無能の娘
「勉強やマナーレッスン時の態度が悪いとミリアムから報告を受けているけれど、貴女真面目にする気があるの?」
始まったとジューリアは内心溜め息を吐いた。ミリアムとはジューリアの家庭教師の名。伯爵家の令嬢でフローラリア家と遠縁に当たる。無能の烙印を押されたジューリアを軽く見ているのは屋敷の者達だけじゃない、周囲だってそう。特に親しい家柄は皆ジューリアを軽く見ていた。
父譲りの膨大な魔力があっても魔法も癒しの能力も扱えない無能なら何をしてもいいと彼等は思っている節がある。そんな訳あるか、と叫びたい。
真面目に受けているがミリアムは些細なミスを長時間ネチネチと責めてくる。向こうの期待する悪い成績を取らなかったらそれはそれで嫌味を飛ばしてくる。
真面目にしていると初めは反論していたジューリアだが、なら何故家庭教師から苦情が来るのかとマリアージュやシメオンから説教をされる。
「魔法や癒しの能力が使えないのなら、せめて公爵令嬢として相応しい振る舞いをしなさい」
次は父からの嫌味。料理は美味しいがこんな敵しかいない場だと味は半減する。
早く家を出る方法を見つけて自分を誰も知らない場所へ行こう。
「ジューリア、母上と父上の話を聞いているのか?」
「聞いてますわ、
「なっ」
酸味の効いたドレッシングとシャキシャキ感最高なサラダの相性は抜群だと美味しく頂きつつ、他人行儀な呼び方をされて固まっているグラースへ視線をやった。前にいる父と母も唖然としている。
「何故固まっているのです」
「な、ぼ、僕はお前の兄だぞ!?」
「私に魔法や癒しの能力が無いと解った時、お前は僕の妹じゃないと言ったのは何処の誰でしたっけ?」
「あ……」
言われて思い出したらしいグラースは瞬く間に顔を青褪めていく。
「グラース! お前、ジューリアに」
「
「ジューリア!?」
「あの時から私の名前を一度も呼んでいないのに覚えていたんですね」
「な……」
そう。ここ三年、ジューリアが両親に名前を呼ばれた事がなかった。呼ばれるとしたら「貴女」「お前」くらいであった。冷めた目で両親を見たら二人揃ってグラースと同じ顔色となっていた。
控える使用人達が困惑としている。彼等はジューリアを軽く見ている連中だ。どう思おうが知った事じゃない。
「性格が悪いわねお姉様。お姉様が無能なのは屋敷全体が知っているじゃない」
ジューリアのせいで場の空気が悪くなったとメイリンは口を尖らせた。実際その通りなのでジューリアは特に反論しない。
「性格も悪いし無能だし。そんなだから、使用人達にお世話されないのよ」とメイリンが劇物を投下したせいで使用人達の顔色まで両親と兄とお揃いになってしまった。即座に顔色を変えたシメオンが控える使用人達へ厳しい眼をぶつけるも、震える使用人達を無視しナプキンで口を拭ったジューリアは席から降りた。
「待ちなさいジューリア! 今のメイリンの言葉は本当なのか?」
「公爵家で一番偉い人が見捨てた子供を世話しても得なんてないですからね」
「な、み、見捨て……!?」
「私だけ奥の部屋にしたのはそういう事でしょう?」
「違う、ジューリアの部屋をあそこにしたのは」
「まあ、静かで落ち着けるので気に入ってますよ。人は殆ど来ませんし」
遠回しに世話をしに来る者は来ないと言ってやったら、世話役のセレーネもこの場にいるので真っ青な顔をしている。大きなショックを受けているシメオンとマリアージュ、グラースに首を傾げつつジューリアは食堂を出て行った。
まさか、今まで自覚が無かったのかと察すると深い溜め息を吐いた。
部屋に戻ってベッドに寝転がった。食べてすぐに横になるのは消化に悪いと言うが今日くらい見逃してほしい。
「家を出るとなると魔法を使えないのはやっぱ痛いかあ」
職業ギルドに登録して仕事を斡旋してもらおうにもやはり魔法は使えないとかなり不利となる。平民に交ざった生活も前世女子高生で培ったアルバイトや家事スキルがあってもあまり役に立たなさそうである。魔法の特訓は一切受けていない。誰も彼もがジューリアが魔法や癒しの能力が扱えるわけないと諦めているから。ジューリア本人も諦めているが呑気にしていられなくなった。
「この世界が私の知ってる作品とかなら良かったのに……!」
異世界転生した際、主人公は大抵生前読んでいた作品の世界の悪役令嬢かモブとなる。稀にヒロインになる時もあったなと思い出す。樹里亜が転生した世界は読んできた作品どれにも当て嵌まらない。立ち位置的にジューリアは悪役令嬢っぽそうであるが実際不明だ。もしかしたらモブの可能性だってある。そうなるとヒロインはあのメイリンという予想が浮かんだ。強い癒しの能力を持つ美少女。有り得る話だ。となるとヒーローは誰になるのか。帝国には皇太子と第二皇子がいる。二人の王子の歳の差は四つ。第二皇子とジューリアが同い年となる。残る有力候補は……と考えていると控え目に扉がノックされた。
「ジューリア……僕だよ……入っていいかな」
「はあ、構いませんよ」
来訪者はかなり落ち込んだ様子のグラースだった。
何をしに来たのか。というか、扉をノックして入った人はグラースが初めてである。
ベッドから起き上がってグラースと向かい合う。気まずそうにしながらも薄紫の瞳はジューリアを真正面から見つめていた。
「ごめん……ジューリアが使用人達に蔑ろにされてるなんて知らなかった」
「貴方には無関係ですから」
「父上達に何故言わなかったんだ? 言ったら父上だって」
「言っても無駄かと思って。あの人達、私を見るのも嫌そうですし」
「そんな事は……!」
実際あるから言っている。冷遇されているジューリアよりも大事にされている跡取りが苦しげなのはなぜか。ジューリアは前世の記憶のお陰で慣れている。なので平気なだけ。
「今使用人達に詳細を聞いている最中だよ。ジューリアの侍女も変えるって」
「そうですか頑張ってください」
「今度はジューリアを蔑ろにしない人を選ぶ。心配はない」
「そうですか」
グラースは終始不満を隠さない。大袈裟に喜んでほしいのか、人を変えたところでどうせまた前に戻るだけだ。
この後は面倒な家庭教師とのレッスンが控えている。母と仲良しなミリアムの耳にも必ず入る。普段の嫌味が何倍になるか……遠い目になりかけるも知識は必要だからとジューリアは耐える道を選ぶのだ。
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