第9話 出産だそうです
俺の元にやって来たルチアと二人の侍女の三人だが、そろそろ臨月が近づいてきた。
今、六歳の俺では何も出来る事は無い、と言いたいところだがベンに優秀な産婆の手配を頼み、三人が母子共に元気な状態で出産出来るように頼んでおいた。
その為の費用は惜しまないとも伝えている。
現在、ママンと俺はクソ親父からの支援でママンに金貨五十枚、俺に金貨七十枚が一ヶ月毎に支給されている。金貨百二十枚のうち、俺が八歳になって魔境に向かう際に必要な物の購入資金と、離れ屋敷で働く者たちへの賃金を差し引いてもあり余る金貨を使ってベンにはその手配をさせているのだ。
この世界では、下から鉄貨(十円)、小銅貨(百円)、銅貨(千円)、銀貨(一万円)、金貨(十万円)、白金貨(百万円)の硬貨が金銭としてある。
侍従の月の給与の相場が銀貨八枚(八万円)〜金貨一枚(十万円)。侍女の月の給与の相場が銀貨五枚(五万円)〜銀貨八枚(八万円)だ。だが、俺はベンに金貨二枚(二十万円)、ルチア含め新たな侍女十三人に金貨一枚(十万円)を支払っている。それは当然の事だが妊婦で動けない侍女たちにもだ。
メリエル、カナ、トゥリ、ミユーリ、マナミの五人には金貨一枚(十万円)と銀貨五枚(五万円)だ。
前世の日本の賃金からしたらかなり安いと思ったのだが、物価がそもそも違っていた。町の屋台で良く売られている肉串は鉄貨三枚(三十円)らしい。大王都での話だ。
食堂と呼ばれる場所で食事をしても、鉄貨五枚(五十円)〜八枚(八十円)が相場だそうだ。
その他もろもろ日本と比べて色々な物の値段が安いので、俺が支給している給与は他所と比べるとかなり多いらしい。
勿論だが武器防具や、怪我の回復や魔力の回復の為のポーションなどは低級でも銀貨一枚(一万円)はするのだが、普通に町で暮らすならばあまり用事が無いので魔物、魔獣狩りの専門職でもない限り、この給与で何の問題は無いのだ。
本日の給与支払い日にみんなが笑顔でベンから給与を受け取っている。妊婦の三人は何故か申し訳なさそうな顔をしているが? 何故だ?
「どうしたの、三人とも? 給与が少ないかな?」
俺が三人にそう声をかけると、代表してルチアが言う。
「違います、テツ様。私たちは妊婦という事でかなり仕事を減らして頂いているのに、みんなと同じ額の給与を頂くのが申し訳なくて……」
その言葉に俺は三人に言う。
「何を言ってるのかな。三人には元気な子供を産んで貰うのが今一番大事な仕事なんだよ。そしてちゃんと三人ともが元気なままで子供が大きくなるまで育てて貰わなきゃダメなんだよ。その大切な仕事をして貰う為にも給与はちゃんと支払うよ」
俺の言葉に俺の横でママンとメリエル、カナ、トゥリがウンウンと頷いている。
そう、とても大切な事だ。俺は前世では童貞を貫いたけど、子供が嫌いな訳じゃない。いや、むしろ子供の声を聞くと元気になるぐらいだ。本当は前世でも結婚して子供を育てたかったが、魔法使いになる為に泣く泣く諦めたのだった。
だけど今世では既に魔法使いとなっている。適齢期になったら愛する女性と結婚して出来れば子供を大切に育てたいと思っている。
俺の言葉にルチアたち三人が涙ながらに「有難うございます。必ずこのご恩はお返し致します」とか言っているが、こんな当たり前の事に恩を感じる事は無いのにな。だが、それは言わずに俺は笑顔で頷いておいた。
そして、日は進み先ずは侍女のナーナが陣痛を感じて出産準備に入った。
俺はウロウロと部屋の前を歩いていたのだが、ママンに、
「テツ、落ち着きなさい。きっと大丈夫だから」
と抱きとめられてしまった。俺はママンの胸部装甲を後頭部に感じて落ち着いた。ママンの胸部装甲は推定限りなくEに近いDだ。俺がママンから直接おっぱいを飲んでいた時はEだったからな。恐らくは間違ってないだろう。
ここで俺を単純にマザコンだという奴に言っておこう。これは俺の持論だが、男という
だから今世の俺の初恋はママンなのだ。そこはもう揺るぎなき自信を持ってそう言える。
