ほんの少し受け入れて
「今日は何をするんだ?」
「天使様がまた来てくれるみたいなので、お誘いを受けようかと」
「そうか……第二皇子殿下とはどうなんだ?」
「とても嫌がってましたよ。私みたいな無能と婚約させられて」
「……」
気を遣って話し掛けるグラースに淡々と答えていく。ジューリオに関してはあった事をそのまま話した。魔力しか取り柄のないジューリアと婚約させられた皇子に不満がないとでも言われていたのか、気まずげに俯いたグラースに構わず食事を続ける。グラースの従者から痛い程視線を貰うが無視だ無視。フルーツの盛り合わせに手を伸ばすとまたグラースが会話を始めた。
「父上や母上には……」
「言ってませんよ。言って私と殿下の婚約がなかった事になるなら話しますが」
「……ない、だろうな」
「だと思います。殿下には、皇帝陛下が認める相手を見つけて下さいと言ってます。だから、殿下と仲良くしろとか言わないでくださいよ」
「分かった」
意外そうに目を丸くしたらグラースも同じ目をした。反対されると予想していたのに、あっさりと違う反応が来てビックリしてしまった。
「どうした?」
「てっきり、反対するものとばかり」
「僕が言えた義理じゃないが貴族の婚約は大抵政略的要素を大きく含む。皇子ならば、尚更誠実に向き合わないといけない。もしも相手が他国の王族、皇族、高位貴族だったら、ジューリアのようにした態度を取れば国同士の問題となってしまう」
「国内の貴族だから気が抜けたのでは」
「フローラリア家を馬鹿にしたという訳か」
「私なんかを婚約者にするからですよ」
皇帝の命であれば、よほどの事ではない限り従うのが貴族。両親も無能と呼ばれるジューリアを第二皇子の婚約者とするのを反対してくれたら良かったものを。フルーツ盛り合わせに入っているのはリンゴとオレンジ。リンゴは好きだがオレンジも好きだ。ただ、皮を捲るのは好きじゃない。皮を捲った際に飛んだ果汁が目に入ってとても痛かった記憶がある。シャキシャキ食感が堪らないリンゴを選んだ。
「殿下の気持ちも分からないでもないですよ。誰だって、欠点が大きくある相手を将来の伴侶に選ばれたら反抗したくなります。ただ、貴方の言う通り皇子として表向きは婚約者として振る舞ってはほしかったですけどね」
顔だけは好みだっただけに、好きになれずとも仲良くはなりたかった。いつかヴィルと一緒に家を出るから好きになる必要がない。友人としての関係もジューリオとは築けそうにない。
「殿下とは今後どうするのか決めてるの?」
「全く。婚約者として最低限の役目さえ果たせば向こうも納得するかと。まあ、殿下の方が私と会いたくなさそうなので会わなくても何も思いません」
「そうか……」
会いに来たら、それはそれで驚きである。
リンゴを全て食べ、次はオレンジを食べていく。オレンジの酸味と爽やかな香りに満足していると「ジューリア」と呼ばれる、が、その前に扉がノックをされ、侍女が出ると侍女長が現れた。先程ジューリア宛にジューリオから手紙が届いたと報せに来た。手紙はその辺に置いててとオレンジに意識を戻すも侍女長の咎めるような声に渋々食事の手を止め、手紙とペーパーナイフを受け取った。封を切り、便箋を出し、開いて文字を目で追っていく。
「何が書かれているんだ?」
「今日の昼に殿下が来るらしいです」
「急だな」
とことん自分を下に見ているジューリオの相手等したくないが、ふとメイリンがジューリオに会いたがっていたと思い出した。相手が皇族なら、迎える準備に時間を掛ける。相手が好む茶菓子に、部屋の内装変え、ドレスの準備等。それをたった数時間で用意しろというのは無理がある。急な訪問に対する詫びの一言も書かれていない。非常に面倒ではあるが将来有望なメイリンと会わせたら、ジューリオは案外メイリンに夢中になってくれそうという期待を込めて、侍女長へすぐにマリアージュに報せ準備をしてほしいと告げた。
「それとメイリンも同席させるよう頼んでおいて」
「メイリン様をですか?」
「殿下にご挨拶したいと前に言っていたから、丁度良い機会よ」
