宿屋の薄い壁
「ルーカスのギルドご一行様ですね。お待ちしておりました」
宿屋の主人にギルド名を告げ、お部屋に案内してもらう。
ルーカスから預かった荷物と自分の荷物を備え付けの机の上に置いて、浴場に向かおうとしたらナビストーンに通知が入った。
* ジェスタン さんがパーティから離脱しました
あれ…?飲みに行く前に抜けたのかな。
もともと今回のクエストのみという約束でパーティに参加してもらったので、別に不思議ではないんだけど……
宿の浴場の湯船に浸かりながら、サレサンバレータさんがまだ抜けていないのはなぜだろうとずっと考えていた。そもそも、このパーティの役目はもう終わったんだから解散していいのに。
もしかしてギルドのメンバーにスカウトしたのかな。今はメンバー枠に空きがないから、とりあえずパーティに居てもらってルークのクエスト時についていくことにした…とか?
部屋に戻ってから再度パーティ情報を確認してみても、まだ抜けていない。
エルフの魔導士で、しかも無詠唱……うちのギルドにとって有益な人材だというのは十分理解しているのに、加入してほしくない気持ちがどんどん強くなっていく。
ああ、いやだなぁ…これは嫉妬だ。こういう自分が嫌で、気持ちを封印したいと思っているのに、私の恋心はずっと胸の奥でくすぶっている。
明日の朝、正式にギルド加入を告げられたらちゃんと笑顔で歓迎しよう。
そう自分に言い聞かせるように念じ、眠りについた。
◇
何か物音がする。
眠りが浅かったみたいで、隣の個室のドアが開いた気配で目が覚めた。
ルークが帰ってきたんだ。荷物を返さないと……眠くて朦朧としながら起き上がると、壁の向こうから女の声がした。
「…らあら…なに酔っちゃ…て…」
はっきり聞き取れるわけじゃないけど、この声は…サレサンバレータさん…?
飲み過ぎたルークをここまで連れてきてくれたのかな。
サレサンバレータさんはいつ出て行くんだろうとやきもきしながら待っていると、物音が聞こえなくなった。
ドアの開閉音は最初の1回だけ。
おかしいなと思い壁に耳をつけると、ベッドが軋む音が聞こえ始めた。
女性のなまめかしい声と、身体と身体がぶつかるような音も。
全身の血の気が引いた。慌てて壁から離れ、シーツを被る。
これって…そういう行為……?!
前に、出現時間が特定できない魔物の沸き待ちで野営を続けていた時、付近に温泉を見つけたことがある。公衆浴場だと基本的に混浴なんだけど、その時はクエスト中で水着持参者が少なかったので女性陣と男性陣に分かれて交代で湯あみすることになった。
そのクエストに参加していた女性メンバーは私含めて5人くらい居て…
何言ってるのか半分くらい理解不能だったし、私には話すネタもなかったけど、聞き耳だけは立てていた。
◆
「おーおー、イイ筋肉してますなぁ!」
「ふふ。魔法職の男なら倒せる自信ある。」
水着無しで他人と入浴するのが初めてだから肌を見せるのが恥ずかしい。湯気で視界が悪いから他の人は気にしてないみたいだけど、入浴後は魔法で乾かす予定だからばっちり見えてしまうんじゃ……
「魔法職の男って…そういやあんた新しく入った僧侶見習いとデキてるよね?」
「えっ?!え、いや…えっと…えっ??」
……なんだか気になる話が聞こえてきた。お湯で素早く身体を洗い流して温泉につかり、話をしているの戦士と狩人の2人にすすすっと近寄ってみた。
「あー、冒険者向けの宿って壁が薄いんだよね。ゴメン、私にも聞こえちゃった。」
私と同じギルドの人も話に加わる。
「うそ!?やだ…そうなの?」
「清算のとき嫌味言われるし、それ用の休憩所とか行きなー。」
「
「わ私は別に、彼と、そ、そういう関係では…」
「や、ああいうとこの避妊具は悪意ある魔法使いが魔法を打ち消したりしてるから、新しく買ったやつを使った方がいいよ。」
「そなの!?魔導士だとそういうのわかるんだ!?」
ヒニングは魔法…?どういう意味なんだろう。魔導士だけどわからない。
「ああっリリィちゃん変な話してごめんね?誤解だから…」
戦士の人が顔を真っ赤にして謝ってくる。戦場でモンスターを殴り倒している姿はかっこよかったけど、今はかわいいと思ってしまった。
「そうですよ。婚前交渉なんていけません。」
少し離れたところにいた剣士の人も話に加わってきた。
「え~今時アタマかったいなぁ。あそういえばあんたは普段は王国で騎士やっててペガサス乗りだっけ?ペガサスってさ…」
「それはユニコーンだね。」
「わたしが乗ってる馬の話は関係ないですっ。そういう事は結婚を前提に…」
「聖職者が宿屋で女食ってる時代にぃ~??」
「食われてないっ!!」
「今は別に妻帯を禁じられてないしね。私もこの前酒場で知り合った人がモンクで……」
◆
宿屋の壁は薄いからそういう声が丸聞こえだって。
酒場でいい感じになった人と関係を持つこともあるって。
あれは私にとっては楽しい思い出だったけど、いきなり牙をむいて襲ってきたような感覚に陥る。
泣いてるのが隣に伝わらないように枕に顔を伏せ、シーツを頭からかぶって壁からなるべく離れた。
まったく眠れる気がせず、早く時が過ぎるのを祈るしかなかった。
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