寝不足の朝

気が付いたら夜が明けていた。

隣から物音は聞こえない。ナビストーンでパーティ情報を確認すると、ルーカス、私、サレサンバレータさんのパーティがまだあった。

寝起きの2人の会話なんて聞きたくないな……強い眠気に抗って旅の支度を整え、昨日から放置していたルーカスの荷物を持って個室を出た。


ロビーにあるソファに腰を下ろしてルーカスを待つ。

次にルーカスが進める予定のクエストはまだ期限が先だし、そのクエストに参加予定のメンバーもわかってるだろうから、すぐにグランスを発たなくてもいい。起きてくるの遅いかもしれないなぁ……


ぼーっとしていると眠気が襲ってくる。先に朝食をとろうかと思ったけど眠いからやめた。

ルーカスを起こしにいく?でも、隣にあの人がいたら、平静を保つのはぜったい無理。今のうちに頭を冷やして、何事もなかったかのように荷物を返して「おはよう」って言うんだ。


……サレサンバレータさん、ギルドに加わるのかなぁ……

帰りの馬車でルーカスといちゃいちゃしてたら同じ空間にいるのがつらい。いつかそういう時が来たら祝福しようと思ってたのに。無理そう。


うつらうつらとしていたところに人の気配を感じ、顔を上げたるとルーカスがこちらに向かって歩いてくるところだった。


「あ~リリィちゃん!おはよ♡」

後ろから歩いてきたサレサンバレータさんがルーカスと腕を組む。

あ、ダメだ、表情に出てしまう。

「あ~…ここの宿屋、壁薄かったわね?うるさかったかしら…」

最悪。



気が付くと私は、鞄を投つけて宿屋を飛び出していた。



最悪、最悪、最悪。嫉妬に狂って八つ当たりする最悪な女だ。

もうギルドから抜けちゃおうかな……そんな考えが頭をよぎったけど、自分の荷物を全て置いてきてしまったので脱退操作が出来ない。

後先考えずこんなことをしてしまうなんて、情けなくて涙が出る。


「あれ?リリィさん?!」

振り向くと、昨晩までパーティに居たジェスタンさんが走ってきた。

「一人ですか!?ルーカスさんは…」

私が黙っていると、ジェスタンさんが心配そうな顔をして話を続ける。

「昨日、酒場に行く前にエルフの姉さんから『いい仕事紹介するから今すぐ抜けて2人きりにして』って頼まれて…怪しかったんで気になってたんすよ。やっぱり何かあったんすか!?」

思いがけぬ情報に返事が出来ずにいると、冒険者の一行が連れ立って歩いてきた。

「おおーい何やってんだ?!」

「ああっすみません、もう行かないと…あのっ!何か困ってたら連絡してください!」

そう言い残し、ジェスタンさんは冒険者たちと一緒に去って行く。


サレサンバレータさんには何か企みがある?

悪いことを考えてるならルーカスに教えないと。恋路を邪魔したいとかそういうのじゃなくて、ルーカスの身に危険が及ぶなら助けたい。嫉妬じゃない。


冷静になってきた。

物音で眠れなかったのは普通に迷惑だし、仕事仲間と付き合うのは無理って友達マノンを振ったんだから怒って当然なのでは?嫉妬じゃないよねこれ。

よし、戻ろう!


と思ったけど、考え事をしながらめちゃくちゃに歩いてきたのでここがどこだかわからない。ナビストーンを置いてきてしまったから地図も開けない…


とりあえず大きな道を歩いていると、ルーカスの声がした。

すごくうれしそうな顔をして駆け寄ってくる。人の気も知らないで。


「今朝は、その…悪かった」

あ、悪いってことはやっぱりあの人としたんだ。

「何がですか?物投げちゃったのはごめんなさい、寝不足でイライラしてました。ルーカスが誰と何しようが私には関係ないですけどトラブルの元ですのでパーティ内で付き合うのはやめてください。」

早口でまくし立ててしまった。こんなんじゃ気にしてるのがバレバレだ。


「あの人ならもう離脱したよ。ほら」

そう言ってルーカスが私のナビストーンを手渡してきた。パーティ情報のページが開かれている。

「え。…ホントだ」

じゃあ何だったんだろう。さっきジェスタンさんに聞いた話を伝えたかったけど、もう抜けてるなら関係ない?どうしよう。言った方がいいのかな。

悩んでいるとルークが私の魔法杖ロッドを手渡してくれた。私の精霊たちの寝床になっているロッドまで置いて出て行くなんて……恋で身を滅ぼすタイプだな私って。みんな、未熟でごめんね。


「いま受けてる依頼は期限まで余裕があるし、拠点に帰る前にダンジョン攻略しないか?謎解き系のやつ」

「なぞとき?」

めったに出回らない稀少素材が報酬のクエスト情報がナビに表示されている。

他の荷物がないなと思ったら管理局で預けてきてたんだ。


「雑魚敵は全部俺が引き受けるから、謎はリリィに任せた」

「はい!」

怒りで忘れていたけど、移動中に「時間が余ったら軽いクエストでもするか」って話してたのを思い出した。このところ討伐クエストばかりだったので謎解き系ダンジョンなんて久しぶりだし、こういう時に私の好きなタイプのクエストを持ってきてくれるところがうれしい。いいところを見せて挽回したい。

さっきまでは恋心に振り回されて不安定になる自分が嫌だったのに、どうしても心が浮き立ってしまう。



ダンジョンの場所を地図で確認しながら、ふたりで並んで歩く。

"今日あのニンゲンに補助魔法使うならいつもの50倍は魔力もらうからな!"

置き去りにしてごめんねシルフ。


シルフがご機嫌斜めなので補助をかけるのはダンジョンに入ってからにしよう。でも、どんなに怒っててもちゃんと力を貸してくれるシルフが好き。私もゆるぎない精神の強さを手に入れたいな。

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