第18話 主様(ぬしさま)だそうです

 ゴブリナの呼びかけで家から出てきたのは鬼少女だった。見た目は十五歳ぐらいに見えるけど?


「ま〜あ、人種の方がお見えになったのね。ようこそ、ハーフの里村へ。私がこの村の村長をしております、オニ子です〜」


 ネーミングセンス!? まあ、それは文句を言ってはいけないだろう。親から与えられたのだろうから、オニ子さんの所為ではないからな。


「ウフフ、いい名前でしょう? 母親からはオーガニックなんて名前をつけられたので、追い出された時に名前も自分で考えて新しくしたんですよ〜」


 母親の付けた名前もまあ何だが、オニ子がまさかの自分で考えた名前だったよ……


 俺は気を取り直して自己紹介をした。


「初めまして、僕はオウバイ大王国から魔境の開拓を命ぜられたテツ・オウガイと言います。子爵位を大王陛下より賜っております。こちらは母のアミーレ・オウガイです」


 自分とママンの紹介をした後にベンとメリエルも紹介した。


「こちらが僕の侍従長であるベンです。こちらは僕付きの侍女の長であるメリエルです」


 俺の自己紹介を聞いてから村長のオニ子さんの顔が曇った。


「まあ〜、この地の開拓を…… 遂に人種の方たちが手をつけられるのですね……」


 まあそうなるよな。平和そうだからな、この村。だから俺は提案してみた。


「あの、僕は開拓を命ぜられてますが、魔境というだけでその範囲は定められてません。ですので、この村は今のままで存続して頂いて構わないです。良き隣人として僕の開拓を見守っていただけますか?」


 だが俺からの提案にオニ子さんは首を横に振る。


「テツさんたちは良いんです。でも、この里村に入れない人たちも開拓をすればテツさんの開拓地に来ることになるでしょう。そうなった時には私たちはここから出ていかなければならなくなります。それが、契約ですので……」


 ん? 契約ってなんだ? 誰かと契約してここに村を開いたって事なのか?


「あの、オニ子さん。その契約っていうのは?」


 分からない事は素直に聞くに限る。聞くと少し長くなりますのでと家の中に招いてくれたオニ子さん。俺たちと共にゴブリナも一緒に家に入った。

 玄関で靴を脱ぐ家にママンもベンもメリエルすらも戸惑うが、いや馬車も靴を脱ぐスタイルにしてたよな。

 馬車を魔改造してもらった際に俺は土足厳禁としたのでみんな靴を脱いでもらった筈なのだが、どうやら家という固定された場所なので戸惑いを隠せないらしい。

 慣れるとこっちの方が絶対に良いと思うんだけどな。開拓地に建てる家は全てを土禁にしようと考えている俺。みんなには慣れて貰うよ。


 そして、広い居間で座るようにすすめられて、俺たちが座るとオニ子さんが話を始めた。


「私たちは見てお分かりの通り、人種と魔物種とのハーフです。人種の街でも迫害され、魔物種の群れからは襲われたり、時には食料と見なされたりして命からがら逃げ出した者たちの集まりなんです。この地にたどり着いたのは偶然でした。この地には既に先住されている主様ぬしさまが居られたのですが、私たちの境遇を知り匿って下さったのです。その際にこのゴブリナに【慧眼】というスキルを付与してくださり、ゴブリナが認めた者しかこの里村に入れないように結界も張って下さったのです。その際に主様と私たちは契約を交わしました。契約は、もしも人種がこの地を開拓しようと来た時には土地を守って人種と戦うか、黙ってこの地を去るかのどちらかを選択するという内容なのです……」


