第17話 魔境?だそうです

 肉串祭りの翌日に最南端の街、ナースコールを出た俺たちは順調に進み、遂に大王国の人々に魔境と呼ばれる場所の端にたどり着いた。


 魔境とは呼ばれているが、ここも今まで通ってきた場所と見た目は何も変わらない。だが、奥の方に見える森林の遠い遠い場所からは膨大な魔力を感じる。あの辺りはかなり危険そうだ。まあ、距離にして目測十キロは離れてるようだが。目測とは言っても森林の奥が見えてる訳じゃなくて、魔力がユラユラと立ち昇ってるのを感じてるだけなんだが。


 本日はここで野営する予定だ。明日の朝から本格的に内部に入り調査を行い、開拓できそうな場所を探す予定だ。


 だったのだが…… 


「えっと、メリエル、ここってホントに魔境なのかな?」


 俺の疑問にメリエルも首を傾げながら返事をする。


「そうですね、テツ様…… 私も信じられない思いが募っております……」


 俺たち主従の会話に周りにいたママンを含めたみんなもウンウンと頷いている。

 何故ならば……


「どっから来ただぁ? こんな何もねぇとこによう来ただなぁ。雨風ぐれぇは凌げるからよ、今日はオラたちの村に泊まりゃあいいべ」


 と俺の目の前にはニコニコ笑顔のゴブリン女子が居るのだ。何故俺がゴブリン女子と言うのかは、ゴブリンにしてはその容姿が人に近いからだ。

 年齢は恐らくは今の俺よりは上で、十二歳ぐらいだと思う。そんな女の子が前世で聞いた事のある田舎の方言丸出しで俺たちに問いかけ、提案してきたのだ。

 俺やみんなの戸惑いも分かって貰えるだろうと思う。

 見るからにそのゴブリン女子に敵意は無い。なので思い切って着いていく事にした俺。


「うん、有難う。詳しい話は君の村に着いてから村長さんとさせて貰うよ」


 俺がそう言うとゴブリン女子は頷いた。


「んだ、それがいいべ。オラは難しい事は分かんねぇからなぁ」


 そう言うと案内の為に先に進み出した。着いていく俺たち。馬車に乗ってもらおうと思ったけど、その必要がないぐらいにゴブリン女子の足は早かったよ。


 着いていくうちに何かしらの違和感を体に感じたと思ったら突然目の前に木でできた柵と門が現れた。

 結界だな。ママンを見るとウンと頷いている。そして、ママンが教えてくれた。


「テツ、悪い結界じゃ無いと思うわ。敵意や害意がある者を入れなくする結界のようね。私なら解除出来るけど、しない方が良いと思うわ」


 勿論だが、ママンには解除しないでねとお願いした。この村を守る為の結界だろうし、案内してくれたゴブリン女子が困るような真似はしたくないからな。


 ゴブリン女子が村の入り口まで進むと門を守っているのだろうオークにしては人に近い容姿のオーク男子が声をかけてきた。


「おーう、ゴブリナ、お客さんかぁ? ようこそ、ハーフの里へ〜。ゴブリナが連れてきたなら歓迎するだよ。馬車ごと入ってもいいだでな、さあ、通るべぇ」


 そう言うと横に避けてくれたので馬車ごと入っていく俺たち。門の中に入って先ず目についたのは畑だった。

 ん? 田んぼもあるな。まさか、米を栽培してるのか?


 俺は田んぼを良く見てみた。その様子を見ていたミユーリが言う。


「テツ様、あれは畑ではなく水田といい、オマイという作物を栽培してるようです。ただ見た目は同じなのですが、私の知るオマイよりも粒が短いので違っているかも知れませんが」


 長粒種じゃなく短粒種だったら日本の米と同じじゃないか。俺は少し、いや、かなりの確率で米が食べられるかもと期待した。


 ゴブリン女子改めゴブリナの後を着いていく俺たちを見ても村人たちはニコニコ笑顔だ。どうやらゴブリナは村人たちから信頼されてるようだ。先程の門を守っていたオーク男子もゴブリナが連れてきたならとか言ってたしな。


