3. カレンダー

 食卓のすぐ脇の壁に、カレンダーが掛かっている。

 ベッドに横になっていると、ときどきそれが目に入った。四月の日付が並び、カラフルな文字で書き込みがしてある。上半分には満開の桜並木のイラストがプリントされている。

 わたしの目は、一つの日付に吸い寄せられた。「17」の数字が赤いハートで囲まれている。あなたがつけた印だ。

 カレンダーにペンを走らせる、あなたの手付きまでが、たった今見たかのように思い出された。


 カラフルなサインペンを手に、あなたはカレンダーに文字を書いていく。

 わたしはその背中を見ながら、自分の手帳にメモした予定を眺めていた。

「わざわざカレンダーに書くことないのに」

 だって二度手間じゃん。そうこぼすわたしに、あなたは軽い口調で返す。

「でも、案外悪くないよ。ほら、こんな風に」

 あなたが示す先には、色とりどりの文字やイラストに彩られたカレンダーがあった。ピンクのサインペンで描かれた、桜の花びらもあちこちに散っている。

「こうやって書くと、イヤな予定も楽しくなってくるでしょ」

「たしかに、そうかも」

 わたしはひときわ目を引く、「17」の上のハートマークについて聞いてみた。

「十七日って、なにかあったっけ」

 そうつぶやくと、あなたはけらけらと笑いながら、

「忘れちゃった? だってこの日は、」

 きみと初めて出会った日。

 それを聞いて、わたしは顔がぱっと赤くなるのを感じた。

「そんなの、なんで覚えてんの」

 ついぶっきらぼうに返すと、あなたは事もなげに、

「忘れるわけないよ。大切な人との記念日だから」

なんて言うものだから、わたしはますます恥ずかしくなった。照れ隠しに、持っていた手帳をぐいっとあなたへ押し付ける。

「ほら、ここにも描いて」

「うん、いいよ」

 あなたの手が器用に線を描く。みるみるうちにカラフルになっていく紙面を、どきどきしながら見つめていた。


 カレンダーの四月十七日には、あなたが描いた赤い印がある。

 ベッドの中で、そこからいつまでも目が離せないままだ。

 もはや日付の感覚は無かった。もしかしたらもう四月も終わっているかもしれない。それでも、わたしにはカレンダーをめくる気力も無かった。にわかに鼓動が速くなって、布団の端をぎゅっと握りしめた。

 あなたが帰ってこない部屋に、わたし一人が取り残されている。

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