第15話 (閑話)とある行商人

 私は今では各地を旅して商品を仕入れて売る行商人をしているが、かつては東方の島国で将軍つかえていた武将であった。その頃はまだ十代後半の若造だった私だが…… 


 二十歳を過ぎた頃に派閥争いに破れた私は命からがら首都より逃れて庶民として生きて行く事に……


 今ではそれで良かったのだと思っている。


 武将であった私に何が出来るのか? 私は考えながらそれまでの貯蓄を切り崩しながら日々を送っていた。武将だった私に出来るのは武器や防具の目利きだと気づいたのは天啓だったのか。


 その事に気がついた私は鍛冶師たちを訪ねてまわった。しかし、鍛冶師たちは頑固爺が多かった……


 私が訪ねて行くと打った武器を見せてくれる者は皆無で、


「ケッ、テメエみてぇな若造が俺様の刀を批評するって! 笑わせんなっ!!」


 と言われて門前払いされる事が当たり前のことだった。そんな日々が続いたある日の事、とある鍛冶師の一人が私が諦めずに通っていたら、


「お前さんの熱意は分かった。どれ、その熱意に免じて俺が口を利いてやろう」


 とそう言ってくれたのだ。その鍛冶師が今や飛ぶように売れる刀鍛冶である清史郎の師匠だった宗史郎そうしろうだった。


 私は宗史郎の打った刀を見せて貰った。完成されたフォルムに美しい刃紋、まさに斬る為の刀だった。が、宗史郎曰くこんなのはまだまだだと言う。


「これでまだまだだと言う貴方の言葉だが、私には十分に見えるのだが?」


 そう、この頃の私は常に対人しか考えていなかった。だが、宗史郎は違った。


「遥か西方の大きな大陸にある国々には竜と呼ばれる刃を通さない鱗を持った生き物がいると聞く。その竜の鱗をも斬りさける刀を打つのが俺の夢だ。だが、俺の代では無理だろうな…… この弟子の清史郎がいつか俺の夢を叶えてくれるだろうよ」


 私は自分の小ささを知った。宗史郎は遥かな西方にいると言われるこの国では伝説とされている竜をも斬る刀を目指して打っていたのだ。 

 その時に私は宗史郎に聞いてみた。


「貴方のように遥か高みを目指している刀鍛冶は他にもおられますか?」


「…… いねぇな。俺の事はみんな尊敬はしてくれてるようだが、絵空事をのたまう爺だと思ってるだろうよ。この清史郎だけが俺の志を汲んでくれてるのさ。いや、一人だけ鎧鍛冶師がいるか……」


 その返事を聞いて私はその鎧鍛冶師以外の鍛冶師への口利きはいらないと断り、その代わり貴方たち二人の打つ刀を私に売らせて欲しいと頼みこんだ。


「お前さんも物好きだねぇ…… まあ、いいや。そんなら取り敢えずこの小刀を売ってきてみな? その売値次第で鎧鍛冶師にも口利きしてやろう」


 そう言われ小刀を手渡された私はこの州に来て知合った武士の元に向かった。その武士は私の持つ小刀を見て、


「むう! 素晴らしい刀だ! 一旦預からせて貰えぬか? 殿にお見せして判断を仰ぐ。なに、悪いようにはせぬ。私が買ってもよいがこの小刀に見合うだけの金子きんすを私では払えぬ。殿ならば払えるだろうからな」


