勇者様のもとへ

次の日、旅の支度を終わらせてから冒険者名鑑を開いてギルドの定員に空きがあるか確認しようとすると、戦士ロルフのギルドから勇者様が抜けていた。勇者様の所属ギルドの欄には『新規メンバー募集中』と書いてある。


勇者様が立ち上げた新しいギルドってこと……?先週誕生日を迎えて18歳になったからギルドを作ったのかな。

成人してる冒険者なら誰でもギルドを作れるけど、ギルドマスターが若いとあまり依頼が来なくて儲からないから実際やる人は少ない。それなのに名のあるギルドを抜けて自分のギルドを作るなんてどういう心境なんだろう?私が旅立つ日にギルドを作るなんてなんだか運命を感じる。

このギルドに入って恩返ししたい。


ただ、ギルドに加入するにはギルドマスターのいる町まで行かなければならないのが問題だった。

勇者様の現在地はネスタというレンティ村の近くにある町で、今住んでいる帝都からだとかなり遠い。そもそも冒険者ギルド自体が近隣の冒険者をまとめる団体だからこういう仕組みなのは当然なんだけど…戦士ロルフのギルドだったら帝都を拠点にしているからすぐ行けたのにな。故郷の森に里帰りする時は3,4日はかかっているから、ネスタに行くのもそのくらいの時間がかかりそう。


ギルド結成申請をした冒険者管理局の掲示板にも募集要項が貼り出されるから、そこから申請することも可能なんだけど、勇者様が結成申請を出したのもネスタにある支部だった。冒険者免許を更新しにネスタに行ってギルドも作ったのかな…?どちらにせよネスタに行かなければ加入申請が送れない。


確か、新しく立ち上げたばかりのギルドはクエストクリア実績を上げるまでは定員が5名だから、ギルドマスターを除くと残り4人。お父さんでも知ってるくらいの冒険者ならすぐ枠が埋まってしまうかもしれない。ネスタまで3日もかかるのに間に合うかな。学生時代はコネ娘だの七光りだのと言われてきたけど、本当にを利用させてもらうことにした。



お父さんの部屋のドアをノックする。

「お父さん、あのね…」

「リリィ、もう支度が済んだのか?」

「このギルドのメンバー募集に参加申請が来ないようにって出来る…?」

冒険者名鑑をそっと差し出した。お父さんがそれに目を落とす。

「ん…?例の彼か。そうか独り立ちしたのか……リリィはこのギルドに参加したいんだな?」

お父さんは少し考えこむ。


「戦士ロルフのギルドじゃなくなったのは少し心配だが、彼ならきっと大丈夫だろう。3日間だけ、お前以外の申請が来たら弾くように手を回しておく。3日でネスタまで辿り着けず、ギルドの枠が埋まっていた時は、諦めて帰ってきなさい。いいね?」

「ありがとう!!私、行ってくる!」

「娘のわがままを聞いてやるのも父親の役目だ。そのかわり、定期的に帰ってきて親孝行するんだぞ。」

「ありがとう!ありがとう!」



お父さんは私が諦めて帰ってくるのを狙っているのかもしれないけど、その気になれば私の参加申請だって弾くことができるんだ。きっと応援してくれているに違いない。森を出た時からずっと一緒にいる風の精霊シルフが私の足取りを軽くしてくれる。


お父さんからは旅費を受け取らなかったので、持ってきた稀少素材を売って馬車代や宿賃にした。宝物にするつもりで森から持ってきたものだけど、学校で勉強するうちに死蔵させてはいけない素材であることを理解したので、魔法道具の材料にしたり売ってお小遣いにしたりしていた。


勉強が忙しくて一年に一度くらいしか帰れていない故郷の森。冒険者としての仕事が落ち着いてきたら必ず報告に行こう、と心に決めた。

おばあちゃん…精霊のみんな…ありがとう。



ネスタに着いたのは3日目の夜遅くになってしまった。


馬車を乗り継いだり初めて一人で宿屋に泊まったり、ここまで来るだけで私にとっては大冒険だったけど、ここがゴールじゃない。油断せずシルフの最大速度フルパワーを使って管理局に駆け込み、急いで掲示板を確認する。


* 【メンバー募集中】ギルドマスター:剣士ランクA 人間♂

* 募集人数:1/5


「あっ!」

受付で加入申請を済ませると、後ろで声がした。


「今、申請出してくれた子だよね?」

声の主が駆け寄ってくる。勇者様だ。画面越しじゃない、本物の。

感激して言葉に詰まり、コクコクとうなずいてみせた。


勇者様はひたいに手を当て、ハァ~っと息をもらす。

「良かった~…誰も来ないんじゃないかと思ってすっげえ不安だった…俺がギルドやるなんてまだ早かったんじゃないかと…」

あ……

それで管理局のロビーでずっと待っていたんだ。この時はじめて、私はなんて自分勝手なことをしてしまったんだろうと反省した。他の人を欺いてでも加入したいと強く願ったのは確かだけど、勇者様の気持ちを考えてなかった。


ううん、もう勇者様じゃない。憧れの対象じゃなくて、仲間になるんだ。

私は深呼吸をしてから、ずっと練習してきた挨拶を述べた。


「ルーカス・アルホフさん、私は魔導士のリリィ・レンフォードです。風魔法と炎魔法が得意です。どうぞよろしくお願い致します。」


* リリィ さんがギルドに加入しました

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る