処刑方法




 前世の家族と今世の家族。冷遇されていた理由が違うだけに、彼等の対応も違う。かと言って、謝罪されて許しますこれから仲良くしましょうとはならない。なる人はいるかもしれないが生憎とジューリアはなれない派。冷遇された側は忘れない。向こうだって都合が良いという自覚はある。ミカエルに諭され努力はするとは言ったものの、たった一日で劇的に変われない。ヴィルと出会ってから、毎朝起床すると部屋のどこかにヴィルがいたのに今朝はいない。大教会で暮らしているがミカエルという見張り役がいるから自由に動けないのだ。ふう、と息を吐いたジューリアはベッドから降りテラスに出た。今日も太陽は眩しい。


 今日は何をしようかと考えていると「ジューリア」と呼ぶ声が。振り返るとヴィルがいた。



「ヴィル。早いわね」

「ミカエル君に起こされたんだよ……人間界に来ても朝は早く起きろとね」

「規則正しい生活じゃない」

「俺は好きにしたいの……ただでさえ、子供の頃は堅苦しくて仕方なかったのに」

「今は子供に戻ってるけどね」

「ほっといて」



 子供の頃のヴィルの話を聞きたくなり、聞かせてと強請れば室内に戻りソファーに隣同士で座った。



「聞いても楽しくないよ」

「私が聞きたいの!」

「やれやれ。四人兄弟なのは前に話したよね」

「うん」

「兄者は四人の中で一番強い。兄者の次に強いのが俺で、次が末っ子のイヴ、眼鏡は下」

「ヴィルが二番目に強いんだ。でも、それならお兄さんの次に神様になるのはヴィルでも良かったんじゃ」

「なる気は抑々なかったんだ」



 強力な神力を持つ長兄の次に強いヴィルの幼少期は常に長兄の予備としての教育を受けていた。長兄が幼い頃、勝手に魔界に行って当時魔王候補筆頭だった魔族の子供に重傷を負わされた。次代の神となる子供がいなくなると危惧した両親が周りに急かされ次の子を作った。長兄が帰って来て暫くしてから生まれたヴィルは無理矢理厳しい教育を課せられ、生きているのに地獄と同じ幼少期を過ごした。因みに天界と魔界が一触即発となった原因はすっかりと完治して帰還した。



「そんな教育を受けさせられていたと知らない兄者は俺を見て吃驚してたっけ」

「そ、そんなに酷い状態だったの?」「生まれた時から神の座に就く兄者や兄者の補佐をする眼鏡と違って、俺は兄者の予備として生まれた。ただ三番目だし、兄者も無事に天界に戻ったから俺は然程重要な地位に立つ必要はなかった。ただ、また兄者がふらりといなくなって死ぬかもしれないとなるといけないから、まだまだ周りは俺に目を付けていた」



 過剰な教育により心身共に消耗していたヴィルを一目見た長兄は両親や周囲を皆殺しにまではいかなくても完治にかなりの期間を要する大怪我を負わせた。魔界で過ごしたせいで思考が魔族寄りになっていないかと危険視されるも、神力に衰えはなく、堕天の気配もない。至って正常。お陰で魔族に当てられた長兄を排除し、ヴィルを神の座に担ごうとした連中は軒並み長兄によって黒焦げにされるか天使達の娯楽として使われたかのどちらかとなった。



「天使の娯楽?」

「見せしめ、かな。天使による天使の処刑さ」

「げっ」

「悪魔はギロチン、人間は色々、天使は見せしめの処刑。ジューリアの前世の世界での処刑方法は?」

「え、ええ……」



 育った国では絞首刑。他国では銃殺刑、電気椅子、薬物による死刑があった。電気椅子? と聞かれたがジューリアも詳しくは知らなく、調べもしなかったのでよく分からないと答えた。銃は便利だよねえ、とヴィルが言うのでこの世界にも銃があるのだと初めて知った。



「天使はストレスに弱くてね、悪魔との戦いで浴びた穢れや日常でのストレスを溜めると天使の羽は真っ黒に染まり堕天使となってしまう」

「穢れ?」

「悪魔が発する魔力さ」

「堕天使になるとどうなるの?」

「問答無用で処刑する。主に大天使以上が討伐するんだ」

「そ、そっか」



 天使の事情——しかも真っ黒な——を聞かされ、少々複雑な気持ちになった。



「兄者が戻ってからは平和だったみたい。俺が生まれて少ししてイヴが生まれたしね」

「そういえば、ヴィル達って何歳差なの?」

「兄者とは俺で五十。イヴで七十」

「差あり過ぎでしょう!?」



 人間の感覚で言ってしまうと五十差も七十差も最早祖父母と孫になる。寿命が人間よりも遥かに長いせいもあるらしく、天使・神族・魔族は長生きな者で数千年は生きられる。想像がつかないジューリアは遠い目になった。神族は肉体の成長がかなりゆっくりで当時の長兄はまだ三十だったらしいがそれでもまだ子供の部類に入った。



「それだけ歳が離れてたら末っ子は可愛く見えたんじゃないの?」

「とても可愛かったよ。お兄ちゃんお兄ちゃんって雛鳥みたく付いて来て。兄者も歳が離れている分、可愛く見えたんじゃないかな。俺以上に可愛がってた」

「二番目のお兄さんは?」

「末っ子が物心ついた頃には既婚者だったから、交流が一番少ないんだ。俺や兄者が面倒見てたから全然懐いてないよ」

「そ、そうなんだ」



 長兄を兄者と呼び、ヴィルをお兄ちゃんと呼び、次兄はヴィルが眼鏡と呼ぶので真似して眼鏡呼びだと。今度、ミカエルに不憫な印象が強い次兄について聞いてみよう。

 そろそろ侍女が起こしに来る時間。ヴィルは「また後で遊びに来るよ」と言い残し、大教会へ帰って行った。ジューリアはテラスから出て室内に戻り、タイミングよく鳴ったノックに返事をした。

 朝の洗顔とスキンケアを終え、普段着に着替えると鏡台の前に座り髪を梳かれる。今の侍女はセレーネと違い、優しく丁寧に櫛を通し、最後は髪に艶を出す為オイルを塗ってくれる。髪型を如何なさいますかと問われ、拘りはないが動きやすいのが良いと一つに纏めてとお願いした。ジューリアの瞳より青みが強いリボンで一つに結われ、最後姿見の前で最終確認を終えて侍女を見上げた。



「後で朝食を持ってきて」

「それが……旦那様はジューリア様を食堂にお呼びです」

「私が我儘言って癇癪起こしてるとでも言えばいいわ。それなら、公爵様だって呆れて食堂に来いとは言わないから」

「分かりました」



 納得していない面ではあるが侍女はジューリアの言いつけ通りに出て行った。待っている間、今日は何をしようか考えた。新しい家庭教師が見つかったとは聞かない。誰だって得にならない役目は引き受けない。名家の生まれでありながら無能の娘を教える価値はない。ヴィルが来るのを待つのが一番。早く今日の朝食が来ないか待っていると侍女は戻った。が、一人ではなかった。何故かグラースがいた。



「ジューリア、一緒に食べよう」

「頭でも打ちました?」

「っ、またそれか。いや……僕が悪いんだ」

「自覚があるようで良かったです。私がいなくても家族四人で食べれば良いじゃないですか」

「フローラリア家は五人家族だ」

「本気で聞きますけど私がいなくて困った事ってありました?」

「……」



 都合が悪くなると黙るのは、結果がそういう事だと語っていた。はあ、と溜め息を吐いたジューリアは俯くグラースの側にいる侍女に口パクで「部屋から出して」と伝えるも戸惑われる。それもそうか、とジューリアはグラースの体を押して外へ出そうとした。慌ててグラースが足場に重力を掛け体を固定したせいで失敗に終わるが。



「な、なら僕が此処で一緒に食べる」

「嫌ですよ。重苦しい空気の中で朝食なんて絶対嫌です」

「だったら食堂に」

「どうしてそこまで拘るのですか。親子揃って、ミリアム先生やセレーネの件があってから頭打ったレベルでしつこいしおかしいですよ」

「ぼ……僕は……ただ……」



 声が震えている。グラースの薄紫の瞳から透明な雫が幾つも零れ落ちた。



「ただっ、ジューリアともう一度、仲良くなりたくて、仲直りしたいんだ」

「……泣いたまま二人の所へ行っては如何です。きっと、大袈裟に心配して慰めてくれますよ」



 そして諦めてほしい。一度捨てられた側は捨てられた事実を二度と忘れない。信用したってどうせまた捨てられる。なら期待しない方が心の持ちようが違う。兄を泣かせた悪い妹に侍女の目は映っているのだろう、複雑な眼でジューリアとグラースを見やる。


 ジューリアが泣いたってシメオンもマリアージュもお前が悪いで一切聞く耳を持ってくれなかった。遠回しに期待を掛ける長男の泣き言なら何でも聞き入れると言ってやれば、グラースの嗚咽は強くなった。侍女に目配せをしてグラースの従者を呼んできてもらった。部屋に入った従者は吃驚し、主が泣いている原因がジューリアと知ると親の仇の如く睨まれるも慣れっこだ。手で追い出す仕草をすると従者はグラースの体を引っ張るものの、足場を重力で固定しているグラースを動かせない。



「グラース様っ!」

「ジューリアっ、ごめん、僕が、僕が悪かった、僕だけでもジューリアの味方になっていれば。お願いだから、昔みたいにジューリアと仲良くしたいんだっ」

「ジューリアお嬢様! グラース様がここまで言ってもお嬢様は許してあげないのですか」

「なら、貴方が私の立場になってよ」

「え」



 思ってもみない言葉を掛けられ従者は言葉を無くした。



「私の代わりになって家族や周りから無能扱いされてよ。そうしたら、私にそこの人を許せとか簡単には言えなくなるわよ」

「……」



 いざ自分が不幸の人の立場になれと言われて容易に変われる人はいない。何も言えず、俯いた従者はグラースを部屋から出すことに専念する方へ変えた。



「グラース様戻りましょう、すぐに旦那様に報告しますから」

「ジューリアお願いだ、ジューリア……っ」



 ほんっとうにしつこい、と疲れた息を吐き侍女に朝食を持って来てほしいと放った。



「私は部屋で食べるからって言っておいて」

「ジューリアっ!」

「何処で食べようが私の勝手です。もう用がないなら出て行ってください」

「ぼ、僕も此処で食べる」

「……勝手にしたら良いのでは。公爵様は許さないと思いますけど」

「……!」



 こういう時、先に折れた側が負けとなるが生憎とジューリアにはグラース並みのしつこさはなかった。負けたのだ。顔色を変えたグラースは従者に自分の分の朝食をジューリアの部屋に持ってくるよう指示した。渋々従者は部屋を出て行き、侍女もジューリアの朝食を持ってくるべく部屋を出た。程なくして二人分の食事が運ばれてきた。更に別で二人用のテーブルと椅子も。並べられた朝食はサラダと焼きたてパン、スープとスクランブルエッグ、フルーツの盛り合わせ。飲み物はリンゴジュース。席に着いた二人は食事を始めるが会話はない。黙々と食べるだけ。折れてしまったのは自分だが重苦しい空気の中で食べる朝食は味が半減してしまう。


 かと言って、話す事もない。相手がヴィルなら、会話は途切れないのに。



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