信じてもらえない





 案の定、家庭教師ミリアムは顔を見せるなりネチネチ嫌味を飛ばしてきた。恐らくマリアージュから使用人達のジューリアの扱いを聞いたのだろう、無能なのだから当然だと椅子に座ってペンを走らせるジューリアの背後から腕を組んで立っていた。



「貴女のような子がフローラリア家にいられるだけで有難く思いなさい。さっさと養子に出されるか処分されてもおかしくないのよ?」

「……」

「魔力しか取り柄がないなんて、今までなら考えられないわ。知ってた? 貴女に魔法や癒しの能力が使えないと分かった時、最初は取り替えを疑われたのよ? 本物のジューリアお嬢様は誘拐されて代わりにそっくりな無能を置かれたと」



 もしそうなら是非そうであってほしい。本物のジューリアを偽者とすり替えた人はどうやってマリアージュそっくりな赤子を見つけて来たのか是非聞いてみたい。ミリアムのしつこい嫌味に反応せず、黙々とペンを走らせ課題を解いていく。が、無反応なジューリアが気に食わないミリアムにより、途中までしか解いていない問題集を取り上げられた。

 答えを書いていたページに手を当て、文字を浮かばせ掌に落とすと強く握りしめた。厭らしい笑みを見せ、拳を解いたミリアムの掌には何もなかった。

 ジューリアが書いた回答を全て握り潰された。

 更にそこへ扉が控え目に叩かれた。嫌な予感がするジューリアが動く前にとミリアムは入室を促した。


 入って来たのは母マリアージュだった。



「ジューリア……」



 朝の出来事のせいか、いつもなら絶対に来ないのにマリアージュが顔を見せた。間が悪い時に。

 心配げな青の瞳は問題集を困り果てた顔をして捲るミリアムへ向けられた。



「どうしたの? ミリアム」

「奥様。ジューリアお嬢様はまだ一問も問題が解けていません」

「え? ミリアムが来てからもう一時間は経っているのよ?」



 ジューリアを心配していた姿は消え、どうして一問も解けていないのかという厳しい眼で問うていた。



「説明しなさいジューリア」

「私が解いた回答をミリアム先生が魔法で消しました」

「そんな! 問題が解らないからって私のせいにするなんて! あんまりです、ジューリア様!」



「あんまりなのはあんただろうが!」と叫びたい衝動を必死に抑え込み、嘘じゃないとマリアージュの出方を窺うも。待っていたのは頬に走った衝撃だった。

 頬を打たれ、よろめいた拍子に尻もちをついてしまった。



「ジューリア! 今朝の件に関して可哀想だと思ったけれど、元はと言えば貴女が不真面目なのが理由でしょう? グラースならこんな問題もっと小さい時から解けています。魔法や癒しの能力が使えない貴女に求められるのはフローラリア公爵令嬢としての品格です」

「っ……」



 ちょっとでも期待しないで正解だった。前世で何度も体験したから。兄達の暴力や暴言に傷付いて父に助けを求めた事が何度かあった。その度に父は渋々兄達を注意したが却ってエスカレートし、目の前でされた時は父も本気で怒ってくれると期待した。なのに「お前が悪いんだろう」と決め付け見捨てた。偶々、父方祖父が居てくれたから兄達は祖父に頭に拳骨を三回食らって大人しくなった。父は顔を殴られていて内心舌を出してやった。


 相手が女性でも叩かれれば痛い、頬は特に痛みを感じやすい。痛む頬に手を当てマリアージュを見上げ、再度やっていないと放った。



「ジューリア!」

「私は嘘は言いません! なんなら自白剤を用意してもらっても結構です!」

「いい加減にしなさい! 見苦しいのが分からないの!?」



 子供が自白剤を飲むとまで言っているのに信じないマリアージュにいい加減にしてほしいと怒鳴りたいものの、実行したら被害が大きくなるだけ。二度目の平手打ちを食らい、問題を全て解けるまで食事も休憩も無しだとマリアージュは冷たい声で言い。ミリアムには――



「こんなに手が掛かっていたなんて知らなかった。ごめんなさいミリアム」

「い、良いのです奥様! 私がまだまだ未熟なせいで……」

「いいえ。ミリアムはしっかりとやってくれているわ。ジューリアが一人前になるよう厳しく指導してあげて」

「勿論です! 全力でジューリアお嬢様の家庭教師を務めさせていただきます!」



 激励の言葉を述べ、今度お茶をしましょうと言い残しマリアージュは部屋を去った。二人きりになった途端、座り込むジューリアの腕を強く掴み、無理矢理立たせた。



「余計な事言って焦ったじゃない! ま、信頼ゼロな貴女より私の方が何倍も奥様に信頼されているから無駄な足掻きだったわね」



 マリアージュの中では無能なくせに我儘が酷いから使用人達が遠ざかったのだと判断されてそうだ。入れ替えると言っていたが多分そのままとなる可能性が高い。

 強引に椅子に座らされペンを持たされた。バンっと置かれた問題集のページは最初で、問題を解いていけと命令された。



「どうせ解いたってまた消すんでしょう? 意味ないじゃない」

「あら? そんな生意気な口をきいていいの? お嬢様の頑張り次第じゃそのままにしてあげてもいいのに」



 嘘丸だしな言葉だが何も書かないとなると今度は自分からマリアージュを呼びに行って、また叱らせようという魂胆が見えていた。仕方なく一から問題を解いていった。


 問題集の半分を進めた時だ。急に問題集を取り上げたミリアムから奪い返そうとするも魔力で作った壁に阻まれミリアムに近付けず、また書いた回答を全て消されてしまった。


 他の令嬢にも家庭教師をしており、評判は高いと聞くが絶対に嘘だ。それか他にぶつけられないストレスを無能なジューリアにならぶつけてもいいと舐めているか。簡単に考えても後者の考え方だ。



「今日のお勉強は終わりです。奥様や旦那様には、お嬢様が一問も解けなかったとしっかり報告をさせていただきます」

「あんたが消したんでしょうが!」

「私への言葉遣いの悪さも報告させていただきます!」



 自分から餌を撒いて馬鹿かと罵倒したくなった。ルンルンと部屋を出て行ったミリアムを追い掛けたくても未だ魔法の壁に阻まれているジューリアに動く術はなかった。

 その後すぐに両親が飛んできたかと思えば、シメオンにはマリアージュと同じく平手打ちを食らい、マリアージュには長時間説教を受ける羽目となった。



「お前には明日から一切甘やかさない侍女をつける。今までと同じだと思うな」

「前にジューリアの世話をしていたセレーネは本当は頑張っていたのではなくて?」

「ジューリアがこんなにもどうしようもない子だったとは……」



 好き放題言われ続け、傷付く心も自分を理解してくれない怒りもない。ただただ、早く出て行けと念じた。もう慣れっこなのだ。



(なんで私って家族に縁がないんだろう)



 前前世身内殺しでもして神様が罰として家族との縁がないようにしているとか。と現実逃避をしたジューリアであった。



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