第79話 固定観念を手放して

 人が生きている上で、多くの人が固定観念を基準にしています。

 生まれてからこれまでに得たもの、大人からの教育やしつけ、学校教育、さまざまな知識や体験を基に、その人だけの常識の体系が出来ていきます。

 その人の家でしか通じない常識や当たり前だと信じていること、学校や教師の個性や思想が混ざった教育や学校生活、周囲の環境や人間関係など、とても個人的な情報や条件による体系ですから、自分以外に押し付けることはご法度のはずです。

 話の中でそういう意見が出ることは良いことですが、自分の考えをさも正論のようにして他人に押し付け始めると、それは言葉の暴力になります。

 誰もが同じ思考や生きかたをしているわけではありませんから、人それぞれに自分だけの正論を持っています。それを無視するような行為は摩擦しか生みだしません。


 多くの人が、これまでの人生を何とか生き延びてきた、ある意味、成功体験と言えるものを持っています。その積み重ねが固定観念になっているわけです。年齢でどうこう言えることではないですが、たとえば物心がつく頃をひとつの区切りとすると、それ以前は無邪気に新しいことに飛び込んで行けたのに、エゴが完全に出来上がっているそれ以降は、なかなか飛び込むような真似ができなくなります。そのときに頼るのが固定観念です。

 物心がついてからは、失敗を恐れたり恥ずかしいと思ったりするようになります。そうすると、失敗しないように、恥ずかしい思いをしないようにと、過去の成功体験を元にしてうまくやろうとします。子供のころであればまだ物事は大人ほど複雑ではありませんから、それで乗り切ることができることが多いでしょう。ここでまた成功体験を積み重ねます。

 そんなことを繰り返すことで、「こういう場合はこうする」という固定観念ができます。

 しかし大人、いわゆる社会人になると、事は複雑になっていて、子供のころに積み重ねた成功体験ぐらいでは、歯が立たないことも増えてきます。そういうときほど、最初に書いた、自分の固定観念を他人に押し付ける、という言動が出てしまうことがあります。

 子供のころに成功体験を得た事例と、大人になってから起こる事例には、その複雑さや責任の重さに雲泥の差があります。そこを理解していないので、いつまでも固定観念を押しつけることができるのだと思います。

 たしかに、社会の中で固定観念は必要ですし、成功体験はその後の人生のよりどころになるでしょう。しかしあくまでも社会の中でのみ通用する共通認識として固定観念であって、完全なる正論、ということではありません。そして、成功体験というのは、あくまでもそのときの「今・ここ」のものであって、人生は常に新しいフェーズに進み続けています。学問は積み重ねが大切ですが、人生はつねに更新し続けていくことが大切です。

 そのことに気づくことができれば、固定観念というのは、大人になればなるほど、自分の人生にとって足かせにしかならないことに気づけるのではないでしょうか。


 あらためて書かせていただきますが、人生はいつも最新の状況や状態であり、最新というからにはこれまでに存在しなかったものです。これまで存在しないものに過去の体験や知識は参考程度にしかなりませんし、成功体験など何の役にも立ちません。

 たとえば、お化け屋敷を想像してください。入り口を入って、いくつか驚くタイミングがあったとします。なんとかそれを通過することができたからと言って、次に、別のお化け屋敷に入って通用するでしょうか。体験そのものや知識は何かの役に立つかもしれませんが、通過したという成功体験はすでに過去のものであり、別のお化け屋敷では何の役にも立ちません。それと同じことです。

 つまり、今まで積み重ねてきた体験や知識は、最大公約数的に役立つことも、社会の中ではあると思います。しかし成功体験というのは、過去の栄光みたいなもので、自己満足を得たり、アイデンティティーとしての意味があったとしても、今後の人生に役立つようなことはありません。

 人生はつねに新しく始まっていて、一秒前のことはすでに消え去っているという事実を認識することが必要です。一秒前のあなたはすでに存在しないのです。

 いつでも、この瞬間も、あなたは新しい体験をしています。いつもと同じように見えるかもしれませんが、それは記憶の中の一秒前と繋げて想像しているだけで、あなたの中の細胞の一部はすでに死んで新しいものが生まれてきていますから、同じ存在ではありません。

 あなた自身も、これまでに存在しなかった存在になっているわけですから、目に見えるものはすべて、これまでに存在しなかった存在に変わっています。そう考えるとまったく新しい世界に、完全に新しいあなたが存在しているということになります。

 過去から蓄えてきた知識や体験を、「今・ここ」という最新の時空間で使うことになると、それは過去の焼き直しになってしまいます。せっかく最新の体験をするタイミングがやってきているのに、過去のやり方で繰り返してしまっては、結果は同じになります。それは、新しい知識や体験のチャンスを棒に振っているということです。

 ここでいう知識や体験は、「魂」にとっての知識や体験であり、本を読んだり、誰かに教えてもらえるものではありませんから、チャンスを見逃すというのは、今後の人生にとって損失になるかもしれません。

 今日が昨日の繰り返しのように感じるのは、そうやって過去の知識や体験だけで、人生で一度きりの「今・ここ」を生きてしまっているからです。過去のものは過去のものとして、消えていく「今・ここ」とともに、捨て去ってしまえば、「今・ここ」はつねに新鮮で、生きがいも感じられるようになるかもしれません。


 固定観念を手放して生きることは、たしかに不安や怖さがあると思います。

 そうは言っても、人生で最新・最先端の「今・ここ」は待ってくれませんし、すべてが人生の学びのチャンスですから、手放すことができなくても、適切な距離感を維持することが大切になってきます。

 固定観念は時として、自分を束縛することがあります。そのせいで新しい考えや発想などを否定したりします。しかし否定したところで世の流れというのがありますから、いずれは顔を突き合わすことになります。そのころになって慌てて追いつこうとするよりも、つねに新しい体験をするような気持で生きておいて、出会ったときに味わうように体験することのほうが、後々楽ですし、不安や怖さは減るはずです。

 理想を言えば、すべての固定観念を手放して、つねに新しい「今・ここ」を、つねに新鮮な気持ちで味わうことが、幸せでより良い人生を生きるカタチです。

 いつも新鮮であるということは、過去にも未来にも執着のない状態になりますし、ポジティブな驚きに包まれた「今・ここ」が連続するということです。

 結局、人生の上で苦しむことになるのは、過去への執着、未来への不安です。この二つをクリアにするためには、執着を手放すしかありません。そして執着のひとつは間違いなく固定観念です。

 これまでの積み重ねという過去の遺物のようなものを、大事に取っておいても、やがてはそれがジャマになる日が来ます。遺物のせいで、身動きが取れない、判断ができない、一歩踏み出せないなど、ジャマでしかありません。

 すこし距離を取って、社会の中でだけ利用することにして、プライベートはいつも新鮮な気分を維持できるようにしておくと、過去の古い道具でもまだ使えることがある、というタイミングがあるかもしれません。それ以外で固定観念を出してきて他人に押しつけると、摩擦や抵抗を生むだけで、誰もがネガティブな思考になります。

 自分にとって正論だと考えていても、果たして自分の人生に良いものかどうかはまた別のお話です。人生とは自然です。人間が思考だけでコントロールできる相手ではありません。雨などでもそうですけど、雨の予報が出て、イヤだなぁとか降るなと考えたところで、気象には通じませんよね。人生というのはそれと同じです。

 スピリチュアル的には、人生をコントロールしているような部分もありますが、それは、そうではないタイミングにずらしているだけであることが多いようです。

 雨で言うと、「雨に濡れたくない」という思考があったとします。すると、ひとときでも雨が降らないタイミングで出かけたりとか、日にちをずらすとか、物理的な思考ではなく、自分の意図に合わせて自然に雨を避けるように動いていたりします。その結果、雨に降られない自分、ということになります。

 スピリチュアルなアプローチをしても、完全なる無垢、完全なる純粋である自然を超えることはできません。人生とはそういうものです。

 それぐらい人生をコントロールすることは難しいのですから、わざわざ足かせをつけるようなことをしていても、あなたにとって不利な条件が増えるだけです。

 固定観念は「今・ここ」を生きることを許しません。それだけでも十分ジャマな存在です。人生の鮮度を落とし、新しい知識や体験を拒み、自分の作った自分という柵の外へ出ることを許してくれません。

 固定観念を手放して残るものは、純粋なあなたです。ぜひ一度ご堪能ください。

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