薄闇の中
リリィは衝立の横にある棚からタオルを取り、空いたスペースに燭台を置いた。
タオルは2枚あり、そのうちのひとつを俺に手渡してくる。
「俺…背中向けてるから……」
「はい……」
今から…するんだよな。気持ちが逸る。このままだとここでリリィを襲いかねない。必死に難解な魔法式を思い浮かべていると、頭に冷たいものがかかった。
ミストフラワーから放たれるシャワーだ。慌てて上衣を脱いで衝立にかける。
そうか、ここに立ってたらそりゃ濡れるよな…そんなこともわからないくらい気が回ってなかった。
少しだけ冷静さを取り戻したが、リリィが後ろでシャワーを浴びていると思うと落ち着かない。心を無にしよう。
バサリと布のようなものが落ちる音がした。
音のした方向を横目で見ると、ローブだったものが投げ捨てられていた。あんなにボロボロになってしまって…帰りはどうするんだろう。
そんなことを考えながら布切れを横目で眺めていると、リリィが身に着けていたと思われる下着がそこに投げられた。慌てて視線をそらす。
急激に実感が高まってきて暴走しそうだ。落ち着け。落ち着け!
◇
気が付くと俺はベッドの上に横たわるリリィを見下ろしていた。
薄闇の中のリリィ。華奢な肉体を彩る美しい双丘。乱暴に抱いたら壊れてしまいそうな細い手足。ローブの下に隠されていたものがこんなに美しいとは。
いいんだよな……?
この美しい女を俺の手で汚しても……
魔装具の箱をテーブルの上に置きっぱなしだったことを思い出したが、リリィが放り投げたものが枕の横に落ちたままだった。これを使わせてもらおう。
いや、本当にいいのか?
この聖域に足を踏み入れていいのか?
本当に同意の上か?こんな状況だから許しただけで、本心は嫌じゃないのか。
リリィの意思を確認すべく、顔に視線を移すと………目に涙を浮かべていた。
心臓に杭を打たれたような感覚が走り、俺はベッドの上でうずくまった。
「俺はなんてことを……」
「えっ!?あっ、いや、合って?ます!だいじょうぶですから…」
リリィが俺に寄り添おうとしてくる。俺は近づいてきたリリィの顔に手をやり、涙をぬぐった。
「大丈夫じゃないだろう、本当にごめん……こんなことになってしまって…」
体の下からシーツを引っ張り上げてリリィに被せた。
「★8程度で本当に死ぬわけないと思うし、そのうち時間切れで自動的にリタイアになるだろう」
確か…ダンジョン内遭難者対策のため、高難易度のダンジョンには自動クエストリタイア機能の設置が義務付けられているはず。古いダンジョンだとこの施策が適用されていないが、ここは今日出来たばかりだからきっとある…だろう。
長期間ここにいればクリア不能とみなされて出られるはずだ。
「ごめんなさい。もう大丈夫ですから、」
「無理しなくていい。リリィの気持ちを踏みにじってまでクリアしたくない」
そこまでしてクリアしたいダンジョンじゃない。リタイアできるならそうした方がいい。
納得したのかしてないのか、リリィは黙ってしまい、ベッドに寝転んだ。
覚悟してくれたのにごめんな。クエストクリアのためにそこまでさせたくない。
「あの人…あのエルフの人と来てればクリアできてたんでしょうね…」
カチンと来てつぶやいた。「なんでそういうこと言うんだよ……」
こいつ、俺がどれだけガマンしてると思ってるんだ。
「え?」
「俺がリリィを置いて他の奴とクエスト行くわけないだろ。あのなぁ、言い訳に聞こえるかもしれないが、俺はサルサさんと何かした記憶が全くないんだよ」
「…呼び方が変わってるじゃないですか。」
リリィが起き上がってくる。ちゃんとシーツで前を隠しているが、思わず顔をそむけた。
「記憶がなくなるほど酔ってたのにそういうことが出来たのがおかしいし、そもそもそんなに飲んだ記憶もねーんだよ。薬か何か盛られた可能性ある」
自慢じゃないが泥酔した俺は使い物にならん。絶対とは言い切れないが何もしてない……と思う。たぶん。
「そういえば、ジェスタンさんに聞いたんですけど…」
「え?あいつと会ったのか?」
あの野郎やっぱりリリィ狙いだったのか。もう二度と呼ばないことに決めた。
「酒場に行く前にサルサンバレータさんからルーカスと2人きりにしてって頼まれたと言ってました。その様子が怪しかったって…」
そのあと奴とはどうなったんだ?問い質したかったが、俺にそんな権利はないのでやめた。
それより、サルサンバレータ……言われて思い出したが確かに怪しかった。俺とリリィの関係も誤解してたし…もしかして…
「ギルドクラッシャーだったのかもな…」
「ギルドクラッシャー?」
「ああ。うちの戦績が急激に伸びたのもリリィをサブマスにしてからだし、俺たちを仲違いさせるために誰かが雇ったのかも」
冒険者にはクエストクリア時に取得できるポイントの番付があり、順位に応じて報酬がある。俺は番付に載るか載らないかくらいの戦績だから狙われたんだろう。
「
「私もお酒飲めた方がいいんでしょうか…。何かされてないか見張っておけるし…」
「リリィっていつも飲み会に来ないけど、人じゃなくて酒が苦手だったのか?」
「んん…両方、ですかね。お酒が苦手かどうかも飲んだことがないのでわからないんです。変な酔っ払い方しちゃうタイプだったら人前で飲みたくないと思って。」
今回狙われたのは俺だったが、リリィが狙われる危険性もある。なるべく目の届く範囲にいてほしい。
「そういうことなら今度ふたりで飲みに行くか?酒だけ買ってきて拠点で飲むとかでもいいけど…」
「え!ありがとうございます。ぜひお願いしたいです。」
かわいいな。欲に駆られて信頼関係を崩さなくて良かった。
「まぁ、とりあえず今は寝て待とうぜ。眠くないだろうけどさ」
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