魔王にお願い

 


 決まったら即行動が大事。早速、魔王が滞在している宿に戻った。丁度、出掛けるところの魔王と遭遇。目を丸くしてやって来た理由を彼の目的地へ目指す傍ら話すと驚かれた。



「ちょっと待って。熾天使は神族の次に強いと言われている最高位の天使でしょう? いわば、天界を守護する上で大事な役割を持っている。そんな熾天使をぼくに殺せと?」

「殺せとは言ってない」

「そうだよ。撃退してくれるだけでいいんだ」

「あのね……」



 呆れが多分に混ざった笑みにさすがの魔王も呆れるかと抱く。現神である神族と彼の知り合いであるネルヴァの弟からの依頼は、普通どう考えてもおかしくて。熾天使を魔族の王に半殺しにしてほしいと頼まれると誰が想像するだろうか。



「殺さずに相手をする方が難しいのは知っているかい」

「知ってるよ。そこの甥っ子が素直に帰ってくれたらこんな頼みしないよ」

「絶対帰らない!」

「だって」

「はあ……」



 天敵の中でも上位に属する熾天使を撃退とヴィルもヨハネスも簡単に言うが実際どうなのだろうか。ジューリアが訊ねると困ったように眉を八の字に曲げられた。



「二人の頼みは殺さずにでしょう? 相手が熾天使ともなると手加減をすれば、逆にこっちが殺される」

「じゃあ、やっぱり甥っ子さんを差し出すしかないのかな」

「嫌だって言ってんの!! ねえ! この国の皇族が管理しているかもしれない宝石が欲しいんでしょう? なら、ヴィル叔父さんが掛け合ってくれるから、代わりにガブリエルを撃退してよ!」



 最初、熾天使ガブリエルを撃退してくれる代わりに魔王が探すブルーダイヤモンドを持っている可能性が高い皇族にヴィルが見せてくれるよう頼むと提案していた。

 魔王は冗談かと思って話を聞いていたらしく、徐々に本気だと知って困ってしまった。


 魔王が嫌がるなら、最善策はヨハネスを熾天使に差し出して天界への扉を開けさせ、天界へ戻すこと。だが当の本人は意地でも天界に戻りたくない。



「神族に熾天使の撃退を頼まれるなんてね……リゼルくんが聞いたら何を言われるか」

「ねえ、貴方が嫌ならそのリゼルって補佐官に熾天使を撃退してもらえばいいんじゃ」

「絶対ダメ。リゼルくんに怒られる……」



 立場で言うと魔王である彼が頂点なのだが、実力で言うとリゼルが頂点。リゼルに尻に敷かれている感が否めないが彼自身魔王に相応しい魔力を持つ。リゼルを呼ぶのが駄目なら、やはり頼れるのは魔王だけとなる。



「ネルヴァくんに説得してもらって帰ってもらうのは?」

「え!? ネルヴァ伯父さんの居場所知ってるの!?」

「大体は、ね。さっき、ネルヴァくんから通信蝶が届いているのを知ってね」



 部屋に戻るとネルヴァから通信蝶が来ていて、内容は現神である甥っ子が落ちて来るから面倒見てあげてと暫く天界が騒がしくなるというもの。

 実際に騒がしくはなってきた。



「兄者が来たら、問答無用で天界への扉を開けさせられて帰されるかもね。うん、そっちの方がいい」

「ダメ! ネルヴァ伯父さん呼ばないで! やっぱり、あんたがガブリエルを撃退してよ! 魔王なんだから相手出来るだろう!」

「いや、天使達を束ねる君達が頼む事じゃないよね……」



 どうしたものかと頭を悩ませても彼等は引く気配を見せない。撃退してほしそうに凝視してくるヴィルとヨハネスの視線に負けた魔王は了承してくれた。但し、と条件付きで。



「もしも殺してしまっても文句は言わないでね。相手は熾天使。さっきも言ったけど、油断するとこっちが殺される」

「まあ、最悪殺しても次に熾天使になれそうな天使は一人や二人いるからどうとでもなるよ」

「最悪の最悪、熾天使が殺されたってことで人間界にいる悪魔を殲滅する勢いが出来るだけだよ」

「あのね……」



 熾天使はやはり殺さない方向でいくしかなく、難しいと悩む魔王に何処へ向かっているのかとジューリアは訊ねた。例のブルーダイヤモンド探し、ではなく、ビアンカの為の買い物だとか。



「あの格好のままではいさせられないからね」

「ねえヴィル、どこか貴族御用達のブティックってあるかな」



 魔王に良いブティックはないかと訊かれるも街に行かないジューリアは何処にどんな店があるか知らず、自分より詳しいヴィルに委ねた。



「確か、マダムビビアンの弟子が経営しているっていうブティックがあるけど行ってみる? 貴族の愛用者も多いけど、平民でも買える値段の物があるから人気みたい」

「行ってみよう! 貴族が愛用しているなら、高級品だってあるよ」



 元公爵令嬢らしくビアンカは品質にうるさく、魔王が購入したものでも安物なら文句を言いそうだ。早速、そのブティックを目指すことに。



「ねえ、魔王さん」



 ジューリアは未だ魔王の名前を聞いていないので呼び方がこうなる。



「ビアンカさんを助けたことを補佐官さんには話したの?」

「伝えはしたよ」

「怒ってた?」

「好きにしろ、とだけ。元々、あの男に買われたビアンカをぼくが助けようがぼくの息子が助けようがリゼルくんはどうでもいいのさ。もうリゼルくんが鬱陶しがる家門は滅んだ後だし、ビアンカ一人でリゼルくん達に復讐は無理だからって」

