第8話 罪と馬鹿 I
……おかしい。
これまでにこんなことは一度もなかった。
定刻は既に過ぎている。だが転生者は一向に姿を現さない。時計が止まってないか二度も確認した。
考えられる理由はルアクスの馬鹿が忘れているか、馬鹿が馬鹿やって馬鹿なことになってるのか。
ピンポーン
呼び鈴が鳴る。
玄関に開けると見慣れない少女が立っていた。
「……お嬢ちゃん、どうしたんだ?迷子か?」
「ち、違うッス!た、大変なんスよ!!」
この子の名前は『スリア』。この施設で働いているルアクスの同僚の天使だそうだ。
少女……と言うよりは幼女だな。俺の腰ほどの背丈、青髪のオカッパ頭と愛らしい顔は愛嬌があった。
スリアの焦った様子を見ただけで事態が深刻なのは理解できたが、落ち着かせるため執務室へ招いた。
「で、何が起こってるんだ。」
「ルアクス先輩が……懲罰房に……。」
俺の予想が当たっていた。
スリアに詳しい事情を尋ねると、何故か話しにくそうにしている。
「その……サカキ様にチョッカイをかけたッス。」
(……サカキ。あぁ、あのランキング一位か。)
「あの馬鹿……。」
「……馬鹿ね。」
「馬鹿ッス。」
三人揃ってため息を吐く。
「で、ルアクスはどうなるんだ?」
「わからないッス……相手が相手ッスから……。」
『サカキ』と言う女神はこの施設の責任者の一人にしてランキング首位の女神だ。噂程度にしか知らないが、神としての立場もゼウスと並ぶらしい。
そんな相手にチョッカイをかけたルアクスはある意味で尊敬する。
「それで転生者が来ないのか。」
「はい。申し訳ないッス……。」
「スリアが謝ることじゃない。」
どうすべきかと考えたが、俺が出来ることは何もない。アイリスに視線を送ると何も言わずに首を横に振った。
「で、ここに来た理由はこの件を伝える為か。」
「それもですが……先輩を助けて欲しいッス!」
まず思ったのは嘆願する相手を間違えている。
俺はただの人間……死人だ。頼るなら周りに沢山の神様がいるではないか。
「何故、俺を頼るのか?」と問うと、予想外の答えに俺は頭を抱えるハメになった。
俺が転生せずこの世界にいられるのはゼウスとの交渉の結果だ。その話に尾ひれが付いて、俺はゼウスを手玉に取るペテン師になっているようだ。
ゼウスとの交渉の件は誤解を解きたいが、今する話ではない。
「お願いします。先輩を助けてくださいッス!」
次いで思ったのは、あんな
話を聞く限りスリアから見れば、おちゃらけてはいるがいい先輩のようだ。仕事のフォローに加え、何かと面倒をみてくれたという。
「……わかった。でも期待はするな。」
「はい!ありがとうございまッス!」
アイリスは何かを言いたそうであった。大体の予想はついたが一応、聞いておくことにした。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「助ける理由がない。それに私はあの人のこと……あまり好きじゃない。」
この場にスリアがいる状況でルアクスのことを否定するあたり、やはり空気を読めていない。スリアは表面上は笑顔であるが内心は穏やかでないだろう。
「俺は誰でも助けるほど聖人でもないし、かと言ってルアクスとも親身でもない。けど……。」
「けど……、何?」
「自己満だ。あと、そうだな……打算もある。」
「打算?」
「あぁ、少なくともルアクスとスリアは俺とお前に恩義を感じる。そうなれば今後は俺達に転生者や情報を優先して貰える……かも知れない。」
俺がそう言うとスリアが咄嗟に声を上げた。
「必ず、必ず恩義には報いるッス!」
アイリスはため息を吐き、俺に忠告する。
「貴方も懲罰房行きかもしれない。」
彼女は納得してない。
だが理詰めで話せば、彼女は俺を止めることはできないだろう
「逆にデメリットはないだろ?俺がいなくても、暫く俺が来る前の状況に戻るだけだ。」
「それじゃあ、ハルトが……。」
「関係ない。お前がランキングでトップを獲れば、俺がどうなっても万事OKだ。」
「……。」
アイリスが口籠もっている。
駄目押しに俺は話を急かした。
「メリットしかないだろ。決まりだ。」
彼女はまだ何か言いたそうにしていたが、ルアクスに事情を聞くためスリアと懲罰房へ向かった。
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