スライムが倒せない

「ここか」

ルーカスが地図と目の前の建造物を見比べている。外観が周囲ののどかな景色と合ってなくて、いかにも新規出現したダンジョンっぽい雰囲気を漂わせている。このタイプはクリアしたら消えるやつだろうなぁと考えながらゲートをくぐった。


中に入ってからMPを100消費して移動速度UPのバフをルークにかけたんだけど、すぐ突き当りに出てしまった。

「ありゃ。シルフィ無駄うちしたかな…」

"だからいつもあんなヤツ置いてけって言ってるだろ。本当にに50倍も出すなんて…"

「待て、何か出てきたぞ」


ルークの指さす方向を見てみると、奥の壁に文字が浮かび上がっている。


* コノだんじょんハ フタリイナイト絶対くりあデキマセンノデ ヒトリデ入ッタ場合は速ヤカニ 退出ネガイマス

* 進む or 出る


そういえば『推奨人数:2』じゃなくて『2人専用』って書いてあったな。協力して謎を解くタイプってことかな?

「進む……でいいですよね」

「ああ……」

壁に浮き上がっている『進む』の部分にルークが手を触れると、メッセージの内容が切り替わった。


* コノだんじょんハ フタリイレバ カナラズくりあデキマスガ 謎ガ解ケナケレバ 最悪シニマス

* 覚悟ガデキマシタラ コノべるとヲ装着シテクダサイ


難易度★8なのに警告が仰々しい。★9や★10のダンジョンもクリアしたことがあるし、謎が解けないってことはないと思うけれど……

"心配ならここを出て走って帰ろう。そしたらオレの力が無駄になることはない"

この先の亜空間は広いかもしれないし、無駄うちじゃないよ。たぶん。


地面からベルトを載せた台がせり上がってきたので、そのベルトを手に取ってみる。バックル部分が魔法石で出来ていて、2人とも装着したのを検知したら亜空間に転移させるタイプだなと予測した。


「息抜きのつもりだったけどかなり難しそうだなあ。手がかりになる情報を開示してみるか?」

「いえ…開示すると一番上の報酬が消えますよね。あれはカイやフーゴが欲しがってました。持って帰ればいいお土産になると思います。」

「このまま進むか?」

ギルドの仲間の名前を出してみたけど、本当はルークと高難易度のダンジョンに挑戦したかっただけ。ふたりだけでクエストをやるなんてめったにないので楽しみたい。それにお父さんに冒険の話をするとき、難易度が高いダンジョンだとリアクションが面白いんだよね。

私は手に持っていたベルトをローブの上から装備してみせた。ルークもそれを見てベルトを手に取る。


"おいおい進むのか?なんか嫌な予感がする"

そう?私は何も感じないけど…


突然、轟音と共に地面が沈み、シルフの姿が歪んで消えた。

驚いてルークにしがみついてしまった。何が起きたの…?

何度呼び掛けてもシルフの返事はない。


地面の沈下が収まると、さっきまで壁だった部分に人が通れるくらいの穴が開いていて、ルークがそちらに向かって歩き始めた。慌ててついていく。



ダンジョン内部が暗すぎておかしい。私もルークも光の精霊の加護を受けているから、周囲がほんのり明るくなるはずなのに。怖くなってきた。

好きな人とふたりで攻略するのが楽しみで警告を無視したのがいけなかったんだ…シルフも嫌な予感がするって言ってたのに…またもや自己嫌悪に陥る。


通路が狭いのでルークの後ろを歩く。なんだか変なダンジョンだ。ここまでずっと分かれ道がないので道なりに進んでいるのだけど、ずっと左に曲がり続けている。



ふいにルークが立ち止まった。

どうしたんだろう?私も歩みを緩めると、上からべとべとしたものが降ってきて身体を這い回る。気が動転して叫んだ。


低級魔物スライムだ!落ち着け!」

あ…確かにこの感触はスライムだ。

ロッドを握る手に力をこめたけれど魔法が出てこない。私の詠唱を聞いてくれる精霊が誰もいない!

このスライムならどんな弱い魔法でも倒せるのに。お願い、誰でもいいから出てきて!


私が何も出来ずに震えていると、ルークが私に群がるスライムから引き剥がしてくれた。

「リリィ!大丈夫か?スライムに魔法攻撃を!」

ルークが今装備している剣は無属性……このスライムは斬っただけでは復活してしまう。私が魔法を使わないと!

「あ…あ…」

やっぱり魔法が出てこない。昨晩寝てないからMPが全快してない?それで補助魔法に100も使ったからMP切れ?頭がぐるぐるする。


立ち尽くしていたらばさりと布を被せられた。

ルークの外套だった。着ていたローブがスライムの粘液で溶けていることに気付く。

ルークが私を守るように抱き寄せて、向かってくるスライムを斬り伏せていくところをぼうっと眺めていた。



気が付くとルークに担がれた状態だった。私を抱えたまま走っている。

「ごめんなさい!もう大丈夫ですから、おろしてくださいっ」

4年も冒険者やってるのに、魔物に怯えて動けなくなるなんて恥ずかしい。精霊のいない世界がこんなに孤独だなんて知らなかった。


「本当に大丈夫なのか?」

大丈夫じゃない。何か対策を考えないと全滅の危機だ。

私は正直に魔法が使えないと伝えた。

あのタイプのスライムは布製の装備品を溶かし防御力をゼロにしてくるだけなので単体なら害のないスライムだけど、ダンジョン内に別の魔物がいたら大ダメージを負う危険性がある。ルークも今日は軽装だからこのままだと危ない。



「とりあえず身を隠せるような場所を見つけて作戦を立てよう。歩けるか?」

黙って頷き、ルークの後を追った。

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