第二章 帰途

移動の前の腹ごしらえ

ダンジョンの外に出て一人になったら、眠気と空腹と羞恥心が一気に襲ってきて、ヘンな声をあげがらその場にうずくまってしまった。


"おいおいどうしたんだリル!?"

シルフ……


ここまで態度に出てしまったら、下手に隠さない方がいいかもしれない。


キスした。……ルーカスと。

"はあ!?なんでそんなことに?"

色々あったの。

"ふうん。あのニンゲンもリルのことが好きってことか。良かったな"

わからない。たぶん、違うと思う。

"好きでもないのにキスしたのか?ニンゲンの行動はときどき理解不能だ"


大事な仲間だって言ってくれたのはすっごくうれしかったけど、あれってつまり恋愛感情はないってことだよね。というか…まだ昔付き合ってた人のことが好きなのかもしれない。

キスもそういう行為の一環だって聞いたから、そのつもりでしてきたのかもしれない。それがたまたまクリア条件だったからそこで終わっただけで、条件じゃなかったら続きがあったのかも。

あああ…思い出すだけでも顔から火が出そう。ちょっと唇が触れただけでここまで心を乱してしまうんだから、一線を越えなくて本当に良かった…


…キスの衝撃で忘れてたけど、裸も見られてるんだった。暗かったとはいえ、目が慣れてきて…ルーカスの姿もけっこう見えてたから…向こうにも同じくらい見えてたと思う。本当に恥ずかしくてしにそう。これから拠点まで3日かけて帰るなんて、どういう顔して過ごせばいいの?もう私の気持ちがバレちゃってるかもしれないし、もう正直に打ち明けたほうがいいのかな。ルークを困らせるだけかな。


そうだ、ここでもたもたしているとルークが出てきてしまうかもしれない。


私は走って町へ戻った。

管理局グランス支部でクエスト完了報告を済ませ、ルークが預けていた荷物を受け取り、馬車が出る時間を確認した。あと1時間くらいある。どうしよう。

遅めの朝ごはんでも食べる?黙々と食べていれば気まずい時間を潰せそう。


カウンターで食べられる飲食店を探して中に入り、ナビストーンでルーカスに店の場所を教えた。



* おなかがすいたので『ブラト』というカフェにいます。


リリィからナビに連絡が入った。

おなかがすいたのか……ちょっとしたことでもかわいいと感じてしまう。なんだこの気持ちは。


邪な気持ちを追いやってからカフェの入り口をくぐり、カウンター席にリリィの後ろ姿を見つけ、隣のイスに腰掛ける。

「すまん。遅れて」

「いえ……あっ!ちょうど注文したものが。」

リリィに言われて前を見ると、店員が朝食の載ったプレートを俺たちの前に置いた。


半分に切った丸いパンの間に薄切りにした腸詰めと香草が挟んである。それとコーヒー。これから長時間馬車に移動することを考えるとちょうどいい量の食事だ。この近辺は舗装されていない道が続くから、食べ過ぎると酔う。

リリィは生野菜を挟んだパンをもぐもぐと食べている。視線をカウンターに移すとカップにミルクが注がれているのが見えた。

自分の目の前のプレートを改めて見る。こっちは俺の好みに合わせて注文しておいてくれたのか。胸の奥がうずうずする。



俺が冒険者として駆け出しだったころ、同じギルドに所属する先輩と恋仲になった。

初めて恋人が出来て俺は調子に乗りまくっていたが、実はギルド内で誰が新米冒険者を落とすか賭けをしていたと知り、彼女のことが信じられなくなり喧嘩別れした。

先輩はギルドを抜け、居づらくなった俺も別のギルドに移籍した。


先輩は賭けと関係なく本気で俺を好きになったと言っていたが、それを信じることが出来なかった。俺自身、本当に彼女を好きだったのかわからなくなったからだ。相手に好きだと言われて、その気になっていただけかもしれないし、裏切られたという思いで慕情を封じてしまったのかもしれない。


四六時中一緒に居て、危機を共に切り抜ける冒険者たちは恋心を錯覚しやすい。だから俺は同業者に言い寄られたら断っている。その後も俺を好きだと言ってくる女性は皆無だったから、やはり気の迷いだったんだろう。

あのとき、リリィと気持ちが通じ合ったような気がしたが、極限状態に置かれたせいで恋愛感情だと錯覚しただけかもしれない。気持ちが不確かなまま恋人同士になって、その後関係がうまくいかずに別れることになったらリリィはギルドを抜けるだろう。それだけは嫌だ。



リリィが食べ終わるのを待ってから店を出ると、乗合馬車がやってくるのが見えた。

他の客もいたので俺とリリィは同じ長イスに腰掛けた。こんなこと何度もあったのに緊張してしまう。


隣の町で停車した時に他の客が降り、新たな乗客は来なかったというのに、リリィは席を移さない。こんなことは初めてだ。

妙な気を起こすといけないので、向かいに移ろうと腰を浮かしたら、リリィの頭が俺の肩に触れた。


「もう…お気付きかもしれませんが…私…」

な…なんだ。

リリィの頭が落ちないよう注意深く座り直した。

「わた…し……ル………が……」

なんだ?俺か?

「めいわくは、かけませんので……」

何がだ?


返事をしようとしたらリリィが眠っていることに気づいて自分の口を押さえた。

そういや寝不足だって言ってたな……。


ここで寝かせて欲しいと言いたかったのかもしれない。迷惑なわけあるか、肩くらいいくらでも貸してやろう。


待て、そんな言い方だったか?俺を好きだと言いかけていたのでは?

いや…でもあの時泣いてたしな……迷惑って何の話だ。起こして話を聞きたい。


悶々とした気持ちを抱えながら次の停車地を待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る