交換条件

 


 悪魔は基本的に人間を餌か利用するだけの価値しかない生き物と認識する輩が多いものの、友好的に見ている悪魔や関わりを持たなければ無関心でいる悪魔もいる。彼の娘の夫である悪魔は人間に対しては勿論、自分より弱い悪魔に対しても非常に高圧的で加虐心が強く、性格にも難がある。顔の傷は昔リゼルの愛娘に言い寄ろうとしたのをリゼルの耳に入り瀕死の重傷を負わされたばかりか、顔には決して消えない傷跡を残された。

 最近魔界ではリゼルとリゼルの愛娘を罠に嵌めた家門がリゼル一人の手によって絶滅させられた。その家門の長の娘が彼の実の娘である。



「貴方は魔王なのよね? なんで子供を取られたの?」

「亡くなった妃の実兄が妹にそっくりなビアンカを手元に置きたくてね……その頃、他の魔族が森に捨てられていた人間の赤子を拾ってきたんだ。その子をぼくの子供にして、ビアンカを渡せと要求されたんだ」



 ビアンカとは彼の娘の名前。

 魔王なら跳ね除けられたのではないかと抱くも、見目が違うというだけで捨てられた赤子に同情して悩んでしまったらしく、その間にビアンカは勝手に長の娘として手続きをされていた。

「馬鹿じゃないの」とヴィル。



「魔王なら、そんな勝手をした奴、さっさと殺せばいいものを」

「そうなんだけど……ビアンカにとっては血縁者だし、妃の実兄の気持ちも分からないでもないんだ」



 大層仲の良い兄妹として魔界でも有名だったとか。



「……もしかして、兄妹同士の子だから?」

「ああ、それはないよ。仲が良いと言えど限度はあるからね。妃も彼もその辺りは弁えていたよ。何より、彼には惚れ込んだ妻がいたんだから」

「そっか」



 変に邪推した自分が恥ずかしくなったジューリア。

 話は戻り、ビアンカは現在も自分が魔王の娘だとは知らず、滅んだ家門の生き残りという事であのような扱いをされている。

 本来であれば他の者同様にリゼルに殺される予定だったが、亡き妃に免じてビアンカだけ殺さず、当初彼等が愛娘を売り飛ばす予定だった男にビアンカを売り飛ばしたのだ。

 ジューリアは複雑な思いでまたビアンカを見た。姿は遠くなっているが異性の目を引き付ける煽情的な様子が鮮明に見える。生かされるだけ有難く思えとはリゼルの言葉らしいが、あんな光景を見てしまうと殺された方がマシだったのではと抱いてしまう。

 ヴィルも同様の気持ちを持ち「あんなの、生き地獄も同等じゃん」と零した。



「そうだね……リゼルくんが決めたのなら、ぼくは何も言わないし、何かをすることもない」

「捨てたから?」

「そうだよ。リゼルくんやぼくが何度言っても彼等はリゼルくんを敵視し続け、彼の娘を危険な目に晒した」



 ビアンカがリゼルの娘を敵視していたのは彼の息子が原因と言う。

 次期魔王として、自分の子として育てた息子の婚約者にリゼルの娘を選んだ。その当時のリゼルは最愛の妻を亡くし、娘までいなくなってしまうのではと非常に情緒不安定だった。仕事への影響力が計り知れないと危惧した彼は息子の婚約者にすれば毎日魔王城へ登城し、常にとはいかなくても屋敷にいるよりもずっと近い距離でいられると必死に説得した。

 説得の甲斐あって二人を婚約させられたものの……ある事から二人の仲は拗れ、息子はビアンカを恋人にし、軈て婚約破棄となった。

 理由を訊ねると非常に言い難そうにしながらも呆れながら話された。



「あの子は……婚約者の一番が自分じゃなく、父親だからショックを受けて……」

「……?」

「ええっと、悪魔は強い魔力を持つ子を作る為に近親者で子供を儲ける事があるんだ。あの子が勘違いしたのもこれが理由でね……」

「……ええ……」



 人間ではあり得ない、悪魔ならではの関係は置き、拗らせた理由が理由だけに引く。婚約者を嫌っていた理由を知ったのもつい最近だとか。それまでは婚約者の目がある所では必ずビアンカを側に置き、逃げようものなら婚約者の義務を果たせと言い出す始末。聞いているだけのジューリアでさえ苛つくのだ、当時のリゼルの苛立ちは凄まじかっただろう。

