第31話 あきらめるという強さ

 「あきらめる」というのは、とかくネガティブな面だけがクローズアップされがちです。

 一般的には、途中で投げ出したり、放りだしたりするイメージがありますから、ネガティブな面に目が行くのはしょうがないことでしょう。

 しかし、「あきらめる」ことは、ネガティブな面だけではありません。

 今回は「あきらめる」ということの強さについて書かせていただきます。


 思考の持つ悪いクセとして、「何事も固定したがる」ということがあります。

 実際はどうなのか知りませんから、あくまでもぼくの体感でのお話になりますが、脳というのはどうも省エネ設計のような気がします。しっかり考えごとをするときは考えることができるんですが、日常茶飯事な感じのことは、「いつもと同じように」とか「この前と一緒で」などと、考えることを放棄しているような感じです。

 繰り返しを是とすることで、人生の変更というのが難しくなってしまうんですが、その度合いが、年齢を重ねるごとに増していくような気がします。物事を考えるのが億劫に感じたり、面倒くさくなってしまうようです。

 休日なんかだと、朝から晩までルーティンのように行動していないでしょうか。休日の朝、しっかりと「今日は○○をする」と決めて動いているでしょうか。ルーティン的に行動をしていると、前の休日とほぼ同じような休日を過ごすことになってしまいます。脳が休日の行動を決定して、固定しようとしているためです。これが慢性化すると、逆に「今日は○○をしよう」と考えると、面倒くさくなります。

 なるべく多くを考えず、前例に則った形で物事を進めたほうが、脳は楽です。エネルギー消費も少なくてすみます。それがクセになり、いつの間にか流れ作業的に思考するようになってしまいます。

 流れ作業的な思考をし始めると、日常に何の新鮮味も、喜びや楽しみもなく、まるで機械のように、いつもと同じように行動してしまいます。

 それが悪いわけではありませんが、せっかくの一度きりの人生なのに、喜びも楽しみも感じずに過ごすというのは、とてももったいないような気がしませんか。誰もが明日、確実に生きているかどうか分からないんです。もちろん一分たりとも無駄にしない、というよう感じで、ずっと気を張っているのも大変そうですが、あまりに脳に任せきりで前例踏襲ばかりになってしまうのも、時間が経ってから後悔しそうです。


 人生はいつも最先端でクライマックス。そのことに気づいていらっしゃいますか。

 どれだけ過去に体験したことと似たようなことであっても、まったく同じことは起こりません。

 なぜなら、まず自分が時間を重ねていることが挙げられます。年齢ですね。たとえば、コケてヒザを擦りむいたとします。五歳の自分と二十歳の自分の対応を比較してみてください。かならず二十歳のほうがスムーズに対応しているはずです。号泣しながら「ママーっ」ってなってしまう成人は見たことがありません。つまり出来事は似たようなものであっても、体験することは違うということです。

 エネルギー消費を抑えたい脳が、似たようなことはすべて同じと判断しているだけで、毎瞬毎瞬している体験は最先端ばかりなんです。

 たとえば、喫茶店などで毎日コーヒーを出していても、その日の気温や湿度、コーヒー豆や水の品質などによって完全に同じものは出せません。学校に行くため毎日、同じ時間の電車に乗っていても、運転手のスキルで乗り心地は変わりますし、周囲にいる乗客も毎日同じ場所に立つということはできません。顔ぶれは同じだったとしても、立ち位置が違ったり、服装が違ったり、初めて見る顔が紛れ込んでいたりして、毎日が同じということはあり得ません。

 これが最先端であるということです。人生の中で、生まれて初めて体験することですね。毎瞬が最先端です。昨日と同じ今日はありません。一秒前と同じ「今・ここ」は存在しません。すくなくとも、生まれてからこの瞬間までの心拍数や脈拍は増えています。つまり老化もつねに進んでいます。それだけでも人生の最先端ですよね。

 また、自分の年齢が違えば人生のスキルも変わってきます。二度三度と体験していることであれば、流れ作業的にその体験を処理することができるようになっているはずです。とてもイヤな体験も、それまでの体験、いわゆるスキルのおかげで、ただの面倒な作業程度にまで格下げにすることができます。

 そう考えると、「今・ここ」に存在する自分というのは、自分史上、最も完成された状態であるということもできます。これまでに手に入るスキルはすべて持っているわけですから。つまりこれがクライマックスです。

 これらのことから、人は「今・ここ」において、つねに最先端の体験をしていて、人生も自分もクライマックスであるということになります。

 最先端の体験ということは、実質的に見知らぬ体験であるということになります。似たようなとか、同じような体験は過去にあったかも知れませんが、毎回何かがすこし違っています。あるいはまったく初めての体験があるかもしれません。

 社会でもそうですが、人生においても失敗をすることはあります。何事も初めてのことは失敗の確率は高くなるでしょう。また以前に体験したからと言って、失敗しないとはかぎりません。人間は真の意味で完璧になることはできません。肉体があり、脳がある以上、エゴはずっと健在です。エゴがあるかぎり人は完璧にはなれません。

 そのことを踏まえると、失敗をするのは当たり前、ということになりますから、うまくいかなかったことに執着するのではなく、いい意味であきらめるということが大切になってきます。

 どんなことでも執着することは、人生にとってプラスにはなりません。こだわりが強いとかも同じです。人、品物、状況や状態など、どれをとってみても、執着すればするほどあなたの人生から幸せが遠のいていきます。

 なぜ幸せが遠のくかというと、執着とは「ないものねだり」のことだからです。

 たとえば、元恋人に執着をしても、相手が戻ってくるわけでもないですし、なんだったらさらに嫌われてしまうこともあります。やがて執着が度を越していけばストーカーになってしまいます。逮捕されて本来は自由なはずの人生を拘束されて幸せなわけがありません。

 あるいは、愛する人が亡くなったという状況への執着。愛する人を失って悲しいのは当然です。だから悲しいときは全力で悲しめばいいと思います。それは否定的な感情ではなく愛の深さによるものでもありますからね。ただ、さんざん悲しんだら、自分の足で立ち上がりましょう。悲しい自分に酔いしれていては、そこに自分を縛りつけてしまいます。

 亡くなった人への執着もそうです。せっかく肉体から離れ、五感が無くなり楽になっているのに、残された遺族が足を引っ張り続けて、亡くなった人の成仏を妨げていては、亡くなった人にまた苦しみを与えるだけです。それは亡くなった人も遺族も苦しいだけです。

 お金への執着も大変です。「今・ここ」において、せっかくある程度の余裕を持って生きていけるだけのお金があるのに、もっともっとなどと考えていると、「類は友を呼ぶの法則」が作用します。スピリチュアルの法則は、どれも思考の原点を現実化しますから、「もっと欲しい」という考えは「まだまだ足りない」、あるいは「持っていない」と言っているのと一緒です。そうなると「足りない・持っていない」ほうが原点ですから足りない状況を引き寄せていることになります。ものすごいお金持ちは、お金のことなど気にしていない人がほとんどなのではないでしょうか。放っておいてもお金が増えるようなシステムは、お金への執着がないことのあらわれです。

 繰り返しになりますが、執着心を持っていて良いことはひとつもありません。人生のモチベーションになると考える人もいるかもしれませんが、それなら憧れなどのほうが有意義です。執着心は目的に近づくものではなく、自らの足に重りをつけるようなものです。

 それらを避けるために、いい意味で「あきらめる」ということが重要なんです。

 「あきらめる」という言葉は、仏教では「明らかに見る」という意味です。真理を見るという意味でも使われるようですが、実際に明らかに見るという行為は、身の丈を知ることであったり、見極めるということでもあると思います。

 執着してしまうようなことは、今の自分には合っていないとか、今は分不相応という風に考えてみてはどうでしょう。「今・ここ」での自分に、もっと合うことやハマることがかならずあるはずです。すこし未来の「今・ここ」なら執着せずとも・・・ということがあるかもしれません。

 執着している物事というのは、しがらみやエゴなどの思考によって生み出される選択である、ということを見極めて、自分の心が楽しいと思う方向や、自分の魂が楽しいと思う方向を模索してみるのが、幸せへの近道です。「無いものねだり」は、結局無いことを味わうことしかできません。

 あきらめることには多少の覚悟も必要です。何かと縁を切ったり、何かを手放したりすることになるため、いくらかの覚悟は必要だと思いますが、それは思考による束縛からの解放ですから、人生にとってはプラスに働きます。しがらみを手放す、世間体から離れる、必要ではない部分の常識を捨てるなど、思考によってがんじがらめで生きてきた人にとっては、まさに自由になるということです。そのための覚悟ですから、決してムダにはならないと思います。

 「あきらめる」ということは、あなたの強さの表れです。しがらみや世間体などに縛られて、なあなあな日常の中で生きるのではなく、自分らしい人生を生きるのだという、意思表示でもあるんです。

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