 そう言うので私は頷き、そのままその武士の屋敷で待機していた。宗史郎から言われたのは最低でも金貨二枚にはしてこいと言われたのだが果たして…… 


 程なくして武士が戻ってきた。


「おう、待たせたな、すまぬ。殿がいたく気に入って下さってな。これが殿よりお支払い頂いた金子きんすだ。多分、この額ならばお主も満足だろうと思う」


 そう言って差し出された小袋には金貨二十枚が入っていた。十倍だ。


「殿から言伝がある。また、同じ鍛冶師の刀を仕入れたならば持ってこいとの事だ。よろしく頼む」


 武士がそう言ってくれたので、仕入れ次第またお訪ねいたしますと答え、私は宗史郎の元に戻った。


 私は受け取った金貨二十枚をそのまま宗史郎に渡した。宗史郎は中を見て、


「フッ、やっぱりお前さんは大したもんだ」


 そう言って中から金貨五枚だけとり、残りを小袋のまま私に渡した。


「これがお前さんの取り分だ。そうだな、鎧鍛冶師には明日にでも紹介してやろう」


 一気に金貨十五枚もの大金持ちになった私は戸惑いながら宗史郎に言った。


「これでは私の取り分が多すぎると思うのだが……」


 だが、宗史郎は言う。


「最初に言った金貨二枚があの小刀を打つために掛かった費用でな。金貨一枚も上乗せ出来れば上等、二枚上乗せ出来ればそこそこ、三枚も上乗せしてきたら商人として見込みありだと思っていたのに、お前さんは十倍にもしてきやがった。俺としては三枚上乗せした金貨五枚で十分に利益が出ているのさ」


 そこから私は宗史郎、清史郎師弟との付合いが始まり、更には鎧鍛冶師の京史郎きょうしろう藍史郎あいしろう師弟との付合いも始まった。


 宗史郎、京史郎は知合って五年ほどで相次いで亡くなってしまったが、弟子の清史郎、藍史郎との付合いは今でも続いている。


 そんな私だが、旅をして二人の刀や鎧を売っている間に、アイテムボックスのスキルが芽生え、更には転移のスキルも芽生えた。


 そこで私はスキルに磨きをかけて、西方の大陸にも行けるようになった。私は二人の刀や鎧が竜に通じるのか確かめる為に、自身で試してみようと思ったのだ。


 私が自身で考え創始した武術、【合戦武闘術かっせんぶとうじゅつ】が通じるのかも知りたかったのもある。


 結果は、素晴らしかった。地元の一流ハンターと呼ばれる者たちでも斬り裂く事の出来なかった竜の鱗をサクサクと斬り、竜の放つ息吹ブレスを難なく防ぐ鎧。


 その結果を見たハンターたちが刀を、鎧を求めてきたが、今は手持ちが無いので日を改めてと言って私は国に戻った。


 国に戻り、二人の鍛冶師に結果を伝えると涙を零して喜び、だが、それで満足はせずに更なる高みを目指すと宣言したのだった。


 それからの私は行商人となり、二人の刀や鎧を西方で売る事になった。


 最初に竜を斬った町では、ギルドによって保証された品行方正なハンターにだけ売った。

 また売ったハンターには刀術の基礎、西方にない我が国の鎧を着ての動き方などを伝えておいた。


 やがて、西方にも形だけ似せたまがい物が出てきたが、所詮はまがい物で竜を斬り裂く事は出来ないので、当然だが直ぐに銅貨五枚ほどで売られるようになった。


 西方で行商人をして八年が過ぎた私はとある大王国の南端の町に来ていた。ここに来るのも三回目だ。


 そこで面白い少年に出会った。年端もいかぬ少年ながら目に知性のきらめきを宿し、なおかつ刀を見て懐かしそうにしている。顔立ちはどう見ても西方人なのにだ。


 更にはその佇まいも気になった。何やら私の【合戦武闘術】が疼いてくるのだ。それは少年の後ろに立つ二人の女性のうちの一人からも感じられた。


 少年は貴族らしく、この町の南にあるとされる魔境の開拓を任ぜられたそうだ。一週間後に訪ねて来て欲しいと言われた私は武器防具だけでなく、開拓時にあれば便利だろうと思う商品を仕入れて向かう事にした。


 その為に一度国に戻った。我が国の農業技術などは西方よりも優れた物も多い。それらの物に加えて西方にはない道工具、調味料などを仕入れて少年の元に向かおうと思う。

 まあ実は既に魔境の一部に住んでいる者たちには売っているのだが……


 あの少年があの里村の存在を知った時にどうするのかが私には今から楽しみだ……





※作者より

 異世界【マルセラーム】において合戦武闘術という武術を創始したのがこの行商人という事になります。地球の合戦武闘術とは少しだけ違いますが、そのお話はまた後ほど出てまいります。

 

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