第65話 次の一秒に起こること

 人は「今・ここ」にだけ生きています。昨日にも明日にもあっちにもそっちにも生きることはできません。

 しかし、「今・ここ」というポイントを認識することはできません。本当のリアルタイムよりほんのわずかだけ、脳は遅れて認識しています。なので、ぼくたちが考えることのできる「今・ここ」とはすこし前の記憶ということになります。

 それでもこの世的には「今・ここ」にだけ人は存在していて、「今・ここ」だと信じて生きています。それ以外どうしようもないというのもありますが、何か固定しておきたいのは脳のクセの仕業です。

 多くの人は、「今・ここ」の次は、「今・ここ」の延長でしかないと感じているともいます。たしかに数直線で考えれば、ただの延長に見えます。時計の針を見ても、秒針が一コマ動くだけに見えます。物理のルールに照らし合わせればただそれだけのことです。

 しかし実際には、秒針が一コマ動く間にも「今・ここ」が無限に存在していて、その瞬間瞬間を人は生きています。

 たとえば紙の端で指を切ったとしましょう。紙が指にあたりはじめてから、すこしずつ切れていきます。このあいだ、痛みはまだ感じていません。脳が痛みを認識するまでにはまだすこしタイムラグがあります。紙が指から離れた直後ぐらいに、脳が痛みを認識し、危険だとアラートを出します。そして人は切った指を見ます。ここで視覚的な確認が取れて本格的に痛くなります。

 この間、一秒もありません。シュッと切れて終わりです。

 指を切る前と指を切ったあとでは、部分的には別人です。実際にはまるっと別人ですが、とりあえずここでは切った指だけに注目します。

 指が切れていくあいだの時間を認識することはできません。もし認識できれば、紙か指の動きを途中で止めているはずなので、指を切ってしまうことはありません。つまり指を切っているあいだにも「今・ここ」が存在しているのに、人はそのことを認識することができないということです。人がきちんと認識できるのは一秒弱というところではないでしょうか。

 その一秒弱のあいだに人生がすこし変わってしまっているわけです。

 指を切ったことで、傷ができる以前は何も気にせず出来ていたことも、気を遣うことになります。今後しばらくは絆創膏を張ったり、傷薬を塗ったり、消毒をしたり、人それぞれですが、いろいろ気を遣うことになります。この傷がなければできる予定だったことも、傷のせいで出来なくなる可能性もあります。

 今回の例えの場合、指先の傷なのでこの程度ですが、腕一本、足一本失った場合、本格的にこれまでとは生活スタイルが変わってしまいます。その間、一秒弱です。

 「今・ここ」に生きていることを理解したところで、「今・ここ」で起こっていることをその場で変更することはできません。脳の認識が間に合わないというのもありますし、肉体の動きとしての反射神経や反応速度など、物理のルール的に無理な理由がたくさんあります。

 数直線で延長線上に見える次の一秒は、実は無限に細切れで、人がそれをどうこうすることはできません。時計の針の一秒も、ただ一コマ動いているだけではないということです。さまざまな機構があれやこれやと仕事をした結果、秒針がひとつ進んでいます。

 ぼくたちの「生きる」は、けっしてダラダラとした地続きの線路ではなく、目には見えないレベルのつなぎ目をひとつずつ飛び越えながら進んでいきます。

 そう考えると、つなぎ目とつなぎ目のあいだですべてを変更することは難しいですが、一マスごとにすこしずつ向きを変えていけば、確実に人生の方向を変えることができると考えられます。

 地続きの場合、過去からの慣性の法則があるので、方向を変えるのも押される力が強くてなかなか難しくなってしまいます。もちろんずっと方向を変えようと働きかけ続ければ変わっていきますが、その労力や時間を考えると、それだけで疲れます。

 人生という線路がブツ切れであると考えた場合、一マスずつ飛び移ることになるので、過去からの慣性の法則による、背中を押される力がほぼかかりません。なので、一歩ずつきちんと選択して進むことができます。

 これを現実的にすると、過去の自分を引きずって生きていれば、それが足かせとなり、本当に自分が望んでいる人生を生きることができません。しかし「今・ここ」を生きていれば、過去は既に存在しないことを理解しているので、自分の作った「これまでの自分」というイメージや思い込みにとらわれることなく、いろんなチャレンジをすることができる。そういう違いです。

 過去はすでに存在していないので、足かせは自分の記憶が作っています。「これまではこうだった」とか「今までの自分はこうしてきた」という記憶が足かせになり、「今・ここ」にしか存在していないあなたの人生を固定しています。

 新しい環境や挑戦に二の足を踏むのは、このせいです。

 これまでになかったこと、それまで体験していないことなどを考えたとき、脳内でエゴは、記憶をリサーチして引っ張り出してきて比較します。そして記憶に似たようなものがなかったとき、危険信号のように不安や心配という思考を作り、脳内は不安や心配でいっぱいになってしまいます。

 こうなると、もう新しい環境や挑戦など受け入れられるはずもありません。頭の中では不安があふれかえっています。

 エゴが脳内で記憶をリサーチしている、この部分が、過去からの慣性の法則のところです。過去と地続きだと考えてしまうと、過去の出来事がすべて「今・ここ」にかかってきます。過去の出来事として記憶があったら「この方法が上手くいった」とか「上手くいかなかった」と伝え、記憶がなかったら「試したことがないから危険だ」と伝えてきます。どちらにしても、エゴはエゴを保持するために、保身のための信号ばかり出してきます。

 しかし、エゴが出してくるデータはすべて過去のものです。その出来事から今に至るまで、自分がまったく成長していないのであれば、エゴからの保身信号にも意味が生まれますが、生きていれば人は成長します。新しい知識、新しい知恵、新しい体験など、何かしらは身につけて生きています。

 「上手くいった方法」はそのままでいいとしても、「上手くいかなかった」ことや「試したことがない」ことについて、つまりデータがないことについては、そのころの自分より成長しているはずですから、やってみなければ分からない、ということになります。

 すべての人の人生が、つねに最新版です。その年、その月、その日、その時間というのは、過去にも未来にも一度きりです。過去に体験したこともなければ、今後体験することもありません。最新版であり、特別版であり、最終回でもあるわけです。


 人生は初めて行くテーマパーク、出来事はそのアトラクションです。

 本当にいろいろな出来事や物事が用意されています。そのアトラクションを体験するかどうかは、あなた次第です。イヤなら体験しなければいいだけです。

 どのアトラクションを体験したいのか、というところが「類は友を呼ぶの法則」や「引き寄せの法則」ということです。これらの法則は、いわばテーマパーク内の案内図のようなものです。自分で選択して「このアトラクションを試そう」と決定したものを体験しています。

 現実にあるテーマパークと違うのは、アトラクションはすべて一回きりだということです。楽しめても楽しめなくても、二度はありません。似たようなものはありますが、一回目のものとは別物です。

 そして、アトラクションによっては時間制限があることも違う部分です。アトラクションを見つけて体験しようと思っても、見つけたときに体験しておかなければ、時間の経過とともに、そのアトラクションは消え失せてしまいます。そして二度と姿を見せることはありません。いわゆる「一期一会」というものです。

 人生はぶつ切りされた線路です。自分でも気づかないうちに、次のブロック、次のブロックと飛び移っています。後で体験しようと考えても、それはもうはるか彼方に過ぎ去ってしまい、体験することは叶いません。

 普段から、アトラクションを見つけたら体験しておこうと決めておけば、ほぼ確実に体験できますが、その場で体験するかどうかを考えていては、間に合わないことが多いのも、ある意味、人生の醍醐味なのかもしれません。

 時間を地続きと考えるのではなく、瞬間瞬間を始まりであり終わりであると考えられるようになると、人生における一秒の重みが変わってきます。

 この一秒は、人生の中で最初で最後の一秒です。何を体験するか、どんな気分で生きるか。それはあなたが選択して決定しなければなりません。もちろんダラダラと流れるままにすることもできますが、その時間は何があっても戻ってきません。

 そんなことで後悔しないために、日常的にポジティブな思考を維持し、「類は友を呼ぶの法則」を利用して、アトラクションのすべてが楽しいもの、幸せなものにしておくことが大切です。楽しいか幸せなことであれば、どんなアトラクションでもためらうことなく挑戦できるからです。そして挑戦することで、心が満たされて、楽しい記憶や幸せな記憶がデータに追加されるので、次の似たようなアトラクションは、保身信号を発信することなく、余裕で体験することができるようになります。

 ネガティブな思考による「類は友を呼ぶの法則」は、すくなくともつまらないか、面白くないアトラクションを集めてしまいます。それでは挑戦する気にもなりませんから、人生自体がひどくつまらないものになってしまいます。

 次の一秒に起こることは、あなたの意図によって用意されて、現実化します。

 日常的に思考を整えておくことで、認識することができない「今・ここ」を楽しいもの、幸せなことにすることができるというわけです。

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