朝食

 


 取り敢えず、泣き喚き意地でも天界に戻らないと駄々を捏ねる甥っ子ヨハネスを連れ帰るしかなかったヴィル。大教会に戻ると侍女のケイティが駆け寄った。



「お嬢様! 何方へ行かれていたのですか!」

「ごめん、ちょっとね」



 ヴィルの側にヴィルとそっくりな青年がいると気付いたケイティは見目で天使様と直感し、慌てて頭を下げようとしたのをジューリアが阻止した。簡単な朝食をそこの天使様にもと伝えるとすぐに用意しますと去って行った。天使扱いされたヨハネスは頬を膨らませるもヴィルに向う脛を蹴られ蹲った。



「酷いよ叔父さん!!」

「うるさい。人間界にいる間は天使で通す事。絶対に神だなんて言わない事。仕方ないから、それを守れるなら置いてあげる。守れないなら……」

「分かった、分かったよ! 絶対言わないから怖い顔を向けないで!」



 ヨハネスは涙目のまま何度も首を縦に振り、痛む向う脛を擦り続けた。

 暫くして朝食の準備が出来たとケイティが呼びに来たので三人は食堂に向かった。

 テーブルに並べられている食事に早速ぶうたれるヨハネスの足を踏んだヴィルは何事もない顔をして席に着き。ジューリアも見なかった事にしてケイティが引いた椅子に座った。

 朝食の内容はサラダとフレンチトースト、リンゴ入りのヨーグルト、それと野菜スープ。香りからしても美味しそうでぶうたれる要素はどこにあるのか。

 給仕をしている神官がおろおろとするもヴィルが気にしないよう声を掛け、退室させると食べ始めた。

 野菜スープの優しい味に温かい安心感を味わうジューリアは手を付けようとしないヨハネスに問うた。

「食べないの?」と。



「……肉がないじゃないか」

「へ」

「ぼくはお肉が食べたい」

「文句があるなら今すぐ天界に帰れ。戻ったら好きだけ食べれるよ」

「ううっ」



 一体どこの我儘男だ、と吐き捨ててやりたい気持ちを抑え、美味しい朝食で気を紛らわせた。大人の男性ならお肉は大好物だろうがお肉は高い。が、生憎とヴィルもジューリアも普通に好きな程度で食べるのなら昼か夜を好む。

 渋々野菜スープに手を付けたヨハネスがスプーンに掬ったスープを口に含んだ。途端、目を見開き「美味しい……」と零した。

 先程までぶうたれて渋々食べようとした姿は消え、あっという間に野菜スープを完食。何なら物足りなさそうな顔をしている。

「お代わりはある?」とケイティに訊ねると「今お持ちします」と食堂を出て行った。



「人間ってこんな美味しい物を食べるんだ」

「え、天界ってどんな物を食べるの?」

「天界のご飯も美味しいけど、ぼくはこっちのがいい。天界というより、ぼくが食べる食事はいつも父さんが管理しててどれも食べるのがしんどいんだ」

「要は、子供の内から大人向けの食事ばかり摂らされていたって事」



 ヴィルが捕捉すると納得すると同時に、生まれた時から神となると決まっていたヨハネスは自由という時間が皆無だった。物心ついた時から神になる勉強漬けの毎日。生活は全て父アンドリューが管理をし、一分一秒も無駄なく勉強をする日々を送っていた。

 温め直した野菜スープの鍋を持ってケイティは戻り、ヨハネスのスープ皿にお代わりを入れた。

 すぐに野菜スープに手を付けたヨハネスを見ていると彼は子供のまま、大人になってしまったのだと感じた。



「これからどうするの? ヴィル」

「この駄々っ子を早く追い返す方法を考える」



 次はフレンチトーストに恐る恐る手を伸ばし、一口食べてみて銀瞳が輝きパクパクと食べだした。味覚は子供寄りな彼にはテーブルに並んだ品がどれも新鮮で美味しいのだ。

 ヴィルとジューリアが食事を終えた頃、ヨハネスはフレンチトーストまでお代わりを要求した為満腹になり、テーブルに突っ伏して寝てしまった。



「はあ」

「まあまあ」

「天界の扉を早々に開けさせないと」



 人間界を巡回している天使は定期的に天界に戻らないと悪魔との戦いで負った汚れを浄化できず、また、体内に蓄積したストレスに弱くそれを消さないと軈て堕天使となり討伐の対象となる。

 鍵を掛けた張本人は子供のようにスヤスヤと眠っている。



「あ、ねえ、ヴィル。あの魔王の人に会いに行こうよ」

「なんで」

「人間の世界にいるの知りたくない?」

「確か、探し物をしてるって言ってたな。いいよ、俺も気になってるから行ってあげる」

「うん!」



 魔王が人間界で探し物。一体何を探しているのか。

 ヨハネスにブランケットを掛けてやり、暫く起きないよう眠りの魔法を掛けたヴィルに続いてジューリアは部屋を出た。

 途中、出くわしたケイティに天使様と出掛ける旨を伝え、食堂で寝ている天使様を寝室に運んでほしいと頼むのを忘れずに。



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