探し物

 

 朝食を満腹になるまで食べ、そこからくる眠気により机に突っ伏して眠るヨハネスに呆れ果てるヴィル。神官達にヨハネスを客室に運んでもらい、この後は魔王がいるであろう場所へ行く。



「ケイティ。あの天使様の事を見てて」

「お嬢様はどちらへ?」

「こっちの天使様と散歩に行ってくるね」



 散歩ではないが強ち嘘ではない。

 暫くは起きないだろうヨハネスを置いて二人は大教会を出た。目指すは魔王がいる宿。

 街一番の宿だけあって外観の大きさから高級感が漂っていた。中へ入る前に向こうが外に出て来た。

 ヴィルとジューリアの姿を見ると瞳を丸くして首を傾げた。



「こんな朝早くからどうしたの?」

「普通ならいない相手を気にしないのは無理な性分でね。人間界にいる理由は何。昨日は探し物をしてるとか言っていたけど」

「ああ、それ。そうだな……場所を移そうか」



 彼の提案により一行は近くのカフェに入った。朝食を食べたばかりだが飲み物は入る。

 ジューリアはリンゴジュース、ヴィルはホットミルク、彼はホットココアを頼み給仕が運んでくる間に探し物についての話を始めた。



「ぼくが探しているのはブルーダイヤモンドだよ」

「魔界で見つけろよ」

「ああ、うん、そうなんだけど。ただの宝石じゃないんだ」



 曰く、彼の探すブルーダイヤモンドは嘗て人間に恋をした天使が人間の女性に贈ったとされ、天使の祝福が多分に込められたブルーダイヤモンドは持っているだけでその人間が死を迎えるまで幸福にさせてくれると伝えられている。

 魔界の王様が人間を幸福にさせるブルーダイヤモンドを探している? 好きな人間でもいるのかとジューリアが問うと緩く首を振られた。



「ぼくじゃないよ。ぼくの息子に渡したいんだ。ぼくの息子は人間だから」

「え」

「ああ、あの王子様」

「うん?」

「ネルヴァくんから聞いたの?」

「それもあるし、末っ子からも聞いた」



 ジューリアが知らないだけでヴィルは知っているらしく、二人の会話についていけない。

 後で教えてあげるとヴィルが言うので今は黙っている事にした。



「ブルーダイヤモンドね……天使が絡んだ代物なら、帝国が保管していそうだね」



 神に祝福された帝国には、神や天使に関連した代物を数多く保管している。



「天使様の特権で見せてもらえるか、皇帝に掛け合ってあげる」

「本当? ありがとう。そろそろ見つけないと空からリゼルくんの雷が落ちて来るから助かったよ」

「リゼルくん?」



 リゼルとは彼の補佐官の名前。曰く、超の付く鬼畜で優秀な魔族だとか。ヴィル曰く、ジューリアの好きそうな顔をしていると。

 目を輝かせたジューリアに彼は苦笑し、リゼルは亡くなった妻一筋で大事な愛娘がいると教えた。愛娘の下りでヴィルが苦々しい表情をし、気になって聞いてみるとヴィルの長兄がその愛娘といるらしい。

 ん? と首を傾げた。

 ヴィルの長兄ネルヴァはヨハネスの前の神。愛娘は魔族。一緒にいていいの? となった。



「駄目に決まってる。って言いたいけど、俺も好き勝手してるから、同じく好き勝手してる兄者にどうこう言う権利はないから」

「そう、なんだ。それでいいの?」

「いいの」

「そっか」

「ところで、ネルヴァくんの弟はどうして子供になっているんだい?」



 余程年齢差があるのかと問われるもヴィルは違うと否定し、仕方なく事情を話した。なまじ強い神力を持つ甥っ子の暴走で子供の姿になり、元に戻るのに時間が掛かるのだと。深海の中を重りを付けて歩いてみる? と提案をされると拒否された。

 また、その甥っ子が今人間界にいて、大教会で寝ていると教えると彼は目を点にした。



「え? あ、ああ……ぼくが言うのはなんだけど……良いのかな?」

「いいわけあるか。はあ……」

「ま、まあ、何もしないから安心して」

「魔王なら、チャンスだと思って襲撃くらいしてもいいよ。寧ろ、あの甥っ子にはそれくらいが丁度いい」

「あはは……リゼルくんならしていそうかな、ああでも、ネルヴァくんじゃないならしないか……リゼルくんは自分から面倒事を引き起こすのを嫌がるから」



 誰だって嫌ではなかろうか。

 話している間にも三人が注文した飲み物は届けられた。

 彼に朝食は食べているのかと聞くと既に食べた後だと答えられた。



「あの、名前を聞いても良いですか」

「そういえば、まだ言ってなかったね。ぼくは……」

「あ」



 彼が名前を発しようとした時、外を眺めていたヴィルが不意に声を漏らした。二人もヴィルに釣られて外を見やった。

 歩く度に豊満な胸がはみ出そうな服に、強い風が吹けばすぐに下着が見えてしまいそうな丈の短いスカートを着た白髪の美少女が顔を真っ赤にし、泣きそうになりながら歩いていた。前を歩くのは夫だろうか。顔は皺だらけ、大きな怪我の痕がある。ゆっくりと歩く少女に何かを言っては急かせる。周囲にいる人、特に男性の目は少女の胸や脚に集中している。



「うわあ……ドン引き」

「……あれってさ」

「?」



 ヴィルと彼の会話を耳にしながら、まだ外を歩いている美少女に目をやったジューリアは白髪といい、どことなく顔立ちが彼と似ていると気付いた。様子から見ても知り合いなのは薄らと感じ取れるが、ただの知り合いではなさそうだ。

 思い切って訊ねると苦い笑みで実の娘だと話された。



「娘って……さっき、人間の息子がいるって言ってたよね……」

「……事情があってね……けど、彼女があの状況にいるのは自業自得。……きっと助けてもリゼルくんは何も言わないだろうけど」

「……」



 どんな事情があるにせよ、彼は実の娘を見捨てあんな露出の激しい衣装を着せられている姿を見ても助けない冷酷者だと判断した。と、同時に魔界を統べる魔王という魔族なのをすっかりと頭から抜けていた。見目は羊みたいにぽやぽやして優し気に見えても、中身は中身ということなのだ。



「ふーん……助けないんだ」

「はは……ぼくは薄情だから、一度見捨てたものを拾う気はない。彼女を助けるか、助けないかはその内ぼくの息子が決めるだろうさ」

「息子?」

「色々あってね……」

「ねえ、俺が皇帝に掛け合って皇族の宝物庫に入れるようにするから、あんたの娘を買った魔族について教えてよ」

「ネルヴァくんから聞いたの?」

「うん」

「そう。うーん……」



 ちらりと彼の瞳がジューリアを見た。きっと、子供に聞かせられる話じゃないから躊躇している。『異邦人』のジューリアは前世成人を迎える前に死んでいるがどんな話を聞いても驚かないと自信タップリに語ると彼は苦笑しながらも話を始めた。




 

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