第12話 レクリエーション Ⅲ
〜
現在、この世界でNo.1の大ヒット中の映画である。邦画のB級映画にありそうな名前であるがそこは触れないでおこう。
(これもネーミングセンスが昭和だな。)
映画館へ入ると彼女は人の流れとは違う方向に進み始めた。
「おい。道を間違ってないか?」
「間違ってないわ。」
行き着いた先には係りの天使が立っており、アイリスがチケットではなく黒いカードを見せると「どうぞ。」と言い扉の前へと案内される。
天使が扉を開けた先にはホール全体が見渡せる中二階の個室であった。個室の中央にはゴシックなカウチソファーがあった。
「凄いな、VIPルームか……。」
「ええ。」
表情に出さないが声のトーンで自慢したかったのだと理解できた。
「私、ミレニアムパスポートを持ってるから。」
現世とスケールの違いに唖然としたが、この世界では当たり前のことなんだろうと思い敢えて口には出さなかった。
「映画が好きなのか?」
「神並みよ。」
(人並みってことか?それとも凄くって意味か?)
彼女はソファーに腰を下ろすと肘の部分に背を預け足を伸ばした。一見すると絵画にありそうな光景であるが……。
「おい。」
「何かしら?」
本人は気が付いていない様子だ。
「で、俺はどこに座ればいいんだ。」
「……ごめんなさい。いつも一人だから。」
彼女の体勢を起こすできたスペースをポンポンと叩いて俺に座る場所を示した。『ここに座れ』の合図は万国共通のようだ。
ソファーに座るとサイドチェストに置いてあるパンフレットが目に入った。手にとって映画のあらすじに目を通す。
◇◇◇
旧神暦56145年
争いに明け暮れる神がいた。
そんな彼が気付いた時には地獄に堕ちていた。
地獄で彼は一人の少女と出会う。
少女の優しさに彼は天国へ帰還を決意する。
この優しき少女を救う為に。
やがて、彼らは世界の真実へと辿り着く。
彼らが知った真実とは————
◇◇◇
「ボーイミーツガールか。」
「ボーイミーツガール?」
少年が少女に出会い物語は始まる。二人は幾多の困難を越え、やがて恋に落ちていくという話だと思った。
「そうじゃないわ。」
「何だよ、観たことあるのか?」
「今日で六回目だから。」
想像以上の数字に少し驚いたが、彼女達にとっては二時間と言うのは些細な時間なのかもしれない。
「好きなの。この映画。」
「それは楽しみになってきた。」
「そう。」
その言葉が合図の様にホールは少しずつゆっくりと闇に包まれていく。
ブーーー。
開演ブザーが鳴ると金属音が肌を震わせる。
神と神が戦うシーンから物語は始まった。
・
・
・
話は進み、映画の終幕直前であった。
少女は最高神を斬り捨て、最後の言葉を残す。
「……懺悔なさい。地獄で。」
そのセリフでスクリーンは暗転し、スタッフロールが流れ始める。
エンドロールの最後には神と少女が花が咲き乱れる桑畑の中を歩くシーンが流れる。少女がはしゃぎ、飛び跳ねながら両手で空に向かって投げキッスして終幕となった。
「復讐劇か。」
「えぇ。でも伝えたいのは……親子愛だと思う。」
ホールに光が戻り、アイリスを見ると表情はいつも通りだったが、涙と鼻水が垂れ流しだった。
「凄い顔になってるぞ。」
「……ちょっと待ってて。」
彼女はそう言うと部屋を出て行った。
違和感の件といい、この件といい、彼女がこれほどまでに感情を表に出すとは思ってもみなかった。
俺は勘違いしているのかも知れない。
不器用なのは出会った時から知っていたが、彼女は感情が乏しいのではなく、感情表現が想像以上に下手なだけなのかもしれない。
楽しければ笑いもするし、心を打てば涙を流す。
不意に母の言葉を思い出した。
幼い頃、同様にテレビで映画を観た後だった。
感動して涙を隠す俺に母は言った。
『泣くことは恥ずかしいことじゃない。
心が柔らかくて優しい証拠よ。
大人になると固くなって気づかないの。
小さな感動や相手の気持ちに。
だから……、だから今はいっぱい泣きなさい。』
そんなことを考えていると予想よりも早く彼女は戻って来た。化粧直しにしてはかなり短い時間である。
「ごめんなさい。」
「いや、だいぶ早かったな。」
彼女は不思議そうに俺を見つめる。
「高校生の六花でも化粧直しは長かったからな。」
「私、お化粧はしてないから。」
「えっ!?」
「なんで驚くの?」
驚く俺がおかしいのだろうか。それとも女神は化粧をしない生き物なのだろうか。
(スッピンなのか……。)
改めて彼女が女神なんだと自覚した。
「それよりも……映画の感想を知りたい。」
「映像も綺麗だったし、音楽も良かった。」
「内容は?」
「そうだな。作り込まれている話しだったな。あと、さっきお前は親子愛だと言っていたが、俺はやっぱり二人は互いに恋愛対象に見てると思った。」
「……年齢差を考えるとそれはないんじゃない?」
「まぁ、700歳差だもんな。けどそれは親子愛も一緒だろ?血の繋がりなんてないんだからな。」
「血の繋がりが、家族の絆じゃない。」
その一言に少し感動した。
言われてみれば血縁関係とは同じゲノム情報を持っているだけに過ぎない。絶縁している親子や兄弟もいるし、夫婦なんて殆どが血の繋がりはない。
それにもし俺と六花と血が繋がっていないとしても、俺は必死に妹を救いたいと願い抗ったはずだ。
「確かにな。その通りだ。」
「それに……。」
「それに?」
「それに私もルゥのことを愛してるもの。」
「ルゥ?」
(妹か?初耳だ。アイリスに姉妹でもいるのか?)
「私のペット。」
いや、……うん。そうだな。
血の繋がりはないがペットも家族の一員だ。
大事な家族だ……。
なんでこんな残念な気持ちになるのだろうか。
俺は少し残念な気持ちのまま映画館を後にした。
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