人間の三大欲求

伸し掛かるようにリリィを押し倒してしまったので、俺の体が反応する前に慌てて起き上がり、離れ過ぎないようにベッドの端に移動しながらリリィに声をかけた。

しかし返事がない。急激に不安が押し寄せる。


様子をうかがっていると、ゆっくりとリリィが体を起こした。服がはだけているかもしれないので慌ててベッドの端に座って見ないようにする。

「だ、だいじょうぶ、です…」

リリィが隣に座ったが、そちらに顔を向けることができない。戦場でリリィが隣に居ると力がみなぎるが、今は別の意味でみなぎってしまう。


「ごめん、重かったよな…」

「私のほうこそすみません、取り乱しちゃって。」

それは俺が変なことを言ったせいなんだが…ベッドにふたりでいるシチュエーションでは話題に出すのが憚られる。

「あの…噂には聞いてたんですけど、初めて見たので……」

「ん…?」

「あの魔法道具ってどうやって使うんですか?」

「ええ!?」

使いたいのか?!という言葉を慌てて飲み込んだ。リリィは魔法道具にも興味を持っているようだし、純粋に仕組みが気になるだけ、か…?

「あっ、いえあの、魔法が発動する条件がどうなってるのか、気になるな、って…」

やっぱりそうだった。あぶねぇ……


極めて冷静に魔装具の仕組みを説明した。俺の頭の中はいかがわしいことでいっぱいだが、あれ自体は真面目な道具だもんな。

「世の中にはいろんな道具があるんですね。魔法学校では習いませんでした…。」

「…そりゃまあ…新しめの魔法道具だしな…」

最近は学校でも教えることがあると聞いたことがあるが、この話題を続けたくなかったので言葉を濁らせた。


会話が途切れ、きまずい沈黙が訪れる。何か話さないとと悩んでいるとリリィの方から話しかけてきた。

「お菓子用のお皿があるのに食べ物は見つかりませんでしたね。ルーカスはお腹すいてないですか?」

「俺は大丈夫だけど……」

あれ、そういや今朝はゴタゴタしてて朝メシ食べ損ねたな。閉じ込められてる危機的状況で空腹と戦わなくていいのは気がラクだが…

ん…?


「リリィは今眠くないか?」

「え?」

「朝、眠そうだったよな」

「ああ…今は眠くないですね。」

眠くないのか。

もしかしてここは…前に冒険者仲間数名と飲んでた時に聞いた、ダンジョンではないか?



「なあ、あの噂聞いたことあるか?最近、2人組専用の変なダンジョンがあるって」

「ああ~、なんかすごい大魔導が下々の民を困らせるために造ってるってやつ?」

「それって都市伝説だろ」

「こないだ俺の友達の友達がクリアしたらしいんだよ!」

「まさしく都市伝説じゃねえか」

「なになに?」

「そいつら男同士でクリアしたんだと!」

「ひょお、マジか」

「どういうダンジョン?」

「あれだろ?服だけ溶かすスライムに襲われて、逃げ込んだ部屋がラブホテルみたいになってるって」

「だからって男同士でヤらないだろ。そいつら恋人同士だったのか?」

「いんや。ただの仕事仲間。人間の三大欲求である食欲と睡眠欲が奪われて、性欲だけになっちゃって…」

「え~そうなったとしてもするかなぁ」

「クリア報酬が豪華らしいぞ」

「マジか。彼女と行こうかな。どこにあんの?」

「ダメダメ。クリアされると別の場所に転移するんだと」

「出現したばかりのダンジョン狙っていけばいいのかな」

「製作者の大魔導ユピトが性悪で、閉じ込めたら面白い2人組の前にしか出てこないらしいぞ」

「俺が聞いた話だと異種族同士だったな」

「うわ~どうやってクリアしたんだろ」

「クリアした2人の様子を見てめっちゃ笑ってるらしい」

「かわいい子と入れたら最高じゃん。○ックスするまで出られないなんて」



このダンジョンも今日現れたんだったな。

うん。間違いない。ここは○ックスするまで出られないダンジョンだ。


しかも隣にいるのはすっげぇかわいい女の子。俺としては大歓迎だが……

クエストの一環で抱くなんて、軽蔑されるどころじゃ済まないぞ。どうすりゃいいんだ?



──謎ガ解ケナケレバ 最悪シニマス



あの警告文を思い出した。

嫌われてもいい。リリィがギルドから抜けることになっても死なせるよりマシだ。


「リリィ…すごく言いにくいんだが…このダンジョンは…」

「このダンジョンは…?」

リリィが神妙な面持ちで聞き返す。

言葉が出ない。リリィが首をかしげる。 

「このダンジョンはな……」

「このダンジョンは…?」

「○ックスするまで出られないダンジョンだ」

「せっ………!?!?!!?!!?!」


顔を真っ赤にしたリリィが俺から離れようとするので、両肩に手を置いて制した。

「大魔導ユピトって聞いたことないか?」

「ユピトって…教科書に載ってる大魔導士のユピト?」

変態ジジイ教科書に載ってんのか…そんな有名人の名前を出したからか、リリィは居住まいを正して傾聴する姿勢を見せた。

俺は大魔導ユピトの性格と、ここが○ックスするまで出られないダンジョンだと判断するに至った理由を説明した。


「……確かに、このダンジョンにある魔法道具からは極めて高等な魔術を感じます。ユピトが造ったダンジョンで間違いないと思います。」

「こんなクエストを受けてしまってすまない。まさか本当にあるとは思わなくて…」

「眠気や食欲がなくなったのは精神干渉系の魔法攻撃を受けているか、身体から意識だけ抜き取られている状態が考えられます。どちらの場合でも本来の肉体はちゃんと眠気や食欲を感じてますので、長時間それを無視し続けば死に至ります。『謎が解けなければ死ぬ』って、そういう意味だと思います。」

なるほど。さすがリリィだ。


しかしどうする。魔法が使えないから魔力で動くナビストーンも使えなくなっていて、クエストリタイアが出来ない。


「だいたい、セッ…………するまで出られないなんて、謎解きでもなんでもないですよ。そう呼ばれているだけで、どうやってクリアしたかまではわからないんですよね。何か他に条件があるはずです。それを探しましょう。」

なるほど。さすがリリィだ!

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