チーズを守れ

やっちゃった……

馬車の中で熟睡してしまい、乗り替える予定の馬車に乗り遅れてしまった。


「ごめんなさい……」

「俺がもっと早く起こせば良かったよ。気にするな」

「でも、次の馬車だと今日中にフォーラまで行けるでしょうか…?」

「客が一人もいなくてどこにも停車しなかったらギリ辿り着けるくらいだな。まぁ遠征期間は1週間って伝えてあるから、多少遅れても問題ないよ」


依頼のあったグランスからフォーラまで移動して一日、二日目にフォーラからツォクシまで移動できたら、ツォクシから拠点のあるナークワアガまでは夜行馬車の運行があるので三日あれば帰れる予定だった。


そういえばルーカスと落ち着いて話せてる。寝過ごして慌ててたせいで意識してなかったな。やっぱり私にはこのくらいの距離感のほうがちょうどいいな……



立ち尽くしていると、恰幅のいいおじさんが汗を拭きながら話しかけてきた。

「兄ちゃんたち、もしかしてフォーラ方面に行きたいのかい?」

「あ、はい」

「立ち聞きしてすまないねぇ。私はこのあたりで酪農をやってる者だが、急ぎで隣町までこのチーズを届けたくてね。荷台で良かったら乗っていかないかい?」

「え!いいんですか?」

「ああ。隣町はフォーラ方面へ行く乗合馬車の停泊予定地だし、近道を通るから馬車より先に着くと思うよ。その代わり頼みたいことがあってね……」

「僕たちに出来ることでしたら請け負いますよ」

「そっちの道だと魔物が出るんだよ。ある程度だったらスピードを出せば振り切れるんだが、途中で囲まれてしまう。そこで、馬が怖がらないように迅速に退治してほしい。できるかい?」



酪農家のバーデンさんがチーズを荷台に運んでいる間、ルーカスが装備を弓矢に替えに行こうとするので止めた。

「それより、バーデンさんの荷運びを手伝いましょう。敵は全部私が仕留めます。」


シルフ。馬に速度補助ってかけられるかな。

"ウマは難しいな。追い風で勘弁してくれ"


「準備が出来たから出発しよう。お嬢さん、おじさんの後ろで良かったら馬に乗せてあげられるけど、荷台でいいのかい?」

「あの…魔物が出たらすぐ退治できるように、ここにいます。お気遣い、ありがとうございます。」



荷馬車が進み出して数分で馬の方に乗せてもらえばよかったと後悔しかけた。放り出されそうなくらい揺れる……チーズには網がかかってて落ちないようになってるけど、人間用の網はない。乗合馬車の乗り心地って良かったんだなぁ。


でも、ここにいないとできないことがある。私は荷台のへりを右手でしっかり掴み、ロッドを左手で握った。

「ルーカス。魔物の気配を察知したら位置を教えてくれますか?」

「…!なるほどな、さっそくだが2時の方向、木の陰にゴブリンがいる」

馬に気付かれないよう速やかにファイヤーアローを放つ。

囲まれる前に倒してしまえば馬を止めなくて良い。ドロップアイテムを拾えないのはもったいないけど、大幅な時間短縮になるはず!


「1時の方向からアクマヤギ、11時の方向、藪の中にスライム2体」

私のファイヤーアローの射程距離手前で教えてくれるようになった。視認してすぐ当てられるのでとてもやりやすい。


急に体が安定した。

「…お前は魔物に集中しろ。2時にゴブリン1体、11時にゴブリン2体、その後ろにコカトリスがいる」

ルーカスが私を支えてくれていた。これなら両手でロッドが握れるし、荷台から落ちそうになるのを心配せず撃てる!



「いやあ本当に助かったよ。まさかこんな短時間で着くとはねぇ」

「お礼はこの子に。彼女が全て倒してくれました」

「いやいや、聞こえてたよ?君たちすごいコンビネーションだったね。そうだ、おじさんがおやつに食べようと思っていたチーズで良ければ貰ってくれないかい。ふたりで仲良く食べてくれ」

「いいんですか?」

「いいよいいよ。この時間なら夕飯までに帰れるからね。ほんとにありがとうね!」

そう言ってバーデンさんはルーカスにチーズを渡し、荷台を引いて商店街の方へ歩いて行った。


「あ。ちょうど馬車が着ましたね。」

「あのおじさん、帰りはさすがに馬車道を通るよな…?ちょっと心配になるくらいモンスター沸いてたぞ」

「どうでしょう。そろそろ日が暮れるので安全な道を通ると思いますが。」


乗合馬車に乗り込んだ後もルーカスはバーデンさんのことを気にかけていた。

「俺たちに直接声かけてきたってことは、冒険者管理局で依頼が出せることを知らないんじゃないかな…紹介しておけばよかったかもしれない」

そっか。管理局を通していないのでクエストポイントが入らない依頼だったな~くらいのことしか考えてなかった。こういう高潔な精神はやっぱり勇者みたいだなと思った。

「あの近辺で活動してる冒険者に知り合いはいないんですか?」

「あ~!そうだな、そうか。ちょっと連絡とってみるよ。ありがとう」


ナビストーンで何やら操作したあと、ルークは外の風景を眺めながら言った。

「…フォーラに着いたら、持ち込みのチーズを焼いてくれる店探そうな」

「はい。」

「それにしても、俺のへっぽこ弓術を披露しなくて良かったよ…」

私は好きだけどな。今日だって時間に余裕があったらルークが弓を射るところ見たかったもの。

「半分はルーカスのおかげですよ。」

「ああ、まあ、俺が狙った方向に魔法飛ばしてるみたいで楽しかったな」


私も楽しかった。

クエスト中だと思えば、ルーカスを変に意識しないで自然に触れ合える。

私の気持ちに気付いてると思うけど、普通に接してくれて嬉しかった。見返りは何もいらないから、想い続けることを許してほしい。

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