 うーん…… まあそれを納得して契約を交わしたって事なんだろうけど…… 戦うか去るかの二択しかないなんてひどい契約だな。俺はオニ子さんにもう一つ提案をしてみた。


「僕からもう一つ提案があるんですが、僕の領民になりませんか? 僕の領地ではハーフだからと差別するような人は入れないようにしますので」


 実際にそれは可能だ。今やママンの結界魔法は自由自在に設定出来るレベルになっている。そして、魔力石もあるから、常にママンが魔力を使う必要もない。


「そんな事は不可能ではないですか? 主様でもそこまでの結界は張ることはできませんし」


 オニ子さんの中ではその主様が俺たちよりも立場が上なんだろうけど…… 俺はママンに聞く。


「母上、この地の結界を破れますか?」


「簡単よ、テツ。綻びが多いからその綻びの一つを少し私が突けば簡単に破れるわ」


 ママンの返事を聞いてオニ子さんが驚く。


「こ、この主様が張った結界を破れるのですかっ!?」


 ママンは自信たっぷりに頷いてみせた。そこで俺はオニ子さんに言う。


「オニ子さん、もしも良かったらその主様に会わせて貰えないかな? 僕たちも話をしてみたいんだ」


 それに返事をしたのは何とゴブリナだった。


「良いんでねえか、村長? なんなら主様のところにオラが案内してやるべ」


 ゴブリナの言葉にオニ子さんも覚悟を決めたのか頷いて


「分かりました、皆さんを主様のところにご案内します。ですが、主様は気難しい方です。出来れば穏やかに話合いをする事を心がけて下さいね」


 そう言って立ち上がったので、俺たちも立ち外に出た。そこでメリエルが言う。


「ベン、貴方とアミーレ様はここに残って貰って、カナとマナミを連れて私がテツ様をお守りするわ」


「分かりました、お嬢様。そのように致します」


「ベン、もう私は貴方の同僚になるのよ。呼び捨てで呼んで貰わないと他の者に示しがつかないわ。貴方がお仕えするのはテツ様よ」


「分かり、いや、分かった、メリエル。直ぐにカナとマナミを呼んでこよう」 


 そう言ってベンはママンを連れてみんなが居る馬車に向かった。大人数なのでみんなは馬車の中で待って貰う事にしてある。

 ママンの結界もあるしな。


 カナとマナミがやって来たので、オニ子さんとゴブリナに案内を頼んだ。里村の南にある門(俺たちは北にある門から入った)から里村の外に出るとまた違和感を感じた。


「ここから先は主様の結界内部です」

「おーい、主様よーっ! お客さんを連れて来ただーっ!」


 オニ子さんの説明のすぐ後にゴブリナがそう叫んだ。すると、南に見える森から一頭の大蛇が姿を表した。体長十五メートルぐらいの大蛇だ。


 大蛇はこちらに向かってスルスルと近づいてきたと思うと光と共に縮んでいき、人型に変化した。


「相変わらずゴブリナの声は大きいな。それで、この者たちは何者だ?」


 どうやらこの大蛇が主様らしい。オニ子さんが片膝をついて話を始めた。


「はい、主様。こちらはオウバイ大王国からやって来られた人種の方たちで、この地の開拓を大王より命ぜられたそうです。それを聞いた私は主様との契約について説明をしました。それでもなお、こちらのテツさんは私たちに領民にならないかと提案してこられたのです。私では判断が出来ぬゆえにこうして主様の元にやって来た次第です」


 その後にゴブリナが、


「主様よ〜、この人たちは悪い人じゃねえべ」


 と言ったが、主様は俺たちを鋭い目で睨んでいる。その内心は俺たちには分からない。



【主様の内心】

『何と恐ろしい人種をここに連れてきたのだ! 無理、無理、無理!! こんなの相手にしたら一瞬で消されてしまう! まるでこの地の全てのあるじである、地竜神様並みの力じゃないかっ! 特に一番小さいこの人種の子供! 絶対に敵対しちゃダメなヤツだよ! その子供を守るように両脇に立つ二人と後ろに立つ一人にもまるで勝てる気がしない!! でも、私もこの地を任されている身…… 怖いからってハイそうですかとは簡単に言えないんだよ! だ、誰か、助けてくれーっ!!』


 

 そんな内心を知らずに睨まれてる俺たちは主様が怒っているんだと思っていた。だから、先ずは交渉しないとと思い、話しかけてみた。


「主様、僕はオウバイ大王国の大王陛下より子爵位を賜っているテツ・オウガイと申します。大王陛下よりこの地の開拓を命ぜられたのですが、既にこの地に住まわれてる方たちと争う気は全くありません。ですが、オニ子さんから主様との契約を聞きましたので、僕の開拓する領地で領民になりませんかと提案させて貰いました。オニ子さんはそれが契約に違反するのではないかと心配してるようです。なので、こうしてお会いして話をさせていただこうとここに案内を頼みました。いかがでしょうか? 契約に反する事になるのでしょうか?」


 俺の問いかけに主様は静かに話し始めた。その目はまだ鋭く俺たちを睨んでいる。


「違反か違反でないかで言えば違反になるな。だが、私が見る限り貴方たちにオニ子たちハーフの者に対する嫌悪感は無さそうだ。ならば、私としてはオニ子たちが領民になると言うのを止めるつもりはない。だが、その際には私の結界は外させて貰うし、私の住まいである森には不可侵条約を結んで貰う事になるが……」


 主様の言葉を俺は考える。森には生活に役立つ物も多いだろうから出来れば立ち入り許可を貰いたいな。そうだ、いっその事この主様も領民にしてしまえば良いんだよな。俺は名案を思いついたよ。


「あの、開拓には木なども必要になります。ですので森への立ち入り許可を貰いたいのですが、そこで提案なんですが、主様も領民になりませんか?」


 俺の言葉に主様の目が更に鋭くなる。


「ほう? 人種にとっては魔物である私が領民になっても構わないと?」


 鋭い口調でそう聞かれたが俺は頷いた。


「だって主様は、オニ子さんたちハーフの人たちの境遇を見て助けられたのでしょう? ならばそんな優しい心根を持つ方は僕にしてみたら魔物ではなく聖獣と呼ぶべき存在だと思います」


 俺の言葉に主様の目が幾分かやわらいだようだ。


「ふむ、面白い事を言う。だが、私もまた別のあるじに仕える身でな。おいそれと領民になるとは言えぬ。私を領民にしたければ力を示して見よ!!」


 そう言うと主様の体は元の大蛇に戻り、戦闘体制に入った。

 うーん…… 戦いたくはないけど力を示せって言われたなら戦うしか無いよな……


 

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