第9話 罪と馬鹿 II

 俺とスリアはこの施設の地下にある懲罰房に向かった。


 道ながらこの施設に懲罰房がある理由をスリアに尋ねた。本来は素行の悪い転生者へ罰を与える為に作られたらしい。

 そこにこの施設の職員が入ることは想定していなかったようで、細かな規則はなく面会はすんなりと許可された。


 鉄格子の向こうにルアクスがいた。


「Oh、ハルハル!お前もお痛したのかYo!」


 心配した俺が馬鹿であった。

 ルアクスは平常運転だ。


「帰るぞ。」


「ちょっ、まっ、待ってくださいッス!」


 懲罰房から出て行こうとする俺をスリアは必死に止めようと袖を引っ張るが、幼女のような体型の彼女には俺を止められない。

 俺が歩く度にスリアが引きずられている。その姿を見てルアクスが声をかけてきた。


「…………俺もここで色々と考えたんだ。」


 ルアクスが普通に喋っている。先程までは俺達を心配させない為の空元気だったのだろうか。

 よく見ればルアクスの目の下にクマが出来ていた。昨晩は寝ずに反省していたのだろう。


(早とちりだったか。)


「胸元が大胆に開いてたんだ……。思わず、声をかけてしまってな。」


(男のサガか。それは仕方ない……のか?)


「で、俺は考えた。あのについて。」


 雲行きは怪しいがさっきの件もある。

 話は最後まで聞くべきだろう。


「女神の胸元は上下左右のいずれかは布がない。」


「いや、全員じゃないだろ。」


 俺は思わずツッコミを入れてしまったが、そんな言葉は無視してルアクスの話は続く。


「ボトムスとソックスの間は『絶対領域』、ノースリーブと長手袋の間は『相対領域』。だが、には名前がない!!」


「……。」


「上乳、横乳、そして下乳。あの領域は老若男女の誰もが見るだけで高揚し歓喜する。」


「で?」


 俺は見下した眼を向け、ルアクスに尋ねた。


「露出した胸の領域を総称して『救済領域』と呼ぶことにしたYO!!」


「…………帰るぞ。」


 今度はスリアも俺を止めはしなかった。



 懲罰房からの帰り道。


 スリアと今後の対応について相談している最中だった。道の向こうから大勢の神様と天使が廊下を進んで来る。まるで大名行列のように思えた。


「……サ、サカキ様ッス。」


 スリアは道の端により頭を下げている。


「おい、ちょっと待ってくれ!」


 都合が良い。埒が開かなかった際は直談判に行こうと考えていたところだった。


「ハ、ハ、ハ、ハルトさん!?」


 スリアは慌てて俺の袖を引っ張り、逃げようとするが時すでに遅し、強面の神と天使に取り囲まれてしまう。


(どの世界にも強面の奴はいるんだな。)


 ルアクスの話ではないが、強面達は上下左右のどこからでも抉り込むように俺を睨みつける。スリアは悲鳴のような声に少し笑いが出た。



「……下がりなさい。」


 強面の間から背後にいた女神が現れた。


 長く黒い髪は夜よりも黒く、照明の光が月のように反射し髪には日輪の輪が出来ている。それに加え大きな瞳はまるで琥珀のようだった。

 幼い顔立ちではあるが、先ほどからの立ち振る舞いは決して子供ではない。


 黒いドレスの上に黒い羽織を羽織っており、赤い炎の刺繍が目についた。

 背丈はあまり高くないが、見た目以上に大きく見えた。


「……。」


「……。」


 互いに言葉が出ない。


 アイリスと初めて会った時も衝撃的であったが、それは見慣れない容姿も相まってのことだと思う。


 だが、彼女は違った。


 日本人に近い顔立ち。

 アイリスほどにスタイルがいいわけでもない。


 それでも目が離せない。

 


 スリアが歯をガタガタ言わせながら、俺の袖を引っ張るまで、俺は彼女に見惚れていることに気がつかなかった。


「……あ〜、そのだな。ルアクスのことを許してやって欲しいんだ。懲罰房から出してくれないか?」


「……ルアクス?」


 彼女はお付きを呼び、何かを確認している。

 暫くすると返答があった。


「何かの手違いでしょう。その方を懲罰房から出してもらえるよう連絡させておきます。」


「そうか。助かったよ。」


 来た道を戻ろうとした瞬間に声をかけられた。


「……名を教えてくださいませんか?」

 

「俺か?飛鷹ひだか春人はると。ありがとう。サカキさん。」


 俺が手を振って別れを伝えると、サカキさんは頭を下げていた。



 懲罰房へ戻る途中の廊下でカマエルがルアクスの耳を引っ張りながら歩いているところに鉢合わせした。


「二人ともこの馬鹿が迷惑を掛けたな。」


 カマエルは今回の経緯をすべて知っていた。どうやらサカキさんのお付きが連絡した相手はカマエルだった。


「それにしても、よくあの女神を説得できたな。」


「そうか?話のわかる女神だったぞ。」


「なっ、何言ってるんだ!?あの冷血女神だぞ!」


 カマエルの言っている意味が理解できない。

 どちらかと言えば、礼儀正しく大人しい女神の印象であった。


「ゼウス様とサカキ様を丸め込んだとなると…。」


「丸め込んでない!なぁ、スリア。」


「私はビビッて、訳がわからなかったッス。」


「一往一来、好機到来、結果オーライ!」


(懲りてないな、コイツは……。)


 カマエルがルアクスの脇腹に渾身のボディーブローを入れていた。お礼を言われ今後のことを話し三人とはその場で別れた。


 今更になって一つの疑問は残ったが、些細なことだったため気に留めなかった。


(どこが大胆な胸元なんだ?)


 

 全てが丸く収まったように思えたが、執務室に戻るとご機嫌斜めな人物が約一名。


「すべて解決したぞ。」


「そう。」


「なにを怒ってんだ。」


「……別に怒ってないわ。」


 案外わかりやすい性格だ。怒っている彼女は俺と目を合わせ話すことはない。


「上手く言ったんだ。機嫌を直せよ。」


 彼女には聞こえいるはずだが、俺の言葉に反応はなかった。少しだけ間を置いて小さな声が聞こえたような気がした。



 ————バカ。

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