服だけ溶かすスライム

「ここか」

町の外に出てしばらく歩き、ナビに表示される情報と目の前にある小ぢんまりとした建造物の外観を見比べる。

ダンジョン内部は亜空間に繋がっているので、外観から中がどうなっているかを推し量ることはできない。とりあえずゲートをくぐった。


中に入ってすぐリリィが移動速度UPシルフィの補助魔法をかけてくれたが、内部は外観通りの広さだった。

「ありゃ。シルフィ無駄うちしたかな…」

「待て、何か出てきたぞ」


奥の壁にメッセージが浮かんできた。


* コノだんじょんハ フタリイナイト絶対くりあデキマセンノデ ヒトリデ入ッタ場合は速ヤカニ 退出ネガイマス

* 進む or 出る


俺とリリィは顔を見合わせる。

「進む……でいいですよね。」

「あ、ああ……」

壁の『進む』に手を触れた。すると次のメッセージが浮かぶ。


* コノだんじょんハ フタリイレバ カナラズくりあデキマスガ 謎ガ解ケナケレバ 最悪シニマス

* 覚悟ガデキマシタラ コノべるとヲ装着シテクダサイ


最悪死ぬ……?

ガコン、という音がして地面からベルトを載せた台がせり上がってきたが、ベルトを手に取るのを躊躇ってしまう。


「息抜きのつもりだったけどかなり難しそうだなあ。手がかりになる情報を開示してみるか?」

「いえ…開示すると一番上の報酬が消えますよね。あれはカイやフーゴが欲しがってました。持って帰ればいいお土産になると思います。」

そうだ。俺もそう思って、この内容ならリリィは受けると思ってこのダンジョンを選んだんだ。だが、死ぬ危険性があるようなところに無策で突っ込んでしまっていいのだろうか……

「このまま進むか?」

答える前にリリィがベルトを装着し、自信にあふれた笑顔を俺に向けてうなずいた。


俺がベルトを着けると、床がズズズズと大きな音を立てて沈み始めた。さっきまでドヤ顔していたリリィがキャッと声をあげて俺にしがみつく。


一際大きな音がして床の動きが止まった。

目の前に現れた、このダンジョンの真の入り口へ向かって歩き出す。


「暗いな…」

入り口の先は細い通路が続いていた。人工の照明らしきものはなく、足元に光るキノコがまばらに生えている程度なので、三歩先も見えない暗さだ。リリィは俺の外套の裾をつまんで後ろから恐る恐るついてくる。こいつ暗いとこ苦手だったかな?

二人で並んで歩くには狭いので、とりあえずリリィとはぐれないようにゆっくりと歩みを進めた。


中が迷路になっている可能性も考えて、壁に手を当てながら進んできたが、左に曲がる通路しかない。中心部に向かう道しかないのかもしれないなと思った。

「歩数も数えておけばよかったかな」

独り言のようにつぶやく。リリィはさっきからずっと無言だ。楽しんでほしくて連れてきたのに…やっぱり手がかりを開示しておけばよかったかもしれない。


ふと何かの気配を感じて立ち止まる。


上だ。

「きゃあああっ!!」

気づいた時には既に遅く、天井から降ってきたスライムの襲来を受けていた。

低級魔物スライムだ!落ち着け!」

リリィは混乱しているのか、その場でうずくまってしまった。リリィの身体をスライムたちがうねうねと這い回る。


「チッ…」

リリィの腕を掴んで勢いよくこちらに引っ張り、まとわりつくスライムを振り払った。リリィのローブが溶けている。この手のスライムは属性攻撃しか効かないタイプだ……!

「リリィ!大丈夫か?スライムに魔法攻撃を!」

「あ…あ…」

リリィはガタガタと震えていてる。スライムの粘液でローブの上半分がほとんど溶けてなくなっていた。

俺は装備していた外套を外してリリィに被せた。これも溶ける素材だが魔麻のローブよりはマシだ。


リリィの肩を抱いて引き寄せ、右手で剣を抜く。

物理攻撃では倒せないが…完全に切断すればくっつくまでに時間がかかる。その間に逃げよう。


「くそ、狭いな…」

にじり寄ってくるスライムとの間合いを取りながら後ずさりして隙を見せる。

飛びかかってきたスライム達の真上から剣を振り下ろし、そのまま縦振りを繰り返してスライムを千切りにした。


「逃げるぞ!……リリィ?」

リリィの反応がない。

俺は動かなくなったリリィを担ぎ上げてダンジョンの奥へと逃げ出した。



ダンジョン内部は細い道が続いているが、左に曲がる角しかないのが気になる。

分かれ道は存在していないのか、暗くて見落としているだけのかがわからない。


しばらく走り続けていたらリリィがじたばたと暴れ出した。

「ごめんなさい!もう大丈夫ですから、おろしてくださいっ!」

スライムの気配を感じなくなるところまで進んでからリリィをおろした。


リリィはまだ震えている。

「本当に大丈夫なのか?」

「魔法が……使えないんです。」

「なんだって?」

それでスライムが倒せなかったのか…魔法か属性武器の攻撃なら一撃で倒せる雑魚モンスター相手にこんなに苦戦するとは。

雑魚敵は任せろと言っておきながら無属性武器を持ってくるなんて俺は間抜け過ぎる。リリィの魔法に頼り切りだったことを反省した。

「とりあえず身を隠せるような場所を見つけて作戦を立てよう。歩けるか?」


リリィが頷いたのを確認して歩き始める。

相変わらず照明のない道が続いているので、はぐれないようにリリィと手を繋ぐべきかと考えたが、リリィの両手は塞がっている。俺の外套は留め具が首元にしかないので、胸元を手で押さえていなければ肌が見えてしまうだろう。

俺はリリィが右手で持っているロッドを掴み、「なるべく離れないように」と声をかけてから先へ進んだ。

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