船
口羽龍
船
大海(ひろみ)は東京に住む大学生。9月中旬まで続く夏休みを利用して、実家に戻っている。大海の実家は漁師町にあり、去年亡くなった祖父の喜助(きすけ)も父、栄次郎(えいじろう)も漁師だ。大海も卒業後は実家に戻り、漁師になる予定だが、料理人になろうとも思っているらしい。それを知って、両親は喜んでいるようだ。
「もうすぐ東京に帰るのか。寂しいな」
大海は振り向いた。そこには祖母、ハナだ。ハナは東京で頑張っている孫を誇らしげに思っているようだ。
「だけど、東京でも頑張ってきてね」
「うん」
大海は背伸びをして、大きく息を吸った。実家の空気は最高だ。だけど、もうすぐ東京に帰らなければならない。
「しっかりと疲れを取って、また大学だ」
大海はタンスから自分の服を出して、キャリーケースに入れていた。だが、タンスの奥で1枚の写真を見つけた。
「あれ? この写真は?」
これは何だろう。大海はその写真を見た。そこには、2人の男が写っていた。どっちかは喜助だとわかるが、もう1人の男は誰だろう。
「これ? おじいちゃんの写真」
ハナは右の人を指さした。どうやらそれが喜助の写真だ。なら、横の左の人は誰だろう。
「ふーん。じゃあ、この横の人は?」
「この人? おじいちゃんの弟の、徳助(とくすけ)さん」
初めて聞く名前だ。祖父に弟がいたとは。全く知らなかった。
「へぇ」
「私、この人と結婚するはずだったのに・・・」
実は、ハナは徳助と結婚するはずだった。だが、時代が悪かった。
喜助と徳助は漁師町に生まれ育った兄弟だ。漁師の元に生まれ育った2人は、ともに漁師になりたい、そして2人に漁に出るのが夢だった。だが戦時中、徳助は海軍に召集された。時は太平洋戦争。徐々に劣勢に追い込まれた日本は、国家総動員で挑もうとしていた。そのため、徳助は海軍に召集されたという。あこがれていた船とはいえ、まさか戦艦に乗るとは。
「漁師になろうと思ってたのに・・・。まさか、海軍に召集されるとは」
がっかりする徳助を見て、喜助は肩を叩いた。徳助を励まそうとしているようだ。
「でも、それで頑張った事を漁師として生かせるのなら、行ってもいいじゃん! 頑張って来いよ!」
だが、今は戦争。自分もその力にならなければ、日本に明日はないだろう。国のために頑張らなければ。
「そうだね! 絶対に勝って、帰ってくるよ!」
「頑張って来いよ!」
喜助は笑みを浮かべた。徳助を応援しているようだ。
「うん!」
そして、出発の時を迎えた。残念だけど、戦争が終われば、一緒に漁ができる。楽しみだな。
「いよいよ出発だね!」
「ああ」
やがて、家族がやって来た。みんなで送るようだ。
「頑張ってきてね!」
「ああ。タエのためにも、頑張ってくるよ!」
「ありがとう」
徳助は玄関から外に出た。これから戦いに出る。そう思うと、頑張らなければと思ってしまう。
「じゃあ、行ってくるね!」
「行ってらっしゃい!」
そして、徳助は行ってしまった。その様子を、彼らはじっと見ている。
「行っちゃった。大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。だって、海の男の子だもん!」
「そうだね!」
大変な日々だけど、必ず日本は勝って、そして徳助は帰ってくるだろう。共に漁師をして、幸せに暮らすんだ。
それから、家族は徳助が帰ってくるのを待っていた。太平洋戦争はもう3年以上続いている。だけど、終わりが全く見えない。日本はますます劣勢に立たされ、空襲に遭う日が多くなってきた。日本軍には、特攻隊という敵艦に飛行機ごと体当たりする部隊ができ、彼らは沖縄の海に散っていった。海軍も劣勢に立たされていて、撃沈される例が多くなってきた。それを聞くたび、徳助は大丈夫だろうかと思ってしまう。
「徳助さん、帰ってくるのかしら?」
「大丈夫だよ」
喜助は不安だった。本当に日本は勝てるんだろうか? もう負けるんじゃないか? 早く降伏してほしいと思っていた。
「だって、日本軍は劣勢だもん」
「うーん、そうだね」
その時、ラジオである速報があった。それは、徳助の乗っている戦艦が撃沈したという知らせだ。まさか、徳助は戦死したんだろうか? 家族はみんな不安になった。
「か、海軍全滅だと!?」
「という事は、徳助さんも?」
それを聞いて、喜助は重い口を開いた。徳助は死んだかもしれない。
「かもしれない」
「そんな・・・。信じられない・・・。信じたくない・・・」
ハナは泣き崩れた。愛していたのに。帰ってきたら結婚しようと思っていたのに。戦争によってその夢はかなわなかった。
「大丈夫かい?」
「戻ってきたら、結婚しようと思ってたのに・・・」
喜助はハナの頭を撫でた。慰めようとしたが、ハナは泣き止まない。
「つらいよな・・・。つらいよな・・・」
その後、ハナは2階でじっとしていたという。そして、なかなか立ち直らない。みんな、そんなハナを心配していた。
しばらくして、喜助がやって来た。茶碗に入ったお茶を持ってきた。お茶でも飲んで、落ち着いてほしいと思っているようだ。だが、じっとして動かない。
結局、喜助は1階に戻ってきた。みんな、じっとしている。彼らも徳助が亡くなったのがショックで落ち込んでいるようだ。
その話を聞いて、ハナはいつの間にか泣いていた。
「そうだったんだ」
「だけど私、喜助さんと結婚して、子供に恵まれたの。天国に行った徳助さんの分も幸せになろうと誓って」
その後、ハナは喜助と結婚して、栄次郎が生まれ、大海が生まれた。だが、徳助と結婚できなかったのが、何よりの無念だ。
「ふーん」
「今、平和でいる事が、どんなに素晴らしい事か、感じてる?」
大海はそれを聞いて、今、平和である事がどんなに幸せか考えた。今でもどこかで戦争が起こっている。いつになったら、戦争のない、平和な世界になるんだろう。その時はいつだろう。
船 口羽龍 @ryo_kuchiba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます