第22話 見たいものしか見ないという損失

 森羅万象を見渡してみると、さまざまな事柄があります。

 出来事、物事、状況や状態など、想像できないほどの量の事柄が生まれては消えていきます。

 あなたの身のまわりだけを見渡してみても、つねに何かが起こっていて、時間の経過とともに忘却の彼方へと去っていってしまいます。それは今この瞬間も同じです。ぼくがPCにローマ字変換で文字を打ち込んでいくのも、ひとつの事柄が起こっていて、すぐに消え去っていく状態です。

 これはすべての人の身に起こっていますが、気に留める人はまずいません。

 ただその中で、自分の印象に残った事柄などがいつまでも脳裏に焼き付いたように離れないことがあります。それはポジティブなこともあれば、ネガティブなこともありますが、どちらかというとネガティブなことのほうが、より鮮明に、より印象深く残っているのではないでしょうか。

 そういうネガティブな体験をした人は、いつまでもそこに執着してしまい、時間の経過とともに自分の「当たり前」、あるいは「信念」にしてしまいがちです。

 その信念はやがて「自分だけのモノサシ」となり、誰もが同じ考えだと信じてしまいます。自分だけの体験だと分かっていますが、ネガティブな体験であっただけに、不安や心配が先に来てしまい、やさしさや思いやりというポジティブな思考からモノサシを振り回してしまいます。

 しかしスタートがネガティブな思考では、せっかくのポジティブな思考もその力を存分に振るうことはできません。基本的にネガティブな思考は、自分かわいさ、自分擁護から始まっているためです。これがエゴの面倒なところです。


 人は自分の見たいものしか見ませんし、聞きたくないことは聞きませんし、信じたいことしか信じません。

 見たくないものは、それがどれだけ自分の身に降りかかっていることでも、追いつめられるまで見ようとしませんし、信じたくないことは自分の目の前で、完全な事実を目撃したりしても信じることはありません。

 これは、「自分だけのモノサシ」に当てはまらないから認めないという思考が働いています。自分の体験や知識などと照らし合わせて、そこに当てはまらなければこの事実は否定、削除、あるいは回避する、というシステムが出来上がっているのです。

 もちろん生きかたや考えかたは人それぞれですので、それを否定する気はありません。でも、そのシステムでは人生の視界が極端に狭まっていること、そのせいで人生における可能性が減少していることを知ってほしいと思うんです。

 自分のことでなければ首を突っ込む理由もありませんから、関わる必要もありませんが、自分の身に降りかかっていることや、自分が興味を持っていることに対して、いわゆる「食わず嫌い」のようなことをするのは、とてももったいない話です。

 人は、生まれてから死ぬまでというのが、肉体的な体験をすることができる時間です。そして死ぬときがいつやってくるかは誰にも分かりません。

 すべての人に老後という時間があるということはありません。事件、事故、病気、自然災害など、人が思っているより人は強くも丈夫でもありません。どれだけ体を鍛えても病気には勝てませんし、どれだけ知識を蓄えても土砂崩れに巻き込まれては勝てません。老後があったとしても、若いころのように、元気で活発には動けません。

 それは、ぼくたちが思っているより、人が活発に生きている時間というのは限りがあるということです。その限定された時間の中で、幸せを体験する時間の割合をどれだけ増やせるか、それが人が生きている理由です。もちろん老後の幸せもあります。

 最初から限定されている人生という時間の中で、果たして「食わず嫌い」がどれほどプラスに働くでしょうか。せっかく自分の身に降りかかった体験に対して、否定、削除、回避をしていては、いつまでも人生のスキルを重ねることができません。

 もちろん、本当にイヤなこと、出来そうもないことは避けるべきです。何から何まで正面からぶつかっていく必要はありません。人生は前進のみの一本道ですが、つねに車線が多くあります。今の自分には無理だと考えたなら、とりあえず車線変更をして避ければいいのです。

 避けた事柄はいつかまた自分の前に立ちはだかりますが、そのころには余裕を持ってクリアする自分に成長しているかもしれません。成長していれば、イヤなこと、出来そうもないことは、すこし面倒な出来事だな、と感じる程度になっています。

 余裕でクリアできる自分になるためには、何もかもを否定、削除、回避するのではなく、出来るところからクリアしていくことが最短コースです。クリアしたことは、そのあとで似たような事柄に遭遇しても、すでに一度体験しているのでスキルが身についています。面倒かもしれませんが、イヤなことではなくなっているはずです。

