魔王に撃退してもらおう
「くそっ!!」
純白の巨大な扉が苛立たし気に叩かれた。純銀の髪を乱れさせ、眼鏡がずれていても気にしない男性は気を落ち着かせようと一度深呼吸をした。
息子のヨハネスが泣き言を言うばかりか、遂に人間界に逃げ出した。追手を差し向けようにも外側から鍵を掛けられてしまい、内側からでは開けられない。ヨハネスを追えないだけではなく、人間界を定期巡回している天使達も天界に戻れなくなった。
天使はストレスに弱い。悪魔との戦いで蓄積される汚れは天界でないと浄化が出来ない。蓄積された汚れはやがて天使を堕天使へと変貌させ、他の天使で討伐しないとならなくなる。
「アンドリュー様」
現在、子供の姿になったヴィルのお目付け役として側にいさせたのにも関わらず、間の悪い時に定期報告の為天界に戻ったが人間界に戻れなくなった大天使ミカエルがやって来た。
「なんですか」
「現在、人間界にいる天使達に連絡を送ってはいますがやはり扉は開けないようでして」
「ヨハネスは今どこに?」
「ヴィル様のところに」
「そうですか」
取り敢えず、弟のところにいるのなら安全だ。子供の姿になっていようとヴィルならどうとでもなる。
「至急、ヨハネスを説得し帰還するよう人間界にいる全天使に通達しなさい。場合によっては多少の怪我を負わせても構いません」
「アンドリュー様!」
実の息子なのに手荒な真似も辞さないアンドリューへ幼少期のヴィルを知るミカエルは声を上げた。
「昔、ヴィル様に無理強いをした結果ネルヴァ様が先々代神や熾天使達を殺し掛けたのを忘れたのですか!」
「ヴィルの場合は忍耐がなかった。兄上の次に強い神力を持ちながら、何故耐えられない!」
「元々ヴィル様をネルヴァ様の予備として育てる理由はありませんでした。確かに元々ヴィル様が産まれたのは、ネルヴァ様に万が一の時があった時の為」
だがネルヴァに万が一が二度起きることはなく、ヨハネスが生まれ無事神の座に就くまでは役目を熟した。ヴィルの過剰な教育の背景にはアンドリューがいた。
「私では兄上の補佐にしかならないと父上や母上に言われてきた。後から生まれたヴィルやイヴは強い神力を持っているのにも関わらず、天界をどうとも思っていない! 恵まれた力を持っていながら何故役立てようとしないのかが私には理解不能だ」
「ネルヴァ様の影響か、ヴィル様とイヴ様は不真面目な方達なのは認めます。ですが貴方が思うほどではありません」
次男なのに弟二人よりも力が弱いことに強い劣等感を持つのをミカエルは知っている。力が駄目なら誰よりも賢くなろうとあらゆる知識を頭に収めるべく、必死に勉学に励んでいたのも知っている。ネルヴァや下の子供達しか眼中になかった両親に認められたい気持ちがあったのも知っている。
知っているからこそ、今のアンドリューは劣等感に負け自棄になっているとしか思えない。
ヨハネスにしてもそう。
父親である自分よりも強い力を持って生まれたヨハネスはアンドリューの劣等感を大いに刺激した。ヴィルよりマシとはいえ、ヨハネスも過剰な教育に縛られてきた。確かに甘やかしてはいたがほぼ全ての時間をアンドリューに管理されていた。食事内容にしてもそう。子供が好む味付けは一切許されず、大人の味ばかり食べさせられていた。
本来なら楽しく美味しく頂く食事もヨハネスにとったら苦痛の時間でしかなかった。
「アンドリュー様。今一度冷静になってください。ヨハネス様はヴィル様といる。これについては安心です。我々が考えるべきなのはどうやってヨハネス様を説得させられるかです」
ヨハネスを思うなら強硬手段に出ず、真摯に言葉を掛けるのが重要だとアンドリューに知ってほしい。
