第11話 レクリエーション Ⅱ

 街に出ても違和感が拭えない。

 だが正体はわからない。


(これは……気のせいじゃないな。)


 喫茶店へと向かう道中も違和感が拭えない。

 アイリスにこの事を伝えるが、彼女は何も感じないと言う。


 店の中へ入ると静かで落ち着いた雰囲気の店であった。店員に案内された席に座ると、隣の席ではカップルが会話を楽しんでいる。


 俺達も席に座ると違和感が何処かへと消えた。


「……おかしい。」


「さっきの件?」


「あぁ。」


 モヤモヤした感情が俺の中に渦巻く、店員に注文を伝えるともう一度考え直してみる。

 そんな俺の表情を見兼ねたのかアイリスは質問を投げ掛けてきた。


「わかったの?」


「いや、立っている時は感じてたんだが。」


「今は感じないの?なら一度立ってみれば?」


 この状況下で立ち上がって座るだけの行為は目立って仕方ない。それにゼウスとの件もある。出来る限り目立つ行動は避けたい。

 

「いや、この状況で立つのは……。」


 彼女も辺りを見渡し、店内の様子を確認する。


「そうね。でも立たないと感じないんでしょう?」


 二人して考え込んでいると、隣のカップルがこちらを横目で見ながらヒソヒソと内緒話し始めた。


(なんだ?)


「……何かの病気かしら。」


「いや、病気ではないと思うんだが……。」


 死人……いや魂が病気になる訳がないと思いながらもそれは俺の思い込みかも知れない。

 ただ身体に違和感を感じているわけではない。どちらかと言うと外的な要因であるが、具体的にと言われると答えられない。


「お待たせしました。」


 店員が注文したモーニングセットが机に並べられる。食事を始めても話題は変わらない。


「いつから感じてるの?」


「朝からだ。」


「起きてから?」


「いや、お前が部屋に来てからかな?」


 言われてみれば、彼女が来てからずっと違和感を感じている様な気がする。違和感の正体は彼女にあるのかも知れない。


「私に対して感じてるの?」


「多分、そうだな。」


「普段と何か違うかしら?」


「髪型に服装と……それに……。」


 普段より大人びて見えると言いそうになるが、裏を返せば普段は子供っぽいと言っている様なものだ。伝えるべきではないと言い掛けた途中で口を継ぐんだ。


「それに?……髪型や服装がおかしいのかしら?」


「いや、違う。そう言うことじゃない。」


「なら、何?」


 ここで褒めなければ機嫌を損ねるだろう。

 女性全般がそうかはわからないが、六花はこう言うタイミングを逃すと尾を引いた。


 ただわかって欲しい。褒める方もそれなりに勇気が必要だ。言葉は間違えられないし、アラサーの俺でも恥ずかしいものは恥ずかしい。


「……いや、似合ってる。可愛いと思うぞ。」


「そう。」


(リアクション、うっすーーー。)


 お礼を言われたり、恥ずかしがると思ったが返ってきたのはいつもの相槌だった。

 違うな。彼女の容姿だ。こんな言葉は聞き慣れているのだろう。気の利いた言葉を知らない俺に非があるのかも知れない。


「話を戻すが、立っている時しか感じないんだ。」


「……そうね。今も髪や服は見えてるものね。」


 少しは話が前進したかと思った矢先だった。



「……あり…な…。ちょっと……よね。」


「……ああ、……場所を考えろよな。」


 隣のカップル達の会話が耳に入る。

 横目で見ると俺達の方のことをチラチラと見ながら発言していることに気がついた。


(さっきから何なんだ?)


 先程までの会話を思い出す。



 …………マズい。


 今更になって気がついたが、隣のカップル達には会話の一部しか聴こえていない。そうと考えると、とんでもないキーワードが並んでいた。


「……アイリス。そろそろ行こうか。」


 アイリスは左手の腕時計を覗く。


「まだ少し早いわよ。」


「……いいから行くぞ。」


「?」


 彼女の頭の上に疑問符が見えたが、急いで会計を済ませて店を出た。


 

 やはり違和感を感じる。だが出来るだけ早く店の近くから離れたい俺は早足で次の目的地である映画館に向かって歩き始めた。


 少し進むと緩い下り坂の途中で、アイリスがついて来れていないことに気がつき立ち止まった。


「……すまん。少し速かったな。」


「慣れてなくて。」


「?」


 言葉の意味がわからなかった。

 アイリスと目が合う。


(そうか。わかったぞ。)


「最近、背が伸びたか?」


「伸びてないわ。」


「なら、俺が見上げるのはおかしいだろ?」


「下り坂だからでしょ?」


 ようやく気付いた。

 違和感の正体に。


 坂道を少し戻り彼女の隣に立つ。目線を下に落とすと彼女の足にはヒールの高いレースアップサンダルを履いていた。


「こいつが違和感の正体か。」


「どういうこと?」


「ほら、目線の高さが同じだ。」


「……。…………ふっ。」


 彼女は掌で口元を覆い、顔を横に逸らすと小さく笑いをこぼす。


「ふふっ。ごめんなさい。」


「笑いながら謝るなよ。」


「馬鹿にしてる訳じゃないの。」


 そう言いながらも笑いが堪えられない様で、顔は横を向いたままだった。


「なら何で笑うんだよ。」


「それは……。そうね。機会を見て話す。」


 彼女は俺より先に下り坂を歩き始めた。

 

 俺の下手な褒め言葉よりも違和感の正体の方が彼女を笑顔に変えた。


 彼女は笑いが収まると俺を見た。

 彼女のこんな表情を見たのは初めてだった。

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