「懐が広いのか、面倒くさがってるだけなのか分からないね」

「多分、面倒くさいだけだと思うよ」



 ふと、ある事も訊ねた。



「帝国に他の上位悪魔がいるとかって分かる?」

「人間界に来る悪魔は基本静かに過ごしたい悪魔ばかりだから、天使達に悪魔だとバレないよう極力魔力を抑えるんだ」



 同族でも魔力を抑えている為、擦れ違っても顔見知りでない以上気付かないのが多々だと。



「もしかして、ぼくの他にいるの?」



 ヴィルに振り向き、何を聞きたいか伝わり頷かれたので理由を説明した。


 以前、屋敷に訪問した婚約者が中位悪魔に取り憑かれた事があったのだが、フローラリア家には強い結界が張られている。ジューリアの部屋の結界だけ薄くされていても中位悪魔が結界を破ると長期間魔力を回復させないとならない。なのに、他人の体を乗っ取りジューリアを食らおうとした。

 中位以上、上位級の悪魔が手を貸したとしか思えない。ヴィルの予想では純血種の魔族としている。


 話を聞いた魔王は「ふむ」と考えた。



「人間界にいる高位魔族か……君が狙われたのは?」

「魔力量の多さに目を付けたから、かな。私、魔力は一杯あっても使えないから狙いやすかったんだよ」

「高位魔族が魔力量の多い人間を狙う、か……」



 考えられる幾つかの話を出された。

 一つは自身の魔力強化。これはヴィルも予想していた。

 二つ目は何らかの魔法の魔力補給に使用する目的。

 三つ目はジューリアを殺し、死体を使役するのが目的。



「え゛? し、死体を操るの?」

「そうだよ」

「悪魔らしい……」



 ドン引きするジューリアだがなくはない可能性に戦慄した。死しても使役される運命なら、自分で爆死すると。



「はは、肉片になるの?」

「笑わないでよヴィル!」



 全然笑いごとじゃない。



「でも不思議。どうしてその悪魔は今頃になって動いたのかな?」



 ジューリアがフローラリア家で冷遇され始めたのは三年前。無能の烙印を押された七歳の時。ヴィルやミカエルの予想から、長くフローラリア家に潜伏していそうだが三年も待つ必要はあったのか?

 今より、以前の方が狙いやすかった筈。



「さあ? その悪魔を見つけないとなんとも」

「ヴィルでも見つけられないんだよね?」

「今の姿なら尚の事ね。もしも現れたら、そこの魔王に責任を取ってもらうから」



 さり気無く魔族の相手もお願いされた魔王は苦笑する。悪魔を管理しているなら、人間界にいる悪魔を把握していそうなもの。魔王は人間界にいる悪魔の管理はリゼルがしていると話した。が、許可なく人間界に行く悪魔もいるので全てを把握している訳じゃない。また、魔界に居場所がなく人間界にしか住めない『追放者』も含まれており、見つけるのは難しい。



「『追放者』ってどんな悪魔なの?」

「ビアンカのような敗者が魔界から追い出されたり、力が弱く魔界に居場所がない悪魔がそう呼ばれる。魔界は力が一番の世界だからね」



 なので、魔王の座も代々完全なる実力主義で血筋で魔王になる者は少ない。現魔王の場合はリゼルが魔王候補を辞退したから。

 人間や天界は血筋を重視する。血を大事にするか、力を大事にするかで話は大いに変わる。

 話をしている間にも一行はブティックに到着した。店の周りには大勢の女性客が集まっており、入店するまでに時間が掛かりそうだ。



「私も行きたい!」

「その方がぼくは助かるよ」



 女性ばかりで男一人で入る勇気がなかったらしく、ヴィルは待っていても暇だからと同行。ヨハネスはよく分からないながらも置いて行かれるのは嫌で一緒に行くとなった。


 列に並んで順番を待つ。



「買うのはドレスだけですか?」

「必要最低限の物、かな。ぼくは女性の好みがよく分からないから、君に任せてもいいかな」

「ビアンカさん好み……」



 なんとなく、派手なデザインが好きそうなイメージがある。だが元がかなり綺麗なのでシンプルなデザインでも十分可愛く見えるだろう。



「ヴィル叔父さん」

「なに」

「ヴィル叔父さんって、祖父ちゃんや祖母ちゃんの顔最近見た?」

「さあ。昔、兄者に瀕死にされた後からは会ってない」

「そっか。前にちらっと父さんと母さんが話してたのを聞いただけだけど、あの祖父ちゃんと祖母ちゃん、長い間行方不明になってるんだって」

「あっそ」



 ヴィルにとっては心底どうでもいい。


 どうせ、密かにネルヴァが処分したか、息子に殺されかけた恐怖から見つからない場所へ逃げたかのどちらだろうから。


 熾天使ガブリエルに散々痛めつけられ、全身血だらけのヴィルを一目見るなり、ネルヴァの次に強い神力を持つお前が予備の役目を果たさないからだと吐き捨てた両親など、ヴィルの中では死人も同然だ。


 

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