 やがて、畑や田んぼがなくなり木で作られた家屋が見えてきた。だが、どうやら鶏小屋のようだ。飛鶏が飼われているみたいだな。

 もう俺は居ても立ってもいられなくなり、ゴブリナに待ってくれと頼み、馬車から飛び降りて質問を開始した。


「ゴブリナ、教えて欲しいんだけど、あれは飛鶏だよね? 何で小屋で大人しく飼われてるの? あの好戦的だと聞いてる飛鶏が大人しいのが僕にはとても不思議なんだ」


 俺の興奮気味の質問にゴブリナが何でもないことのように答えた。


「ああ、アレは飛鶏に見えるけんど、実は違うべ。飛鶏みたいに飛べないべ。アレは野鶏やけいっちゅうとりが飛鶏に襲われて産まれたハーフたべ。オラたちはただの家鶏かけいって呼んでるべな。生殖能力は無いだが、卵は産むべ。ばば様が言うには寿命も十二年と長いから見つけたらココに連れてきて飼ってるだよ。野鶏やけいも飛鶏に劣らず好戦的だべが、ハーフはその好戦的な性格が抜け落ちてるべ。だから飼育しやすいだよ。卵を産まなくなったらしめて食べれるべよ」


 もう、それ前世の鶏だよな。卵まであるのか! しかも、途中の畑には玉ねぎと同じような野菜も見えた。親子丼が出来る!!


 いかん、想像しただけでヨダレが……


「まあ、その辺の話も村長から聞くといいべ」


 そう言うとゴブリナは今度は俺に合わせてかユックリと歩き出した。


 鶏小屋は全部で八棟。中には凡そ二十羽ぐらいの家鶏が居るみたいだ。広さは十分にあるからストレスなく過ごしているように見える。


 俺はゴブリナと並んで歩きながら目についた物を質問していく。


「ゴブリナ、アレは?」


「ああ、アレは動物種のボアと魔物種のボアのハーフで家豚かとんって呼んでるべ」


 豚も居る!!


「ゴブリナ、アッチは?」


「ありゃ、動物種の野牛と魔物種のクレイジーカウのハーフで家牛かぎゅうだべ」


 牛も居る!!!


「そ、それじゃ、アッチのは?」


「質問が多いべな、アレは野山羊のやぎとデビルシープのハーフで家羊かようだべ」


 羊と山羊の中間ぐらいの見た目だけど羊毛はちゃんと取れそうだ!!


「最後、コレで最後だから、アレは?」


「どれだべ? ああ、アレはシーバっちゅうて呼んでる狼と魔狼のハーフだべ。よく懐いてくれていう事を聞いてくれるべな。家豚、家牛、家羊を放す時にも着いてきてくれて、群れがバラバラにならないように見張ってくれるべ」


 牧羊犬まで!! しかも見た目は完全な柴犬だ!?


 ここってホントに魔境なのか? 俺にしてみたら楽園パラダイスなんだけど。


 何故か一頭のシーバが尻尾を振り振り俺に近づいてきたので、下から手を差し出すとフンフンと匂いを嗅いでから、ペロッと俺の手を舐めた。

 断っておくが、シーバは名前しばいぬと違い大型犬種だ。土佐犬の大型種よりもまだひとまわり大きい。見た目は完全な柴犬だが……

 そのギャップがまた良い!


 俺は大きな首をワシャワシャと撫でてから、ゴブリナに促されてまた歩き出した。


「珍しいべ、この子が直ぐに舐めるなんて。よっぽどおめさの事を気に入ったんだべな。普段なら自分から近寄ったりしない子だべ」


 俺の横を守るように歩いているシーバを見てそう言うゴブリナ。


「まあ、オラの目に狂いが無かったっちゅう事だべな」


 と言いながら大きな家の前で立ち止まった。それから御者をしていたベンに向かって、


「アッチに馬車を入れてくんろ。馬たちも放してやっても大丈夫だべ。賢そうな馬たちだし、きっとこのシーバと仲良くなるべ。ああ、このシーバはテツロって言う名前だべ。馬たちと一緒に残る人はテツロに匂いを嗅いで貰えばいいべよ」


 という訳で、ベンが素直に言われた方に馬車を入れてから、ママンとメリエルだけを連れて戻ってきた。


「あまり大勢ですとご迷惑になるかもと思いまして。テツ様とアミーレ様、私とメリエル様の四人でご挨拶させて頂きます」


 そうゴブリナに言うと、


「分かっただ」


 と返事をしてから、玄関扉(引き戸)をガラッと開けて、


「そんちょーっ!! お客さんを連れてきただよーっ!! 早く出てくるベーっ!!」


 と大声で叫んだ。良いのか?


「はいはーい、ゴブリナちゃん、そんなに大きな声じゃなくてもちゃんと聞こえるっていつも言ってるでしょ〜」


 声に答えて出てきたのは鬼少女だった……


 うん、オーガと人のハーフなんだろうな……


 門を守ってたオーク男子がここの事をハーフの里って言ってたしな。


 俺は年若く見える村長さんを見ながらそんな事を思っていたのだった。

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