ジューリオの訪問
何時までも裏庭にある木の後ろには隠れられない。必ず誰かに見つかる。案の定、ジューリアを探しに来た侍女に見つかり、ジューリオを迎える準備を始めましょうと部屋へ連れて行かれた。もてなす際に着るドレスを選びましょうとクローゼットを開けられると侍女の息を呑む音が聞こえた。それはそうだろう。家を出る為の資金源として着る予定のないドレスは全てヴィルに預けた。クローゼットは普段着を数着残して後はゼロ。この間シメオンがマダムビビアンを呼んでドレスを作りなさいと言っていたが結局お断りした。作られても売られるだけのドレスが可哀想と思って。普段着のドレスでは、とても第二皇子の前に出られない。急いでマリアージュに指示を求めに行った侍女を見送り、一人テラスに出たジューリアは大きく伸びをした。今回は体調不良という体にしてくれないか、と淡い期待を抱くもすぐに砕け散った。飛んできたマリアージュはクローゼットの中を愕然とし、テラスにいるジューリアを呼び寄せた。
「ジューリア、これはっ」
「見ての通りです」
「どうして言わなかったの!」
「無くても困らなかったですし、言ったところでセレーネが歪曲していたでしょうから」
「……殿下が来るまでにドレスの新調は間に合いません。メイリンのドレスを借りましょう」
「え」
体格の違いがほぼないメイリンのドレスならジューリアでも着られるが、姉妹でもデザインの趣味は違う。特にメイリンは可愛いデザインが好きで、多少動きにくくても可愛いを重視する。ジューリアは多少可愛さはあっても動きやすさを重視するのでほどほどにリボンやフリルがあるドレスが好きだ。メイリンのはどうも重そうで着たくない。
体調不良にしてほしい体はあっさりと却下され、メイリンの部屋へとマリアージュは向かった。
少ししてマリアージュは戻った。側に控えるマリアージュの侍女の手にはドレスが。白と水色を基調としたフリルがふんだんに使用されたドレス。子供らしく、愛らしいが色はメイリンの好み外。
「前に私がメイリンに贈った時、色が気に入らないからとずっと眠ったままだったの。一度も袖を通していないならジューリアだって着やすいでしょう?」
「は、はい」
確かにお古よりかはマシで、後からメイリンに愚痴を言われるよりよっぽどマシである。
早速侍女に着替えさせられ、髪型も一つ縛りからハーフアップにされリボンは頭に結ばれた。
「とても可愛いわジューリア。ジューリオ殿下もジューリアを可愛いと思ってくださるわ」
「(絶対にない)」
両親はジューリオの態度を知らない。話していないので。
ジューリアの準備が整うと満足したマリアージュは部屋から出て行き、残ったジューリアは自身の侍女に冷たい水を頼んだ。
厨房に行って水を取りに侍女が行くとソファーに座り、ジューリオが来る時間が憂鬱だと溜め息を吐いた。
「最低限の振る舞いはしないといけないよね」
相手にそれを求めるなら、自身も相応の振る舞いをしないとならない。
「お嬢様、お持ちしました」侍女が持ってきた冷水を一気に飲み干し、ジューリオが来るまでのんびりする事に。
——数時間後。
皇室の家紋が刻まれた馬車がフローラリア家の正門を潜って屋敷の前に停車した。出迎えたシメオンを除いた一家は、馬車から降りたジューリオに頭を垂れた。
「ようこそお越しくださいました。ジューリオ皇子殿下」
「突然の訪問にも関わらず、出迎え感謝する」
ジューリオが労うと一家は顔を上げた。ジューリアはマリアージュの横にいた。顔を上げた先にいるジューリオと目が合った。最低限の振る舞い、最低限の振る舞い、と心中で反芻し、おもてなしの精神で笑顔を作った。
「ごきげんよう殿下。お会い出来て光栄です」
「……ああ」
「(ちょっとは嬉しそうにしなさいよ!)」
此方がジューリオの訪問を嬉しく笑っているのが馬鹿らしくなる。大教会でのやり取りがあっても、結局彼はジューリアを平等な目で見れない。魔力しか取り柄のない無能としてしか見れない。ジューリアとは違い冷たい声色のジューリオの返事にマリアージュはギョッとするも、翡翠の宝石眼が後ろにいるグラースとメイリンに視線を注いでいるのを気付き紹介した。