「分かりました。奥様に伝えます」
「それと後で天使様も来るから。天使様が来たら、私はそっちを優先するとも」
「は、はい」
ヴィルについては言わなくても良いが気がしたが途中席を外す理由となる。畏まって去って行った侍女長を見送ると再びオレンジへ意識を戻したジューリアだが、向かいから強い視線を感じて手を止めた。
「何ですか」
「メイリンを同席させるのか?」
「本人が殿下に会いたいと前に言っていたので。丁度良い機会ですし、挨拶くらいは必要でしょう」
「それもそうか……。僕も殿下に挨拶をしよう」
「ご勝手に」
どうせ、ヴィルが来たらジューリアはいなくなる。ジューリオが来る前にヴィルに来てほしいくらいだ。
「天使様とは何をするの?」
「特に決まってはいません。お喋りするくらいです」
初めの雰囲気が嘘のように会話が続く。グラースが積極的に話し掛けるのでジューリアも返事だけはする。昨日のミカエルの言葉が反芻する。受け入れる姿勢を作ってほしいと言うミカエルの言葉に従ってみるのだ。変わる人もいれば、変わらない人もいる。
グラースは後者に入るのか?
「天使様は二人いたって父上と母上が言っていたけど……」
「ミカエル様ですか? ヴィルの付き添いをしている大天使様みたいです」
「大天使!? 大教会の人でさえ、大天使を見るのはほんの極僅かなんだよ!?」
だとジューリアも思っている。天使でさえあまり姿を現さないのに大天使となると更に顕著となる。驚愕するグラースの気持ちは分からないでもない。大天使が付き添う天使の子供は更にすごい天使なのだと一人戦慄するグラースに、ヴィルが天使が跪く神の一族の者だと言ったら泡を吹いて倒れそうだ。勝手に想像してもらおう。
呆然とするグラースより先に食事を終えたジューリアは侍女に食器を下げさせる。ハッとなったグラースは慌てて食事を完食し、従者に食器を下げさせるとジューリアに話があると申した。
「今更何の話ですか」
「あ……えっと……。……今日の夕食も此処に来ていい? 昼は天使様がジューリアを迎えに来るなら、屋敷で食べない確率が高いから……」
「……」
再度、ミカエルの言葉が蘇る。
拒絶してばかりではなく、少しで良いから受け入れる。
言うのは簡単だが、実行するとなると難しい。
ずっと、信じようとして裏切られ続けた心は簡単には許せない。
グラースは断られると思っている。ジューリアとて、お断りだったが……暫しの沈黙の後、考えを言うより勝手に別の言葉が出た。
「公爵様達が何も言いに来ないのなら、貴方が此処に来ても良いという事なんでしょう」
「! う、うん」
とても遠回しに好きにしてほしいと告げれば、すぐに言葉の意味を察したグラースは驚きながらも拒絶しなかったジューリアに破顔して見せた。
ジューリアの中のグラースの印象と言えば、フローラリア家の跡取りとして日々研鑽し、周囲の期待に常に応え続ける天才。無能の妹には一切の情がなく、将来有望な末の妹には多少の厳しさはあれど基本甘々。父親と同じでジューリアをフローラリア家の一員と認めていない人二号の認識でいた。兄としての笑みも甘い顔も、全てメイリンにしか向けられていなかった。かと言って、それが欲しいと聞かれれば答えは――不要。要らない。一度要らないと決めた相手は要らない事としているジューリアはひよこ豆程度にも気にしていない。今はヴィルがいるから尚更要らない。
要らない上に、今後の関係等どうでもよく、何かあってもまあ、いいかで済ませられれば良いとしていた。
なのに、ジューリアに拒絶されなかっただけで見せられた笑みがグラースの本心から来るものだと感じると居心地の悪さがあった。
椅子から降りたジューリアは呼び止めるグラースの声に振り向かず、早足で部屋を出て階段を降りて外に出た。裏庭に回り、大きな木の後ろに隠れた。
「別人って分かってても、ね……」
兄という存在はどうしても苦手だ。
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