一部屋しかありません

鉄板で溶かしたチーズが料理にかけられていく様子を、リリィは目を輝かせながら見つめている。


俺たちは宿場町・フォーラにある料理店で夕飯をとっていた。

リリィの発言の真意がなんだったのか悩みすぎて乗り替えの馬車にうっかり乗り遅れてしまったが、たまたま出会った親切なおじさんのおかげで無事ここまで辿り着けた。拠点へは予定通りの日程で帰れるだろう。


夕飯をとったあとは宿で休んで一日が終わった。

明くる朝も同様だ。フツーにふたりで朝飯食って移動。あたりさわりのない会話。

リリィは俺のことを好きなのかもしれないと悩んでいたが、すべて俺の気のせいだったんじゃないかってくらい普通に過ごした。リリィが何も言ってこないならこのままの関係でいいんじゃないか。気持ちをはっきり告げられたら断らないといけない。曖昧なままにしておきたい。



このまま何事もなく帰還するのかと思いきや、事件は起きた。

「あれ…?なんか道路に落ちてますねぇ…」

乗合馬車の馬を操っていた御者がつぶやき、馬車の動きが止まった。


「お客さんがた、すみません。馬が地面に落ちてるもの食べ始めちゃって…」

窓から身を乗り出して外を見てみると、馬車に繋がれた馬たちが果物のようなものを食べていた。

「ジャケルメロンっぽいですね。やめさせないと!」

「ははあ。魔物でしたか。訓練してあるのに拾い食いするなんておかしいと思いましたよ。」

「早くやめさせないと、食べ続けると呪いがかかります!」

「あわわわ……お、お客様の中に聖職者の方はいらっしゃいませんか!?」


たまたま乗り合わせていた僧侶が名乗りを上げて馬の呪いを解いてくれたが、この先の道にも点々とジャケルメロンが落ちているのが見えた。

「あああ…これはちょっと商売にならないなぁ。すみませんが、ここからは歩いて進んでもらえますか。お代は結構ですので。」

ここからだと次の街・ツォクシまで歩いて30分かかるが、乗り合わせていた客は全員が冒険者だったので文句も言わず歩き始めた。

乗合馬車は来た道を引き返していく。


ジャケルメロンは硬い皮に包まれた凶悪植物だが、割れば大人しくなる。中にレアアイテムが入っていることが多いので、見かけたら絶対に倒される人気の魔物だ。

動物系の魔物は倒した数分後には自然消滅するが、植物系の魔物は1週間ほどその場に残る。ジャメロの果肉を食べると呪われてしまうので、倒した奴が責任もって処分するはずだが……?


「街の近くに沸くのは珍しいですね。」

リリィは目についたジャメロを焼却しながら歩いていく。俺も炎属性の武器を持ってくればよかった。そういやリリィに魔法剣の修行に付き合ってもらう約束をしていたことを思い出す。昨晩ヒマだったから頼めば良かったな…



ツォクシに足を踏み入れると、ジャメロが跳ね回った痕跡があちこちにあった。壁が崩れ、窓が割れている建物がいくつもある。この街で夕飯をとってから夜行馬車で帰る予定だったのだが、嫌な予感がしたので先に乗り場へ向かった。



乗り場付近は人でごった返していて、人ごみの向こうに立て札が見えた。


『ナークワアガ方面の街道は現在封鎖されております』


拠点方面の街道が封鎖…!?


「何があったんでしょう。見えますか?」

リリィが背伸びして人ごみの先を見ようとしている。

「ああ、この先の街道が封鎖されてるらしい。ちょっと話を聞いてみよう」


近くにいた人たちに話を聞いて回った結果、この近くでジャケルメロンの大量発生があり、街道を防護していた結界が破られたとわかった。そんな状態で夜間に馬車を走らせるのは危険なので、結界が張り直されるまで封鎖されることになったようだ。


ここまで順調だったがツォクシで足止めか……。まぁ今日はこの街に泊まって、明日の早朝帰れば問題ないだろう。


「とりあえずメシでも食うか」

「……待ってください。この街で見かける人の数がいつもより多くないですか?先に宿を確保しておいたほうが良いと思います。」

「そうか、ジャメロ駆除に集まった冒険者たちか!」



この街には冒険者向けの宿が3軒ある。

「申し訳ありませんお客様。本日は満室です」

次。

「あいにく満室となっております。キャンセル待ちご希望でしたら…」

次。

「一部屋ならお取りできます。残り一室ですよ!」

「……」

「あ、2名様ですか?本来なら1名様につき一部屋取っていただいてますが、非常事態ですので特別に1名様分の料金で2名様ご宿泊いただけます」

「……」

「泊まらないんですか?」

「……泊まります。その部屋予約してください」

俺は野宿でもするかなと思っていたら、後ろで悲鳴が聞こえた。


「ああー!満室だってよ!」「どうする、外はメロンの被害が大きくて天幕張れるスペースないぞ」「徹夜でもするかなぁ…」

俺も徹夜するか。


寝床を確保できなかった冒険者たちの叫びはリリィにも聞こえてたようで心配そうな顔をしている。

「心配するな、リリィは宿で寝てくれ。俺はどこかで時間潰してるよ」

「そんな…悪いです。」

リリィに部屋の鍵を渡そうとしたが、受け取ろうとしない。

「長旅で疲れてますよね。ちゃんと寝台で休んだほうがいいですよ。」

「それはリリィも同じだろ。遠慮すんな」

「じゃあ……」

鍵を持つ俺の手の上にリリィが手を重ねた。


「一緒に寝ますか?」


いいのか?と言ってしまいそうだったので言葉を飲み込んだ。

よくないだろ。今度こそめちゃくちゃにするぞ。

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