第10話 レクリエーション I
この世界にも休日は存在する。
神様も身体と心の安息なようで、こちらの世界でも現世と変わらず、週休二日制となっていた。
特例でこの世界にいる俺には住む家は与えられない。その為、執務室の隣にある客間で暮らしている。
そんな客間には休日の朝になると、壁の向こうの部屋に歌姫が降臨する。掃除機の下手くそなBGMに乗せ、秋のような優しく澄んだ声であった。
〜〜〜♪
コン、コン、コン
歌がサビに差し掛かる手前で客間の扉を叩く音がノイズとなる。
(タイミングが悪過ぎだ…………誰だよ。)
休日にこの部屋を訪れる人物を考えたが、考えうる人物は一人だけであった。
「おはようございます。」
「お、おう、おはよう。」
(……アイリス……だよな。)
いつもと違う彼女の姿に少し戸惑った。普段は長い髪を編み込んで後ろで纏めているが、今日は髪を下ろしていた。
服装も見慣れた白いドレスではなく、ネイビーのワンピースが彼女の白をより際立せている。
俺の脳はアハ体験中のようで処理が追いかない。何故か少し恥ずかしくなり、慌てて声を出した。
「どうした?」
声が上擦っているのが自分でもわかる。
「今日は……。」
固まっていた俺の脳はようやくクロック数を上げ、演算を始める。
————そうか、次の転生者の件だ!
先日からあれほどやる気に満ちていた彼女だ。休日を返上して、転生者の対応について相談に来たのだろう。合点がいった。
「……約束通り来たわ。」
「???」
いや、約束はしていない。
百歩譲って約束をしたとしても歌姫のオンステージが終わった午後にするはずだ。
考えず声を出しそうになるが、グッと飲み込んだ。約束などどうでも良いではないか、彼女がこれ程にやる気を出しているのだ。
「……あぁ、すまない。直ぐに準備する。」
急いで身なり整えるとアイリスを部屋の中へ招いた。
「今日の予定だけど……。」
彼女は小さく咳払いして、小さなメモを見ながら何故か少し緊張しているように見えた。
「 8:30 喫茶店 パルテノンで朝食。
10:00 映画館で『復楽園』を観覧。
12:30 昼しょ………」
「待て、待て、待て!」
話しを途中で止められた彼女は不思議そうに俺へ視線を向ける。違うだろう。疑問を持つのは俺の方だ。
「朝食はまだわかる。なんで映画なんだ!?」
「……映画は嫌い?」
「いや、嫌いじゃないが……そうじゃない!!」
「???」
話が噛み合わない。
これでは、まるで————
…………。
あっ……!
アァァァァァァッ!!!!
『ルクアス、悪いな。週末は俺が先約だ。』
その場凌ぎの言葉を、空約束を、小さな嘘を彼女は鵜呑みにしたのだ。
誰が悪いわけでもない。
強いて言えば元凶はルアクスだが、それも責任転嫁であるように感じた。よかれと思いついた小さな嘘が事故の発端である。
事情を説明してこの場で御開きと考えたが、彼女の姿を見るとそんなわけにはいかなかった。
どう見ても今日の為にオシャレをして来ているではないか。そんな彼女を無下にする程、俺は無神経ではない。
ゼウスの言葉が脳内にチラつく。
◆◆◆
「それでは準備を初めてようかのう。開始は一ヶ月後じゃ。詳細は追って伝える。」
ゼウスがそう言った後、俺に近くへ来るように呼びつけた。そしてアイリスに聞こえないように耳元でこう告げた。
「アイリスに手を出すことは許されんぞ。」
「出さない。そっちこそ約束を守れよ。」
「わかっとる。もし約束を違えた時には……。」
◆◆◆
と言う会話もあり、板挟み状態だ。
部屋の中を三周ほど回り結論は出た。
レクリエーションだ。
そう、これはレクリエーションなのだ。
日頃の労をねぎらって行われる社内レクリエーション。過酷な業務の息抜き。同僚とコミュニケーションを取り仕事を円滑にする為だ。
そうだ。そうしよう。
「レクリエーションだな。」
「レクリエーション?」
「あぁ、レクリエーションだ。」
「いえ、これはデー……、むっ!」
咄嗟に彼女の口を手で塞いだ。
何処で誰が何を聞いているかわからない。
アイリスは怒ると思っていたが俺の手を優しく掴み、そっと口元から定位置に戻す。
「わかったわ。」
本当に意味がわかっているのか疑問は残るが考えても仕方ない。
「時間がないわ。」
「あぁ。わかったよ。」
二人で並んで廊下を歩くと少し違和感を感じる。
違和感の正体が気になって、彼女の横顔をそっと見るといつもとは少しだけ表情が違っているように思えた。
(なんだ?この違和感は……。)
不安を抱えながらも予定外のレクリエーションはこうして始まった。
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