 そう考えると、「食わず嫌い」のもったいなさが理解してもらえると思います。


 見たいものしか見ない、信じたいものしか信じないというのは、自分の「正しい」にしがみついている状態。言葉を変えれば、心を閉ざしているとも言えます。

 これまでに何度も書かせていただいていますが、「心」とは「創造主」のことであり、自分の殻に閉じこもるような拒否・否定的なことを、ポジティブしかない創造主はできません。ですから「心」を閉じることはできません。

 では何が閉じているのか。脳であり、思考です。

 単純に「自分だけのモノサシ」に合わないものを拒絶しているにすぎません。まさにエゴの面目躍如です。「私は無理」、「私はできない」、「私はイヤ」など「私」の行列です。この形はエゴが悪いほうにだけ機能してしまった象徴的な例です。

 見たくないものや信じたくないものでも同じことです。「私は見たくない」、「私は無関係」、「私は信じない」ということになっています。

 ドラマやマンガなどに出てくるワガママなお嬢様みたいなものです。自分だけの思考や日常を常識としてしまっていて、周囲を自分に合わせようとする。つねに自分の考えや行動が正しく、何か摩擦が起きれば周囲が間違っているに決まっている、という、思い込みも含んだ思考です。

 これは何もドラマやマンガの中だけのことではなく、おそらくほとんどの人が大なり小なり持っている思考です。

 なぜなら、人は自分の人生しか体験していないからです。他人の人生など知る由もないのです。今はどうか知りませんがぼくが小学校か中学校ぐらいのとき、道徳の授業というのがあって、その中で「相手の立場になって考えよう」ということを学びました。他人の人生は体験できないから、せめて想像して理解をする努力をしようというお話です。思いやりについてだったかもしれません。あやふやですみません。

 自分の生きてきた中での体験しか知らないのは当然ですが、それをすべてだとか、当たり前だと思ってしまうことで、「自分だけのモノサシ」はすこしいびつになり、強力になりはじめます。

 誰もが持っている「自分だけのモノサシ」ですが、多くの人と最大公約数的に共通する部分があります。それが一般常識であったり、道徳観であったり、約束事だったりするわけですが、いびつにはみ出た部分については、共通するモノサシを持つ人が圧倒的に少ないのです。いい意味でも悪い意味でも、一般的には「偏った思想」とか「独自の世界観」と呼ばれることになります。

 しかし当人にしてみれば、それが本人の常識であり、当たり前ですから、受け入れられないことに不快感を感じます。その結果、否定的な思考、拒否や削除、回避という思考になってしまい、心を閉ざすということになってしまいます。


 信じたいことしか信じないという思考は、事実を受け入れないということです。

 たしかに自分の肉眼で見たり、肉体的・五感的に体験しなければ理解できない、受け入れられないというのは分かります。

 しかし人間が生きている間に体験できることの数というのは、この世の森羅万象で考えてみても微々たるものです。その中で味わった体験を否定することは、ネガティブな体験を味わうこともないですが、今後の幸せや平穏につながる体験を捨てているのも同じです。否定した時点で、すでにネガティブな気分は味わっていますが。

 人生で体験することにはあなたにとって、何ひとつムダがありません。

 寝起きという体験、食事をするという体験、いつもの道を歩くという体験、友達とあいさつをするという体験など、すべてが「今・ここ」にあなたが存在している内訳であり、その材料になっています。

 イヤな体験やつらい体験も、それがなければ今のあなたは存在しません。イヤな体験があったから心の間口が広くなったかもしれない、つらい体験があったから他人に思いやりを持てるようになったのかもしれない、そう考えてみてください。

 ネガティブな思い出も、自分が今からもっと幸せになるための材料となっていたなら、それほどネガティブに感じることはなくなってるはずです。いつまでもネガティブなのは、そのことを学びとせず、否定したり、削除したり、回避するなどして、見たいものしか見てこなかった結果です。

 ネガティブな記憶は、あなたがそれだけその思い出や出来事を意識しているから残っているのであって、見ぬふりをすればするほど、その思い出は大きく強くなっていきますし、今後の人生で重しのようにのしかかってくる可能性もあります。

 どうしてもムリだと感じるもの以外は、一歩踏み出して、ちゃんと見てみたり、信じきるところまでいかなくても、すこし覗いてみたりすることで、人生の体験は、幅を広げたり、今までの人生であなたが知らなかった道を示してくれるでしょう。

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