好みど真ん中






 夜は勉強が出来ていないのを理由に部屋で食べるよう家令が伝えに来た。彼もまたジューリアを下に見ている。誰も彼もジューリアを無能としか見ない。また、ミリアムからの合格判定が出るまで食堂での食事が禁じられたとも聞かされた。

 毎日毎日楽しくない場での食事に辟易していたので「やったー!!」と舞い上がった。面食らう家令は泣いて嫌がるとでも予想していたらしい。

 固まったまま出て行かない家令に即退室を促した。



「お、お嬢様は嬉しいのですか?」

「嬉しいわよ。ほら、さっさと出て行って」

「皆様とご一緒できないのですよ?」

「それが? 良いじゃない。仲良し家族四人で過ごせば。無能な私はフローラリア家の娘じゃないって昔公爵様に言われたわよ」

「……」



 昼食から様子が可笑しいと見られているが何も可笑しくない。ただ、あの時は妹じゃないと放ったグラースが兄のように小言を言ってきたから言われた事を突き付けてやっただけ。父に対しても同じだ。

 家令も覚えがあるらしく、否定はしなかった。



「夕食は皆様と同じ物をお届けします」

「ありがとう」



 最後に一礼して部屋から出ようとしてつい笑ってしまった。首を傾げられたので「私に礼儀を見せる気はあったのね」と言うと顔を青くし、早々に退室していった。



「私ってこんなに性格悪かったかな」



 前世よりも家族からの扱いが酷い気がするが気のせいだろう。同じだ同じ。

 さて、とジューリアはベッドに腰掛け考える。

 家を出るにしても平民の暮らしは前世と全く違う。職がないと生きていけないのは前世も今世も同じだが難易度が違う。魔力だけがあれば出来る仕事はないかと考えるもヤバそうな案件しかなさそうで却下。やはり魔法が使えるようになりたい。



「でもなあ……」



 魔法を使おうと魔力を込めてもうんともすんともいわない。初歩的な生活魔法すら使えない。


 扉がノックもなしに開かれ、許可もなく入ったのはセレーネ。押しているカートには夕食が載せられており、テーブルに乱暴に置いていった。そのせいでスープは零れ、皿からラム肉のソテーが飛んでテーブルに落ち、ジュースも飛び散った。



「どうぞご夕食です。三十分後に下げに来ますので早く食べてくださいね」



 折角の料理を雑に扱われたショックで固まったと判断したセレーネは嘲る笑みでジューリアを見、強い力で扉を締めて行った。



「はあ」



 食べないとお腹を空かせたままとなる。セレーネの事だから三十分と言わず、十分で回収しに来そうだ。気分が悪くなり窓を開けた。

 夜空に君臨する大きな満月は黄金の光を放ち、圧倒的存在感を示していた。綺麗な満月の側には無数の星々が集まっており、届かないと知っていながら手を伸ばした。自分も空を飛べたら月に近付けるかな、なんて馬鹿な想いを抱いた。



「空に向かって手を伸ばすのは、心が遠くへ行きたいと願っている時だ。君は何処に行きたいのかな?」



 ジューリア以外誰もいない筈の場に他人の声がした。全く知らない男性の声。気怠げで色気が溢れているのはと考えた辺りで相手は姿を見せた。テラスに出たジューリアは淡い銀色の光を纏った男性に目が釘付けとなった。


 満月を背景に佇む姿は顔だけ男前と内心毒づく父シメオンをも圧倒していた。

 流麗な銀の髪と同じ色の瞳。眉や瞳を覆う睫毛まで銀色。白く透き通った美しい肌、同じ美しさを持つ男を連れて来いと命令されても絶対に見つけられないと首を振るくらい圧倒的美貌。何より、気怠そうにしながらも溢れる色気は前世面食いのジューリアの興味を大いに刺激した。

