初心者向け

緊急離脱魔法が発動して、私たちは冒険者管理局の施設内にある救護室に運び込まれた。


ウサギに踏まれた手の治療を終えてルーカスの様子を見に行くと、まだ目を覚ましていないようだった。私はルーカスが寝ているベッドのそばにある椅子に腰をおろして彼が目を覚ますのを待っていた。


勇者様…ルーカスがこうなってしまったのは私のせいだ。

魔法学校で好成績だったからと慢心して、実戦じゃ何もできなかった。

恩返しどころじゃない、足手まといだ。

また涙がこぼれてくる。


戦績にはクエスト失敗情報も記載されるから、お父さんがそれを見て「やっぱりリリィに冒険者は向いてない。」と判断して連れ戻しに来るかもしれない。せっかくここまで来れたのに。自分が情けなくて、涙が止まらない。


突然ルーカスがガバっと起き上がり、私の方を向いた。

「お前っ……、初心者かよ!ててて…」

急に起き上がったので傷口が痛んだのだろうか、ルーカスがお腹をおさえた。

ぜんぶ私のせいだ。また悲しくて涙が出てきてしまった。

「ああ…?どっか痛いのか?」

「さっき、ち、治癒…私はいたくない、ルーカスが、」

「こんなのケガのうちに入らないから心配するな。それより、免許取りたてならそう言ってくれよ…」

私はクビだろうか。顔が青ざめる。挽回のチャンスが欲しいと伝えたいのに、口が開かない。

「いきなりあんな狂暴なモンスターが出てくるクエストに誘って悪かったな…」

「え……あ……」

「魔法学校の主席なんてスゲー奴が来たと思って卒業年度まで見てなかったよ。卒業したてだって言ってくれればもっと簡単なやつにしたのにさ」

「はい…ごめんなさい。」

考えが甘かった。学校で魔法を勉強したから、すぐにでも戦えるって思ってた。


ルーカスがそんな私の様子を見て言った。

「そういや、帝都の魔法学校って学術中心で実戦に力入れてないって聞いたことあるな。初めて本物の魔物を見てビビったか?少しずつ慣れていけばいいよ」

ルーカスはそう言って笑って見せ、私の心を軽くしてくれた。



それからしばらくの間、私たちは難易度が低めの採集クエストを請け負ったり、町の人の悩みごとを解決したりして過ごした。初心者向けだから簡単に出来ると思ったけどそうでもなく、ルーカスと意思の疎通が取れなくて時間がかかってしまうことが多かった。


馴染みになってきた宿屋の食堂で夕飯を取りながら、ルーカスと反省会をする。

「お前はもっと落ち着け。焦るととたんに口数が減るから、俺もお前がどうしたいのかわからなくなる」

「努力、します…」

「……。ひょっとしてお前、外国の人か?珍しい髪色してるし」

どうなんだろ。遠い先祖が妖精の場合って外国人に当たるのかな…

「ごめん、それなら俺の指示がわかりにくい時あったよな。そういう時はもう一度伝えるから──」

あ…!言葉が通じてないと思われてたのか。


この地方の言葉を習得したのはここ数年のことで、それまでずっとおばあちゃんと暮らしていて、そこで使っていた言語と混ざってしまい、話すときにうまく言葉が出てこないことがあると説明した。


「そっか。ばあちゃ…年配の人って方言で何言ってるかわかんないもんな…」

ルーカスが押し黙り、じっと私の顔を見つめる。

どうしたんだろう。こんな面倒な初心者はクビだろうか。

するとルーカスがフッと微笑んできたので、私も戸惑いつつ笑顔を返した。


「今、ギルドから追い出されるかもって不安になったろ?」

「はい…」

「やっぱそうか。お前、けっこー顔に出やすいタイプだな?困った時は思いっきり『ピンチで~す』って顔するか、何でもいいから叫んでくれよ。とにかくお前が何か伝えようとしてるって事さえわかれば、あとは俺がなんとかするよ」

勇者様はなんて心が広いんだろう。

いったいいつになったら私はこの人に恩を返せるの?

はやく一人前になりたい。



「今日は低級魔物の討伐クエストだ。このあたり一帯の畑を荒らしてるヨツバモグラを10体以上撃退か捕獲でクリア。お前の得意な魔法を見せてくれ」


ヨツバモグラの苦手属性は風。最初の自己紹介を覚えててくれたんだ。期待に応えたい。


"リル、そういうところがダメなんだってば。平常心だよ"

そうか…そうだね。ありがと。


「時間制限はないから焦らず自分のペースでやるんだぞ。ヨツバモグラの開けた穴に向かって攻撃すれば土から飛び出してくるが、日の光を浴びたらすぐ大人しくなる。恐れなくていい」

「はい。ありがとうございます。」


畑の一区画の中央に立ってロッドを地面に立てる。すると、普段はロッドの中で眠っている契約精霊たちが出てきて、シルフと一緒に穴を探してくれた。


地面に空いている穴は8つ。この8つの穴に風を通すイメージか……

シルフ、お願い

"まかせろ!"



「終わりました。」

「え?」

穴から出したヨツバモグラを風で操ってルーカスに見せる。

「18匹います。」

「え!?いつ魔法を使ったんだ!?」

「あ…えっと…」

「やっぱスゲー奴だったんだな!俺何もしてないのにクリアしちゃったよ~。これだけ生け捕りにすれば今日は豪遊だな!」

「はい!」



ヨツバモグラの涙は魔法薬の材料になるので、研究所に引き渡したら結構な金額になった。ギルドに入って初めて、宿の食堂ではなく小洒落た料理店で今日の反省会をした。


今日は見逃したから次は魔法を使う所が見たいとルーカスが言い、次の日からは低級魔物の討伐クエストが続いた。私はすっかり自信を取り戻し、ルーカスと討伐数を競い合うのを心の底から楽しんでいた。

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