよね。今後もこういうことがあるかもしれないし」

「それでお疲れだったんですね……。」

「今日はたぶんクエスト終わったらそのまま自由時間だけど、晩飯もおごるからさ」

「いいんですか!?」

なんだ、飯に釣られたか。思ったより簡単だった。

「ああ。授業料ってことで」

「じゃ、じゃあ、これから毎日自由時間に教えるとしたら、その都度…!?」

「毎食おごるよ」

「や…やったぁ…じゃ、今日のクエスト後からよろしくお願いします……!」

おごると言ったらこんなに喜ぶとは思わなかった。帝都はここからそう遠くないが、定期的に会うとしたら結構な金がかかるからな…


リリィは俺の魔法適性のなさを甘く見ているだろうが、数日程度じゃ終わらないだろう。数か月も会えない日が続いたらきっと関係はダメになる。



それでも崩れない関係だったら素直に応援しよう。

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