私の友達

ルーカスとマノンが、明かりの消えた食堂で何か話している。

立ち聞きは良くないと思いつつ、話している内容が気になって息をひそめた。


「好意を持ってくれてるのは嬉しいけど…マノンとは仕事仲間としてこれからも…」

「何やのそれ!じゃああたしがギルドやめたら付き合ってくれるわけぇ?!」

声を荒げるマノン。その声の感じから、泣いているのがわかった。たぶんマノンは振られたのだろう。ホッとしている自分がいた。


「………昔、同じギルドにいた人と恋仲になったことがあって…」

心臓がドクンと跳ねる。いたんだ。そういう人が。

バクバク鳴る胸を押さえ、ルーカスの話に集中する。


交際が順調だったのは数週間程度で、ささいなことで喧嘩になってしまい、彼女がギルドを辞め、ルーカスもそのギルドに居づらくなって脱退したらしい。

ルーカスの戦績をずっとチェックしていた私には思い当たるギルドがあったけど、詳細に思い出すのはやめておいた。


要約すると、仕事仲間と付き合うのはうまくいかないので恋愛対象として見られないという趣旨の話だ。

「そんな過去の恋愛いつまで引きずってんのアホ。意気地なし。」

ルーカスの返答は聞こえない。

「……それとも、まだその女のことが好きなん?」

マノンの問いかけに対するルーカスの答えが耳に入るのが怖くなって、私はその場から逃げ出していた。

物音で立ち聞きがバレたかもしれないけど、気にしている余裕がなかった。


自分の部屋に戻ってベッドに入った後もなかなか寝付けなかったけど、2日連続で体調不良じゃ何かあったんだと怪しまれる。明日は万全な状態でクエストに向かわないと。そう思えば思うほど眠れなかった。



次の日、ギルドからマノンが抜けていることに気付いた。

メンバーが無言で脱退するのはそう珍しくないので誰も気にせず、残ったメンバーで今日のクエスト向けにパーティ編成が行われた。


私は自分が参加するクエスト用の物資を買いに行き、店の商品を選んでいると、後ろから声をかけられた。

「急に抜けてごめんね。リリィちゃん気にしてるんじゃないかと思って、最後に会いにきたよ。」

昨晩、立ち聞きしていたのが私だとマノンは気付いていたらしい。ルーカスには適当にごまかしておいたと言われてほっとした。


「あたしな、冒険者なんかやめて結婚しろて言われてるんだ。」

マノンの故郷ではご両親が武具店を営んでいて、お父さんに弟子入りしている青年と結婚して家業を継ぐように言われているらしい。それが嫌で冒険しながら結婚相手を探していると話してくれた。両親を納得させられるような立派な冒険者を。


「このあたりの冒険者じゃルーカスが一番すてきかな~って思て告白したんやけどな、振られちゃった。振り向かせるまで頑張れたらいいんだけど、そこまで好きじゃないし、だったら次に行った方がいいかなって思って、ギルドを抜けたの。」

そう言ってマノンは私を安心させるようにニカっと歯を見せて笑った。


そこまで好きじゃない……か。マノンの目が腫れているのを見ると、本心から出た言葉じゃないんだろうなと感じた。


新たな出会いを求めて隣国へ渡ると言うマノンは「せっかく友達になれたのに残念」と言ってくれた。

私とマノンとの関係は友達だったんだ。少し驚き、少し嬉しくなって、猛烈に寂しくなった。

「リリィちゃんはルーカスみたいなヘタレに惚れんようにな~。んじゃね!」

大きく手を振りながら駆け出していくマノン。

集合時刻までまだ余裕があるのを確認しつつ、急いで買い物を済ませた。



その日のクエストでは、とにかく早く終わらせるように心掛けた。おかげで貢献ポイントの加算が参加者内でトップになり、「もう体調は万全みたいだな」とルーカスに言われた。

よかった。そう見えて。



ルーカスに対する私の気持ちは恋だと気付いてしまった。



あの晩、泣いているマノンのことを何とも思わなかった自分を醜いと思った。クエスト中にあることないこと想像して嫉妬してしまったことも、すごくいやだった。

それだけじゃない、このギルドに入った経緯だってそうだ。私は自分のことしか考えていない。


こんな気持ちを抱えたままだと仕事に差し支えてしまう。いっそ想いを告げて楽になってしまいたいけど、振られたあともギルドに居座る精神は持ち合わせていない。

ルーカスが昔の恋人に未練があるのかどうか、知るのが怖くて怖くてマノンに聞けなかった。でも、今は恋愛する気がないということがわかれば十分だった。


この気持ちは封印する。

いつかルーカスが自分の恋を成就させる日がきたら、仲間として心から祝福するんだ。自分のそんな未来を想像したら泣けてきたけど、たとえ自分が恋人になれたとしても、その幸せがいつまでも続くとは限らない。それなら、ずっと仲間としてそばにいたほうが幸せだ。

ルーカスのそばで戦い続ける方が今の私にとっては大事なことだった。



それ以降、私は精神修行にも力を入れるようになった。冷たい滝に打たれたり、静かな所で瞑想したり……精神力が高まり魔法防御UPには十分すぎるほどの効果があったけど、修行時に他のメンバー──ルーカスがついてくるときはドキドキがおさまらなかった。私の頭からやましい気持ちを消し去るにはもっともっと修行が必要だ……。

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