 何度もリゼルから制裁を与えられても懲りずにビアンカを側に置き続け、婚約者を冷遇していれば当然気持ちだって離れる。


 今は婚約者に事実を話したが振られ、婚約破棄となって部屋に引き籠っているらしい。



「何それ、自業自得じゃない。同情の価値なし!」

「あはは……手厳しいね」

「当たり前よ! 最初から聞けば良かったじゃない! 大体、それだけお父さんに大事されているんだから、お父さんが一番好きなのも当たり前よ!」

「そうだね」

「にしても、お父さんか……」



 椅子の背凭れに体を預けたジューリアは「我が子を守るのが……普通のお父さんなんだよね……」と零した。

 前世樹里亜だった時、今世ジューリアである今。

 どちらも父親という存在に恵まれなかった。生きてはいてもいないと同然。

 前世と今世、どちらが酷いかと問われると悩む。どちらも酷い。



「私も欲しいな……私の事を愛してくれる父親が……」



 魔法が使えるようになったと父に言えば、きっとグラースやメイリンのように愛してくれるようになる。が、ジューリアは御免だった。今更愛されている、大事にされていると言われても鳥肌しか立たない。

 ジューリアにとってはもう遅い。向こうがやり直しを希望しても今更感が凄いのだ。



「……」



 ホットミルクをちびちび飲むヴィルはジューリアを横目に彼女の前世の家族について話すべきかと思案する。

 ヴィルが見たのは真っ白な部屋で腕に色んな管が繋がれ眠っている前世ジューリアの周りには同じくらいの年齢の少女と中年の女性がいる場面。そこに前世ジューリアの父親と思しき男が現れると声を荒げ、椅子を振り回して追い出していた。

『異邦人』でありながら今世も不運な理由は未だ不明であるが、前世ジューリアの肉体はまだ完全に死んでいない事から、切っ掛けさえあればジューリアは前世に戻れる可能性がある。

 魔法が使えない点については前世の魂と今世の魂が上手く融合しなかったのが原因。『異邦人』特有だと思ったがあの光景を見ると前世ジューリアの肉体が死んでおらず、魂の形が不完全だった為に魔法が使えなかったのだとしたら、仮に前世に戻りたいと言われた時無事に戻れるかが疑問となる。

 この件については大教会に戻ってから話そうとし、ホットミルクを飲み続けるヴィルは急に椅子から降りたジューリアに銀瞳を丸くした。



「どうしたの?」

「決めた。貴方の娘を助けましょう」

「魔王の娘を助ける、か。退屈凌ぎにはなるけど必要ある?」



 見ていて気持ちが良くないのは確かでも、助ける程の気持ちは全くない。

 一度捨てたものは拾わない主義の魔王は必要ないと首を振るがジューリアは目をキラリと光らせ「ヴィルがきちんと皇帝陛下に掛け合ってくれるようお願いする代わりだと思ってよ」とブルーダイヤモンドを探す交換条件として出した。

 彼は困ったように頬を掻き、引く気配のないジューリアを見て溜め息を吐き。軈て折れた。



「分かったよ。君の言う通りにするよ」

「うん! あ……貴方の娘を助けて貴方の補佐官さんに怒られたりはしない?」

「大丈夫。後から助けようが何をしようがリゼルくんは興味ないから気にしないよ」

「そっか、良かった。貴方の補佐官さんに脅されてるからって、補佐官さんの娘を狙わない訳じゃないと思うよ」

「そうじゃないと信じたいけど……彼はぼくが知る魔族の中でもかなりの強欲者。有り得るから怖い」

「その人が?」

「リゼルくんが無表情で彼を痛め付ける光景が」

「……とても怖そう」



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