シャワー浴びてきていいですか

「殴ってもいいですか?」

「なんで!?ごめんて!冗談じゃなくて本当にそういうダンジョンだと思ったんだって!」

変なことを言ってリリィを怒らせたと早とちりしたが違った。武器の性能が無効になっているかどうか確認したかったらしい。


最初の探索時に立てかけておいた武器を取りに中央のテーブルまで一緒に行く。

「この杖の物理攻撃力は3で、私の筋力ATKは12。装備品による補正もありません。これで殴っていいですか?ダメージがルーカスの装備品込みの防御力と照らし合わせて妥当かどうか教えてください。」

「え…いいけど…」

ロッドで殴られたが全く痛くなかった。というか魔導士が剣士の俺に物理ダメージを与えられるわけがない。俺の武器の性能を試した方が早そうだが、リリィを斬るわけにもいかないし、この部屋の家具はベルト同様に傷ひとつつけられないような気がする。


そうだ、スライムは普通に斬れたな。そのことをリリィに説明した。

「じゃあ…魔法だけが無効になってるって前提で考えた方がよさそうですね。」

リリィは静かに思索を巡らせている。一定距離以上離れないよう腕を掴まれている俺は何もすることがない。

暇すぎて時間の流れがとても緩やかに感じるな……。そういえばこのダンジョンに入ってから何分が経過したのだろうか。


ふと、テーブルの上にある燭台が目に留まった。

これに灯っている炎は魔法によるものなので、蠟が溶けずに同じ長さを保っている。

「これ、消える心配はないけど、どれだけ時間が経ってるのかわかんねえな」

そうつぶやくと、リリィが眠気も食欲もないのも時間経過をわかりにくくするためではないかと言った。

確かにその通りだ。ここは性欲を持て余した2人組にナニかさせるダンジョンではなく、何かがあるような気がしてきた。


リリィが俺の腕から手を離したので視線を向けたら、ベルトのバックル部分を調べているようだった。俺が見た感じでは何も変化はないが、何かわかったんだろうか。


リリィはしばらく自分のベルトを見ていたが特に何も言わず、首が疲れたのかぐるりと一回転させてからテーブルの上の燭台を手に取った。


「もう一度この部屋を調べたいんですけどいいですか?」

「ん」

調査再開か。俺が腕を出すとリリィは何も言わずそこに手を置いた。なんだかくすぐったい気分になったが、照明を持つ係ですらなくなった俺はエスコートされる側だ。黙ってリリィについていこう。


リリィはイスを引きずって移動させ、そこに片足を乗せた。天井の照明を調べたいんならそう言ってくれればイスくらい運んだのに……。

燭台を持った手を目いっぱい伸ばしてシャンデリアに近づけるリリィ。おまけに背伸びまでしている。危ないな。

「見えるか?」

「あ……ハイ。やっぱりこれも魔法で点灯するタイプのようです。」

バランスを崩して落ちそうになったらたら支えようと待機していたが、何事もなく調べ終わったようだ。

片手に燭台を持ったまま降りるのは危ない気がしたので代わりに持とうと手を伸ばしたら、リリィがその手を取ってイスから降りてきた。まさか手を握ってくるとは思わなくて少しどぎまぎする。


床に降りたあともリリィが手を離さない。なんだ…?


俺の手を引っ張り、反対側の手に持っていた燭台をテーブルに戻したあと、またテーブルから遠ざけるように引っ張られる。

「ど、どうした?」

「…………3?」

「3?」

リリィがバックル部分に手のひらを向けた。光ってる!?


「この模様みたいなの、数字の3かなって…」

そういえばうっすらと模様が見える。これが3…?


じっと見つめていると、昔どこかの雑貨屋で見かけたアンティークの時計が頭に浮かんだ。

「そういや、フィンクス文字の3に似てるな」

外国の文字で12の数字が刻まれた時計。あれに似ている。

「これはフィンクス文字のルーツになっている古代ププテトの象形文字だと思います。」

古代ププテト……ここからずっと南にあるククリタ大陸にかつて存在したという国の名前だ。そういやどこかククリタ的な異国情緒を感じるぞ。


ん…?この雰囲気どこかで…

「あれ?これって家具に入ってる模様と似てる?」

「そう!そうですよね!?謎が解けそうです!」

燭台から離れたせいで顔がよく見えないが、リリィは笑顔だろうなと思った。


それから、リリィに引っ張りまわされて部屋中の家具の模様を調べた。

いつのまにかベルトの光は消えていたが、リリィの頭の中にはあの模様がしっかり記憶されているらしく、ぶつぶつと独り言を言いながら暗号を解いていく。



見つけた物を全て調べ終わり、暗号が解読できればここから出られるのかと安堵しかけたが……リリィが黙りこくってしまった。

「ベルトの文字が読めたのか?なんて書いてあったんだ?」

「ルーカス……」

な、なんだその顔は。救いを求めるような表情でこちらを見てくる。


「ルーカスの……言う通り、でした……。」

「え…?」

それは……つまり、なのか……?


何かを俺に告げようとしているが、恥じらいが邪魔して言葉に出せない様子だ。

もしだとしたら女の子の口から言わせるなんて酷だ。察して行動に移した方がいいかもしれない。

だが、本当にいいのか?リリィに恋人がいるという話を聞いたことがないし、おそらく初めてだろう。俺にリリィを気遣う余裕があるのか。傷つけてしまうのが怖い。


俺が逡巡していると、リリィの方が行動に出た。

「あの。そういう行為をして、キス……するのが条件みたいです。とりあえず、シャワーを……浴びていいですか……?」

そう言って俺の手を取り、衝立のあるスペースに連れて行かれた。

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