 引き寄せられるようにフラフラと近付いたら男性は膝を折って目線を合わせてくれた。


 ジューリアの男性への警戒心は一気にゼロとなった。



「お兄さん何処から来たの? この屋敷には結界が張ってあって簡単には入れないのに」

「そうなんだ。結界があったのは知っていたけど、この場所だけすごく薄いから容易に入れたよ」

「へ」



 薄いと言われ愕然とした。フローラリア家の令嬢として相応しい振る舞いをしろとか言うくせに日々の警戒さえ碌にしてもらえていなかったのか。結界を維持するのは主にシメオンと魔法石を管理する家令だ。どっちがジューリアの部屋だけ薄くしているのかどうでもいいが今まで何もなくて良かったと冷や汗をかいた。



「君、とても強い魔力を持っているね」

「持っていても使えないのなら意味ないわ。魔法が使えないの」

「ああ、だって、君『異邦人』だからだよ」

「いほうじん?」



 初めて聞いた三文字を聞き返した。



「『異邦人』は自分じゃない記憶を持つ人間を指す言葉だ。例えば、今は女なのに男だった時の自分を覚えているとか、ね。君にはあるんじゃないの?」

「ある!」



 ジューリアは前世女子高生だった自分の話をした。じょしこうせい? と男性に首を傾げられ、今でいう貴族学院の学生と答えたら納得してもらえた。



「そのいほうじんだから私は魔法が使えないの?」

「今世の魂と前世の魂が完全に一つになっていないのが原因さ」



 樹里亜だった時の魂、ジューリアである今の魂がお互いを受け入れず、ずっとぶつかりあっていると言う。二つの魂が一つになるとジューリアに備わる魔力の流れも安定し、訓練すれば魔法が使えるようになると語られた。魂が一つにならず、魔力があるのに魔法が使えないのは『異邦人』ならではだとも。



「『異邦人』は滅多に現れないから、この国の魔法使いや教会連中も気付けなかったんだ。俺が君を見つけたのは君がとても珍しい『異邦人』だと気付けたから」

「どうやって見つけたの? というか、お兄さんどこの家の人?」

「どこの家の人でもないさ。俺はこの国の人間じゃない。君を見つけた理由はなんだろうね。ただ、癒しの使い手と名高いフローラリア家唯一の無能って雑に扱われている君が気になった、からかな」

「魔力しかないって分かった途端捨てられたの」



 それまでは体が弱いジューリアの心配をし、甲斐甲斐しく世話をしていたのに無能と判ると誰もがジューリアを見捨てた。



「君は魔法を使いたいの?」

「勿論よ! 魔法を使えれば、さっさと家から出られるもの!」

「家を出たいの?」

「当たり前よ!」



 ずっと家にいる気はなく、このまま両親や兄、妹、使用人達や周囲から虐げられるのは嫌だと男性に訴えた。

 男性が何者かまだ知らないのにジューリアは魔法を使う術を強請った。家を出たい一心で。

 銀水晶の瞳に凝視されて幾分か経った頃。男性は気怠げな空気のまま柔く笑んだ。色気の暴力に面食いジューリアは大いに興奮した。頬が熱い。が、期待をしないのは無理だった。



「君、俺の顔が好きだろう?」

「うん!」

「即答なんだ……。はは、馬鹿正直に言われると嫌な気はしないかな」

「すごく好きなタイプだもん! 名前を教えてよ。私はジューリア=フローラリア」

「へえ。君は俺好みになってくれる?」

「貴方の好みを知らないから何とも言えない。でも仲良くなりたいから好みを教えて」

「嘘。下心満載なのに馬鹿正直に言葉にする君に興味がそそられた。いいよ名前を教えてあげる」



 男性はヴィルと名乗った。家名は教えないと人差し指を唇に当てられた。

 見目や所作から溢れる高貴な雰囲気から察するに高位貴族なのだろうが、銀髪銀瞳の貴族なら家でも話題に上がりそうなのだが生憎と聞かない。他家との交流は無能ジューリアには必要ないとされており、兄や妹と違ってあまり連れて行ってもらえない。招待状は来ているらしいが行く資格がないとほぼ欠席扱いされる。



「ジューリア様! 全く手を付けられてないじゃないですか! 片付ける身にもなってください!」

「げ」



 ヴィルに夢中になって夕食が頭から抜け落ちていた。ノックをしないからセレーネが入って来た事に全く気付けなかった。



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