クリア条件を達成しました

あれからどれくらい時間が経ったのかわからない。もう何時間もここにいるような気がするし、まだ数分程度しか経っていないような気もする。


時間経過のわからない空間に閉じ込められた恐ろしさを感じ、不安が押し寄せてきた。最初に警告が出ていたし、ここは自動リタイア機能がないダンジョンかもしれない。あの機能があったとしても、設定期間によっては出られた瞬間に酷い空腹と眠気に襲われるだろう。俺は3日分くらいなら耐えられると思うが、リリィをそれに巻き込むのは申し訳ない。

クエスト中に死にかけたことは何度かあるか、こんな形で危険に晒すのは…


ふと、体の下のシーツが引っ張られていることに気づいた。俺が上にいるせいで重くて引けないようだ。

「ごめん、寒い?」

「あっ、いやあの…ルーカスが寒いんじゃないかと思って…シーツ、被りません…?」

なんだって。リリィと同じシーツの間に挟まるなんてまた暴走しかねない。

「いや…?平気だけど……」

「そうですか……」

あれ、この反応……もしかして一緒に入りたいのか?

確かにこの部屋は少し肌寒い。ふたりでくるまった方が暖かいだろうし、俺が風邪をひかないように気を遣ってくれているのかもしれない。

リリィが入ってほしいなら入らせてもらおう。



しかしめちゃくちゃ緊張してきた。心臓の音がうるさい。



乱暴して嫌われたって別にいいんじゃないのか?死ぬよりいいだろう。

だめだ。彼女に対しては誠実でありたい。

本人がいいって言ってるんだからいいだろう?

だめだ。俺なんかがこんな真面目な子に手を出していいはずがない。

外に出てから付き合えばいいのでは?

そうだな、純潔を奪ったのだから責任取って結婚するべきだ。


自問自答の末に天使と悪魔の意見が一致してしまった。

何を考えてるんだ俺は。俺だけ納得してどうする。リリィと話し合わないと。


「……リリィ。起きてるよな」

寝そべったまま隣に居るリリィに声をかけた。

「起きてますよ…眠くならないので…」

「朝…リリィを怒らせてしまったから…機嫌を直してほしくて連れてきたんだけど…こんなダンジョンで本当にすまない。何度謝ったって許せないと思うけど…」

「そんな…!違います。最終的に入るのを決めたのは私です。」

「優しいな。リリィが嫌じゃなかったら、これからも俺のギルドにいてほしい」

「どこにも行きませんよ……」

「そうか……」

俺は体を起こし、ずっとリリィに対して思っていたことを素直に告げた。

「サブマスにしてリリィをこのギルドに縛り付けてるのがずっと申し訳なかったんだけど、すごく助かってるんだ」

横のリリィに目を向けた。寝そべってはいるが、目は開いている。

「これからもずっと一緒に冒険したい、大事な仲間なんだ。だから、リリィを傷つけるのがどうしてもできなくて……」

リリィに近づき、顔を突き合わせて話を続ける。

「この先、いつまで経ってもここから出られないようなら、その時はごめん。優しくするから……俺に身体を許してくれるか?」

目を丸くし、口を開きかけたリリィだったが、言葉が出ないようだった。

ゆっくり返事を待つ。


「ル……、が、いやだったわけじゃ…なくて…」

「うん……」

リリィは泣きそうだ。だけど悲しいわけじゃないというのがわかる。

「わたし…は、……ルークとなら……」

顔を見て話すのが恥ずかしくなったのか、リリィは両手で顔を隠す。

「リリィ……」

「ルークとなら、い、いやじゃ…」

リリィが俺を愛称で呼んでいる。

頭の中でごちゃごちゃと考えていたことが消し飛んだ。目の前にいる女のことしか考えられない。

俺はリリィの顔の前にある手をどかして、その下に隠された表情を確かめた。途端に愛しさがこみあげてくる。

軽く握られたリリィの指を広げ、自分の指を絡めた。

「ルーク……?」

不思議そうにリリィが俺を見つめ返す。





俺は目を閉じてリリィに口づけした。






その瞬間、ガチャリと音がしてベルトが外れた。


\てーれってれー♪/


間の抜けたファンファーレが響き、部屋が明るくなった。天井のシャンデリアに火が灯ったのだ。


* オメデトウゴザイマス! だんじょんノ くりあ条件ヲ達成シマシタ

* CLEAR【体が繋がった状態で3分以内にキス】


な……!?

目の前に浮かぶ文字を見て愕然とした。なんだって…?

気が付くと、さっきまで俺の腕の中にいたリリィがいない。

あのファンファーレが鳴るまではかつてないほど甘い空気が俺たちの間に漂っていたはずだが、あれは幻だったのか?


「あ…えっと、私、クリア条件を誤解してたみたいで……クリアできてよかったですね……」

離れたところからリリィの声がする。そうか、ベルトが外れたから距離を取れるようになったのか。

そうか……性行為じゃなくて、体の一部が繋がっていればどこでもいいのか。手でも。リリィがそう解釈してしまったのは俺が変な話を聞かせてしまったせいだ。


俺は……なんてことを………


めまいのような感覚がしたと思ったら、最初にダンジョンゲートをくぐった先にあったあの空間に戻っていた。装備品も元通りになっている。

が、行き場を失った昂ぶりがまだ残っていた。


「ルーカス。クリア報告に行きましょう。」

横でリリィの声がするが、顔をそちらに向けることができない。

「ああ…ちょっと先に行っててくれ……」

リリィは俺に遠慮することなく出て行った。冷静だな…………




十分に落ち着きを取り戻してから外に出ると、ダンジョンはキラキラと輝きながら姿を消した。何時間もあそこにいた気がするのに、入ってきた時と太陽の位置が変わっておらず、大魔導ユピトの魔法の恐ろしさを感じた。


ユピトがダンジョンから出てくる様子を見ているという噂は頭の片隅に追いやられていたが、さぞおもしろいものが見られたことだろう。

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