第16話 肉串は美味しいそうです

 俺はメリエルとカナに両手を繋がれ、街中を歩いている。


「テツ様、お土産はどうなさいますか?」


「そうだね…… 母上には普段口にした事がないだろう食べ物を持って帰りたいな」


 俺がそう言うとカナが、


「それならば肉串がよろしいかと思います。庶民の間で人気の肉串は貴族の女性が食する機会は中々ありませんから」


 そう答えてくれた。そう言えばママンも貴族令嬢だったし、メリエルが連れてきた十二名の侍女たちも八名は貴族令嬢だった筈。ならばそうしようと思った俺は屋台が並ぶ場所を聞いて向かう事にした。


 屋台街とも呼べるその場所には肉串以外にも様々な屋台が出ていた。果実を絞ったジュース(鉄貨二枚)を売っている屋台。肉団子が入ったスープ(鉄貨一枚)を売っている屋台。野菜たっぷりで干し肉を刻んだものが乗っているサラダ(鉄貨三枚)などなど、目移りしながらも、俺は肉串屋台が並ぶ一角に進んだ。


【ボアの肉串】鉄貨三枚

 塩胡椒のみのシンプルな肉串。その味は良いが肉は少し固め。

飛鶏ヒケイの肉串】鉄貨二枚

 胸肉部分の肉串で、やはり味付けは塩胡椒のみ。パサパサとした食感でいまいち。

【ウサギの肉串】鉄貨二枚

 後ろ足もも肉で筋肉質で固いが、焼いた後に果実ベリーソースをかけてくれるので味は良い。


 俺は味見をして、ボアの肉串とウサギの肉串を購入した。それから宿に戻ろうかと思ったのだが、俺の鼻にとても懐かしい匂いが届いてきた。

 匂いの元に視線を向けると誰一人購入者が居ない屋台が……


 だがこの匂いは間違いない。前世の焼き鳥の匂いだ。俺がフラフラとそちらに行こうとするとカナが言う。


「テツ様、お待ち下さい。確かに匂いは良いですが購入者が居ないとなると不味いというのが屋台街での常識です。きっととんでもない味の肉串だと思います」


 だが俺はそんなカナに反論する。


「でも、カナ。いつもは何でも自分で試してみないとって言うよね? だから、僕は自分自身で確認してみたいんだ」


 俺の正論にカナは黙った。そしてそのまま何も言わなかったメリエルと共に着いてきた。

 近くまで行くと何で人が並んで居ないのか分かった。高いのだ。

 

飛鶏ひけい各部の肉串】鉄貨八枚


 他の肉串が鉄貨二枚〜三枚に対して鉄貨八枚。食堂でそこそこのランチを食べられる値段だ。

 だが、一本およそ八十円。前世の感覚からしたら安いと俺は思った。

 俺は焼いてるおっちゃんの手つきをじっと見た。

 

 おっちゃんは火入れ前に壺に入ったタレに串を突っ込み焼き始め、表面に火が通ったら更に壺に突っ込み、中まで火が通る直前にもう一度タレにつけた。

 うん、完璧だ。俺は味見の為にモモと皮をおっちゃんに頼んだ。

 おっちゃんは八歳の俺が頼んだので驚いたようだが、それでも何も言わずに出してくれた。小銅貨一枚と鉄貨六枚で支払いを終えて俺はモモを食べてみた。

 タレにコクが足りないがそれでも前世の焼き鳥の味がした。続いて皮を食べる。コチラも同じだ。

 俺はおっちゃんに問いかけた。


「あの、このタレって東方の島国で作られている調味料が元ですよね?」


 俺の問いかけにおっちゃんは目を見張った。そう、先程の行商人が東方の島国と言っていたので、俺は前世の日本と同じような発展をした国がこのマルセラームにあるという事を知ったのだ。


「ほう? 坊主、良く分かったな。そうだ、コレは【セウユ】という東方の調味料を元に俺が作った秘伝のタレだ。だが、味に自信があってもセウユが高いからどうしても一本あたりこの値段になるんだ。だからあまり売れないんだが……」