「殿下、此方は長男のグラース、次女のメイリンです。二人とも、殿下にご挨拶を」
「お初にお目に掛かります、第二皇子殿下。グラース=フローラリアです」
「メ、メイリン=フローラリア、です」
グラースは流石と言うべきか、全く無駄がなく隙のない挨拶。
メイリンは漸く会えた皇子を見て緊張が強すぎた為か、体はカチコチで挨拶もぎこちなかった。マリアージュが心配げに見つめるも目に余る粗相はなかった為何も言わなかった。
「ジューリオ=イストワールです。未来の帝国を支えるフローラリア家の方々に出会えて光栄です」
暗にジューリアは役に立たないと言っている。最低限、最低限、と唱えても苛立ちは消えない。
「兄上からジューリアに言伝を頼まれたんだ」
「言伝?」
「天使様に関してだ」
なるほど、と心の中で頷いた。ヴィルは皇帝が主催する歓迎会を面倒だからと断った。帝国側としては天使達が帝国にいると他国に知らしめたい。そこで天使と親しいジューリアから天使に頼もうという魂胆だ。ジューリオは婚約者だからと白羽の矢を立てられ、こうして嫌々ながらも訪問したようだ。
サロンへと案内するとマリアージュ、グラース、メイリンは退室し、ジューリアとジューリオが準備された席に座った。ジューリオの護衛やフローラリア家の侍女は離れた場所で待機。並べられていく飲み物やスイーツはどれも超一級品なのに、一緒に楽しむ相手がジューリオとなると楽しさは半減どころか全て無くなる。
「お前に役割を与えてやる。有り難く思うんだな」
「お断りですが?」
「なっ」
あの時は第一皇子がいたからしおらしい態度でいただけで、本音はジューリア等全く認めてない。この上から目線での口調が正にそうだ。有り難くも何ともない。
唖然とするジューリオにジューリアが驚く。受け入れられるとでも思っているのか。性格を忘れたのか。
「皇族の命令に背くというのか!?」
「皇帝陛下の命ではないのですよね?」
「兄上、皇太子の命だ」
「どちらにしても私では天使様を説得出来ません。第一、国を挙げて天使様を歓迎したいなら、それこそ皇族の役目では?」
「っ、無能のくせに口だけは回るな。さっきみたいに可愛げのある顔の方が余程マシだ」
隅にいる騎士達が戸惑っているのが伝わってくる。今までジューリオが誰かに横暴に振る舞う様を見ていないのだと思われる。この場をどう逃げようか考えていると「あ、はは。聞くに堪えないね」と呑気な声が近くから飛んだ。安堵するその声色の主は願った通りの相手——ヴィルだった。いつの間にいたのかとジューリオの問いは華麗に無視をし、自分の質問をぶつけた。
「皇子様、ミカエル君から皇帝には話を付けたのだけどね。天界側としても俺達の滞在は非公式なもの。俺が元の体に戻ればすぐに天界に戻る。歓迎されたって君達人間に特別な祝福を授ける真似はしない」
「元の体?」
「ああ、聞いてない? 事情があって俺は子供の姿になってね。元に戻るまで人間界で生活すると決まったんだ。付き添いで大天使のミカエル君を連れてきた。それだけだよ」
「あ、貴方も大天使なのですか?」
「秘密。そこまで人間に教える義理はない」
天使どころか、神の一族だと言ったら卒倒するか腰を抜かすかのどちらかだろう。
ジューリアに上から目線な口調でも、ヴィル相手では敬語を使う。身分の差は理解しているようで、相手によって態度を変える嫌な奴と舌を出しつつ、二人のやり取りを見守る側に立った。自分が行ってもジューリオが面倒くさそうだから。
ヴィルがジューリアの隣の席に着いた。ジューリオとは向い合せで座っていたので必然的にヴィルはジューリアの隣となる。
「美味しそうだね」
「ヴィルの分も用意させるよ」
「いいよ。後で俺と街で食べようよ。皇子様は皇太子が別の思惑があって君を寄越したとは考えなかった?」
聞かれてジューリオは首を傾げた。実兄の考えに。
「君とジューリアの関係を憂いているんだ」
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