しかし——。
「ミカエル。お前は何悠長なことを。ヨハネスは力づくでも連れ戻し、扉を開けさせます」
「アンドリュー様!」
「時間の無駄です」
ミカエルの言葉を遮り、髪を手で整えたアンドリューは「失礼します!」とやって来た天使に向いた。
「人間界にいる天使の確認を終えました」
「ヨハネスを捕らえられそうな天使はいましたか?」
「熾天使のガブリエル様がいらっしゃいました」
その名前を聞いたミカエルは最悪だと頭を抱えた。
「そうですか。確か、聖女選定の儀に同席させていましたね。すぐに連絡を送りなさい」
「はっ!」
当時幼いヴィルに大怪我を負わせた熾天使の内、積極的に危害を加えたのがガブリエルで。最もネルヴァの怒りを食らい、約半世紀は完治しない重傷を負わされた。
ガブリエルの事だ、アンドリューの命令だからとヨハネスにも嘗てヴィルの時と同じように痛めつけてしまう。
こうしてはいられないとすぐさまこの場を離れたミカエルはヴィルに連絡蝶を飛ばした。
今のヴィルだとガブリエルに太刀打ちできない。ヨハネスはまともな戦い方を知らない。
側にネルヴァのような強い力を持つ者がいればいいのに、と悔やむミカエルは、現在ヴィルの近くに魔界の王がいるとは知らなかった。
●〇●〇●〇
ジューリオとその側近が帰り、ジューリア達は部屋に戻った。何故かヨハネスも付いて来た。
「ねえ、あの皇子様君の婚約者なんだろう? なんであんなに冷たいの」
ヨハネスは事情を知らない。まあ、いいか。と訳を話した。
初対面の時から膨大な魔力を持っても魔法も癒しの能力も使えない無能の令嬢と婚約させられて大層不満で、婚約者として認めないどころか仲を深める気もないジューリオと仲良くなる気が消え去り、しおらしい態度を取られようと今更だからと拒否しているのだと。話すとヨハネスはクッションを抱いて顔を傾げた。
「でもさ、あの皇子様と結婚しないと家を追い出されない?」
「家にずっといる気はないから、その辺りは大丈夫」
「ふーん?」
「ああ言った手前、不参加は無理っぽいね。参加するしかないか」
面倒くさいと溜め息を吐き、ヴィル、と呼んだ。ついさっきやってきた蝶を手の甲に乗せて黙ったままのヴィル。次第に険しい顔付きになり、さっきのジューリアのように面倒くさげに溜め息を吐いた。
蝶を飛ばすとヨハネスを呼ぶ。
「すぐに天界へ帰れ」
「嫌だって言ってんの!」
「あの眼鏡、手段を選ばなくなった。丁度人間界のある国で聖女選定の儀に同席させていた熾天使をこっちに向かわせるって、さっきミカエル君から連絡がきた」
「熾天使を? なんで?」
「ヨハネスを連れ戻す為」
「え〜」
嫌そうに声を上げるヨハネスに嘗て熾天使に重傷を負わされた際の話をした。神族の命令であれば、同じ神族でも熾天使は容赦しないと。現神であるヨハネスだろうと恐らく例外ではないと。
途端に怖がるヨハネスだが、それでも天界に戻りたくないらしい。
今のヴィルでは熾天使と有利に立てないどころか、まともに相手も出来ない。
「あ!」
良案を閃いたジューリアは魔王に撃退してもらおうと言い出した。彼が探しているブルーダイヤモンドをヴィルが皇帝に掛け合うのを条件にすれば、多分了承してくれると。
「早速、お願いしに行こうよ!」
「まあ……あの魔王なら、殺しまではしないだろうかな」
ヴィルも反対せず、殺す一歩手前で留めるなら大丈夫だろうという結論になった。天界に戻りたくないヨハネスも死なないならいいかと何も言わず、寧ろ積極的に賛成したのであった。
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