これでいいの?

「俺…背中向けてるから……」

「はい……」

ルーカスから借りていた外套を脱いで、衝立に掛けた。

後ろにルークがいると思うと卒倒しそう。暗いから燭台をタオルがあった棚に置いておいたけど、持ってこなければよかった。

着ていたローブの下半分はかろうじて残っていたけれど、ビリビリと破いてベルトの下から引き抜いた。後で魔法が使えるようになったら修復すればいいや。


深呼吸してからミストフラワーを軽く叩く。

冷たいミストが顔にかかり、少し冷静になった。

ミストを浴びながらタオルで体を拭き、スライムの粘液でべとついていた身体がさっぱりしていく。

ルークにちゃんと説明しないと……と振り向いたらルークの背中が見えた。傷だらけの背中……慌てて前を向く。そうだった。この距離だとルークにもミストがかかってしまう。ちらりと横を見たら衝立にルークがさっきまで着ていた服が掛かっていた。


そういえば、ベッドまでまだ距離があるけどシャワー浴びた後って服はどうするんだろう。燭台の光程度じゃ見えないと思うけど全裸は恥ずかしい。このタオルの大きさだと前しか隠せないし…

何も着てないのに靴だけ履いてるのはおかしい気がしたのでとりあえず靴ひもをほどく。

急にルークが衝立から外套を取って私に被せた。体が宙に浮き、靴が脱げ落ちた。

そのままルークに抱きかかえられ、ベッドにおろされた。


あれ、もう始まってる感じ?

羽織っていただけの外套が肩から落ち、持っていたタオルも落としてしまった。

拾わないと、と頭では考えているのに体が動かない。


ルークが私を見下ろしている。


私はこれでいいの?クエストのために男と寝る女だと思われていいの?

3の隣の文字は?それに加えてキスするのが条件だって伝えないと…でもそういう行為してたら自然にキスするものなのかな…わかんないよ…

体だけ繋がったら余計むなしくない?

精霊の姿が見えなくてよかった。

具体的に何をどうするの?どこまでしたら成功なの?

あの魔装具を使うところはちょっと見たいかも。

報われない恋なら体だけでも結ばれた方が幸せなのでは?

このダンジョンのことはお父さんには話せない。

体を重ねたら、今後どういう顔して過ごせばいいの?

ここで想いを告げるべきでは?

いや、こんな極限状態じゃ何を言ったって信じてもらえないよ。死にたくなくて心にもないことを口に出しただけって思われちゃう。

振られるのが怖くて何もしなかったツケが回ってきたんだ。



……ちゃんと恋人同士になってから、ルークと結ばれたかったな。



ひどく時間がゆっくりに感じる。

というか、ルークの動きが止まっている。

目が合ったとたん、ルークが頭を抱えた。

「……ッ。俺はなんてことを……」

「えっ!?あっ、いや、合って?ます!だいじょうぶですから…」

「大丈夫じゃないだろう、本当にごめん……こんなことになってしまって…」

ルークが私の頬をぬぐうまで、涙が出ていることに気が付いてなかった。


私、やっぱりイヤだったんだ。


とりあえずタオルを拾い上げて体を隠そうと手を伸ばしたら、ルークがシーツを引っ張ってきて私に被せてくれた。

「★8程度で本当に死ぬわけないと思うし、そのうち時間切れで自動的にリタイアになるだろう」

そんなのわかんないじゃない……制限時間なんてなかったし、警告を無視した罰ってことで、ずっとここに閉じ込められる可能性だってあるのに……

涙なんか流すんじゃなかった。何も考えずに受け入れれば良かったんだ。

「ごめんなさい。もう大丈夫ですから、」

「無理しなくていい。リリィの気持ちを踏みにじってまでクリアしたくない」

嫌じゃない。嫌なわけじゃない。気持ちの折り合いがつかなくて混乱しちゃっただけ。ルークが死ぬのはいやだ。


「あの人…あのエルフの人と来てればクリアできてたんでしょうね…」

「…で……だよ……」

「え?」

「俺がリリィを置いて他の奴とクエスト行くわけないだろ。あのなぁ、言い訳に聞こえるかもしれないが、俺はサルサさんと何かした記憶が全くないんだよ」

「…呼び方が変わってるじゃないですか。」

ムッとしてベッドから起き上がる。ルーカスは気まずそうに顔をそむけた。あやしい。

「記憶がなくなるほど酔ってたのにそういうことが出来たのがおかしいし、そもそもそんなに飲んだ記憶もねーんだよ。薬か何か盛られた可能性ある」

むむ、そう言われてみればルーカスの声は全く聞こえなかった。それに今朝ジェスタンさんから聞いた話も気になる。

「そういえば、ジェスタンさんに聞いたんですけど…」

「え?あいつと会ったのか?」

私は今朝ジェスタンさんから聞いた話のそのままルーカスに話してみた。


しばらく考えこんでから、ルーカスが口を開いた。

「ギルドクラッシャーだったのかもな…」

「ギルドクラッシャー?」

「ああ。うちの戦績が急激に伸びたのもリリィをサブマスにしてからだし、俺たちを仲違いさせるために誰かが雇ったのかも」

そういう目的だったらあの人とルークとは何もなかったってこと?良かった……


番付ランキングに名前が載るようになってきたからそういうところ気を付けないとな。完全に油断してた」

そんなことが。恐ろしい世界だ。

「私もお酒飲めた方がいいんでしょうか…。何かされてないか見張っておけるし…」

「リリィっていつも飲み会に来ないけど、人じゃなくて酒が苦手だったのか?」

「んん…両方、ですかね。お酒が苦手かどうかも飲んだことがないのでわからないんです。変な酔っ払い方しちゃうタイプだったら人前で飲みたくないと思って。」

「そういうことなら今度ふたりで飲みに行くか?酒だけ買ってきて拠点で飲むとかでもいいけど…」

「え!ありがとうございます。ぜひお願いしたいです。」

まんまとサレサンバレータさんの罠にはまってしまった私たちだけど、今はとても和やかな空気が流れている。


ルークが私の背中を押して、いっしょにベッドに寝転ぶ。ルークはそのまま仰向けになった。

「まぁ、とりあえず今は寝て待とうぜ。眠くないだろうけどさ」

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