ゆうべはおたのしみでしたね

宿の個室を出てロビーまで歩いていくと、リリィがソファに座って待っていた。

こちらに気づいてリリィが顔を上げる。いつも以上にジトっとした目つきだ。そういや荷物を預けてたこと忘れてたな。それを怒っているのか…?


「ごめんな、荷物…、」

「あ~リリィちゃん!おはよ♡」

後ろからサルサがやってきて隣に立つ。リリィから荷物を受け取ろうと伸ばした俺の手を取り、腕を組むようにおっぱいを押し付けてきた。


リリィの目つきがどんどん険しくなる。

どうしたんだ?!町で俺が女と一緒にいるところに出くわしても見てないふりしてくれるリリィが今更こんなことで目くじら立てるなんて…


「あ~…ここの宿屋、壁薄かったわね?うるさかったかしら…」

は?

リリィの顔をよく見ると目の下にクマができている。隣の…部屋にいたのか?

俺とサルサの情事を──まったく記憶にないが──リリィに聞かせてしまったのか?この真面目な女に?

宿屋の壁が薄いなんて常識なのに、なんだって俺はそんな非常識なことをしちまったんだ!


リリィがゆらりと立ち上がる。

「えーと、その、リリィ…」

「ヘンタイ!フケツ!バカ!!しんじゃえ!!」

リリィは俺に向かって荷物をぶん投げ、走って宿屋を出て行った。


「あら~、リリィちゃんには刺激が強かったかしら」

「………」

この女、何が目的だ?訴えられる覚悟で強制離脱キックするか?

いや…俺が巨乳に気を取られて問題解決を後回しにしたのが原因だ。ちゃんと話をしよう。


「んじゃ、アタシも次の仕事あるから行くわね~!また誘ってね♡」

え。

それだけ言い残し、サルサは颯爽と宿屋を出て行った。


* サレサンバレータ さんがパーティから離脱しました


なんだったんだ?

単純に俺が好みで、ヤりたかっただけ…?


しかし、その様子がリリィに筒抜けだったというのはまずい。

ギルドのランクが上がるにつれ女にモテるようになり──基本的に断ってはいるんだが──リリィには誤解されているだろうなと薄々感じていた。しかし今回の件で疑惑が確定的なものに変わってしまっただろう。俺がそういうことをする奴だと思われたくなかった。


ソファにはリリィの荷物が残されている。ナビストーンも中に入っていたので連絡が取れない。武器まで置いて行ってるので戻ってくるまで待つか。


いや、探しに行こう。


リリィの残した荷物をまとめ、忘れ物がないか確認し、受付に向かう。

「あの、ごめんなさい、ロビーで騒いじゃって…」

「いえ…夕べはお楽しみでしたね」

お楽しみじゃねえよ!



宿を出たあと、ふと思いついたことがあって、リリィを探す前に冒険者管理局のグランス支所を訪れた。


中に入るとカウンターの奥で受付嬢が暇そうにしている。平和で何よりだ。

「あっ!ルーカス様!」

受付嬢は俺に気づいて姿勢を正し、ハキハキと喋り出した。

「受注ですか?メンバー呼び出しですか?それともアイテムお預かりですか?」

「2人以下でクリアできるダンジョン攻略のクエストってないかな」

「ダンジョンですね!え~っと…」

受付嬢は大きなナビストーンの上で指をてきぱきと動かしている。しばらくのち、その指がピタっと止まった。

「いいのがありました!ここのすぐ近くに発現したばかりのダンジョンが2人用です!難易度★8ですけど、出現モンスターは低級の謎解き系です!」

謎解きか。リリィが好きそうだ。

「ありがとう。それにするよ」

「ハイッ受注ですね!このダンジョンはアイテム持ち込み禁止みたいなんで、お荷物も預かっておきますよ~。装備も変更されます?」

「そうだな、謎解き系なら軽装でいいか」

歩きやすさを優先した装備に変え、リリィのロッドとナビストーン以外の荷物を受付に預けた。



管理局の建物から外に出ると、反対側の道をとぼとぼと歩いているリリィの姿が見えた。

「リリィ…!」

リリィを呼び止めて駆け寄った。リリィは俺の姿を見て唇をとがらせたが、今朝のような怒りは感じない。


「今朝は、その…悪かった」

「何がですか?物投げちゃったのはごめんなさい、寝不足でイライラしてました。ルーカスが誰と何しようが私には関係ないですけど同業者相手だとトラブルの元になるのでなるべく控えてもらえますか?!」

その意見には俺も賛成だしそう心掛けてるつもりだが……なんだか胸が痛い。


「あの人ならもう離脱したよ。ほら」

リリィのナビストーンを返す。

「え。…ホントだ」

パーティ情報を確認してちょっとだけしおらしくなったが、何かまだ納得できない様子のリリィ。

あの女の目的が何だったのかは気がかりだが、今はリリィの機嫌を取る方が先だ。


「ほら、これも」

あのリリィが武器まで置いて出て行くなんて、本当に昨晩はひどいことをしてしまったんだな。安全な街中で発見できてよかった。

「あ、私の杖…ありがとうございます……。」

リリィはしおらしく受け取った。

…よし、この雰囲気ならクエストに誘っても大丈夫そうだ。

「いま受けてる依頼は期限まで余裕があるし、拠点に帰る前にダンジョン攻略しないか?謎解き系のやつ」

「なぞとき?」

リリィがナビでクエスト情報を確認する。高難易度の謎解きダンジョンは大好物のはずだ。

「雑魚敵は全部俺が引き受けるから、謎はリリィに任せた」

「はい!」

目をキラキラさせている。

リリィに軽蔑されるような男にだけはなりたくないと思った。もう手遅れかもしれないが、なんとか挽回したい。


謎解きダンジョンでリリィの機嫌が回復することを祈りながら、ふたりで街の外に向かって歩き始めた。

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