 そこで俺は秘伝のタレについて、作り方ではなく保存の仕方を聞いてみた。すると……


「保存だあ? そんな事出来ないだろ? 毎回毎回新しいのを作ってるぞ」


 おっちゃんの言葉に愕然とする俺。だからだったのか、コクが足りないと感じたのは。俺はおっちゃんに説明を始めた。


「僕が大王都の図書館で得た知識なのですが」


 そう前置きを言うと、おっちゃんは真剣な顔をして聞いてくれる体制になった。僅か八歳の子供の言う事を真剣に聞こうとするおっちゃんに俺は好意を持ったよ。


「このタレはご自宅の床下を六十センチ〜一メートルぐらい掘った穴に蓋をちゃんとしておけば日持ちしますし、使用前に火入れをすれば何日でも使用出来るそうです。床下は日陰で、六十センチも掘ればかなり温度が低くなるんだそうです。そうしてタレを保存して火入れをしながら繰り返し使用していき、少なくなったら新たに作ったタレと混ぜ合わせる。それを繰り返して行くと飛鶏の油も混ざって更に美味しくなっていくんだそうです」


 俺の言葉におっちゃんは真剣に考え、やがて


「そうか、師匠の焼き鳥と違ったのはそのコクか!? それにそうすればセウユの仕入れや他の調味料の仕入れの回数も減らせるな。ならば一本鉄貨五枚は無理だが六枚には出来るか……」


 おっちゃんはブツブツと言い出した。それから俺の方を見て言う。


「坊主、有難うよ。俺にはそんな知識を調べる手立ては無かった。師匠はもう東方に帰ってしまったしな…… だが、その知識をただで教えてもらうっていうのは俺の気持ちが許さねぇ! だから、今から焼く分を持って帰りな! 代金はそうだな…… 一本鉄貨五枚でいい!!」


 それだと赤字じゃないのかと俺が言うとおっちゃんは、


「教えて貰った知識が黒字だから良いんだよ!」


 とニカッと笑って言った。俺は久しぶりにおとこを見たと思ったよ。だから、


「それだと僕が貰いすぎになるから、もう一つ教えますね。メリエル、あそこの野菜を売ってる露店から長白ネギを買ってきてよ」


 そう言ってメリエルにネギを買ってきて貰い、おっちゃんにモモ肉と同じぐらいの長さにカットしてもらい、肉と交互に串に刺してから同じようにタレをつけて焼いて貰った。


 おっちゃんは四本焼いて、自分も食べながら言う。


「おおう!? コレは良いな! ネギが口の中をさっぱりさせてまた食べようっていう気になる!」


 一緒に食べたメリエルやカナも、


「美味しいです! お肉だけのよりコッチの方が私は好きですね」

「コレはネギが少し辛味があるからか、肉の甘みが引き立ちますね」


 と絶賛だ。俺はおっちゃんに名前を教えた。


「肉との間にネギを挟むからネギマと言う名前だって書いてたよ。他の野菜も試してみたら良いと思うんだ。これだとお肉を使う量の調整にもなるよね?」


 俺の言葉におっちゃんは目からウロコみたいな顔をして、


「そうか! 全てを肉じゃなくてもこうすれば確かに…… これなら鉄貨四枚でも行けるな! ようし! 坊主、ちょっと待ってろよ!!」


 おっちゃんはそう言うと猛烈な勢いで串を焼き始めた。その数、モモ二十五本、皮十五本、ササミ十本に先程教えたネギマが二十本!


 多すぎだよ、おっちゃん。俺がそう言うとおっちゃんはまたニカッと笑い、


「坊主の教えてくれた情報にはまだ不足してるが、今の俺にはコレが精一杯だ。だが、いつか必ず返すからまた来てくれよな!」


 と言い、メリエルに焼きおえた串を渡すのだった。俺はそこで自分の身分をあかして魔境に開拓に行くからすぐには来れないけど、二ヶ月後ぐらいにはまた顔を出すとおっちゃんに言った。


 するとおっちゃんは暫く考え込み、


「坊主が二ヶ月後ぐらいに顔を出すって言うからにはその頃にはある程度の開拓が出来てると考えているのか? あの魔境の?」


 そう聞いてきたので俺は頷いて返事をする。するとおっちゃんは


「分かった! なら、二ヶ月後だ! 俺がそっちに行くぞ! それまでにタレをちゃんと育て、坊主に心から美味いと言わせるからなっ!!」


 と宣言したのだ。来てくれるのは嬉しいけど、大丈夫かな? と思ったけど野暮を言うのは止めて、楽しみに待ってるとおっちゃんに伝えて俺たちは宿に戻ったんだ。


 俺たちのお土産にはみんなが目を輝かせて、笑顔で美味しいと食べてくれた。宿には悪かったが、その日は食事は無しにしてもらい、だけど飲み物は提供して貰って楽しい夕餉を過ごす事が出来たんだ。


 もちろん、俺のママンが俺と同じく皮とネギマにハマったのは言うまでもない。



 

  

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