などとくだらない事を考えていたら、部屋から元気な赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。
産まれた!! 俺は部屋に飛び込もうと身を乗り出したが、またもやママンの腕に押しとどめられた。
「まだ、ダメよ、テツ。もう少し待ってね。産婆さんが良いよって言ってくれるまでは待ちましょうね」
そこで俺はハッと気づく。前世で結婚した事は無くとも知識はある。産まれた赤ちゃんもそうだが、産んだ女性も命がけだったのだ。落ち着く時間が必要だろう。
「はい、母上。僕はちゃんと待ちます」
そうママンに返事をして俺は大人しく待った。
それから十五分後、産婆が出てきて言う。
「もう、会えますよ。でも二人とも疲れてますから手短にね」
庶民の産婆に敬語を使えなどとは俺は思わない。だから俺は産婆に頷きかけ、感謝の言葉を伝えた。
「有難う、貴女のお陰でナーナも赤ちゃんも元気なんだね」
俺の言葉に産婆のオバちゃん(見た目的に婆さんという年齢ではない)が言う。
「アハハ、坊っちゃん、アタシはちょっとだけ手助けしただけさ。産んだあの娘と赤ちゃんがこの世で成すべき事があるんだろうよ。だから神様がこの世に呼んだんだよ」
なるほど、庶民的にはそういう考えなのか。俺は妙に納得してしまったが、敢えて言わせて貰った。
「だけど貴女のそのちょっとだけの手助けがなければひょっとしたら無事に産まれて来なかったかも知れない。だからやっぱり僕は貴女に感謝をします」
俺の言葉に目を見開いて驚くオバちゃんはママンを見て言った。
「こりゃあ、驚いた。坊っちゃんがこの国の大王様になってくれたらアタシたちも少しは暮らしやすくなるんだろうねぇ…… まっ、それはココだけの話しさ! でも、有難う坊っちゃん。お陰でアタシも自分に誇りを持てるよ」
ちょっと不穏な事を言ったが聞き流す。何故かママンが何も言わなかったし、むしろウンウンと頷いていたけど…… 見なかった事にしよう。
部屋に入るとぐったりしているけど、笑顔で我が子を見るナーナと、その横で安心したように眠る赤ちゃんがいた。
「ナーナ、お疲れ様。名前は決めたの?」
ママンがそう聞くと、ナーナは
「アミーレ様かテツ様に名付け親になっていただきたいのですが……」
と少しオドオドしながら言ってきた。
「まあ! 私かテツでいいの? あ、ごめんなさい、女の子? よね?」
「はい、女の子です」
「ですって、テツ、何かいい名前は浮かんだ?」
ママン、無茶ぶりが過ぎるぞ。だがしかーし! 俺はこんな事もあろうかと、男女両方の名前を考えていた。なので、女の子バージョンの名前を言ってみた。
「アオイという名はどうかな、ナーナ? 遠い異国に咲く花の名前なんだけど」
「まあ! テツ様! もしや考えてくださっていたのですか?」
ナーナがママンに聞かれて即座に返した俺に驚きながらもそう聞いてきた。
「それは、まあ。僕の身内になる子なんだからちゃんと考えてたよ」
俺の返事にナーナは泣きながら、
「有難うございます、テツ様。この子の名はアオイと命名いたします。きっとテツ様に恥じない行動を心がけるように育てます」
と気負って答えた。けれども、俺はそれに異論を出した。
「ダメだよ、ナーナ。そんな縛りつけちゃ。子供っていうのは無限の可能性を持ってるんだから、良いところが伸びるように見守って育ててあげようね」
そう、子供にとって産まれてきたこの世界には無限の可能性が広がっているのだから、その可能性を潰すような育て方はダメなんだよ。
「はい、テツ様」
笑顔でそう答えたナーナにユックリと休んでねと言って部屋を後にした。
その三日後にルチアが男の子を産み、ベンがサートと名付けた。
更にその五日後にもう一人の侍女、レーイが女の子を出産。その子にも俺が名付けた。名はサユリだ。
こうして、三人が三人とも、元気な赤ちゃんを出産して、また産んで母となった三人とも元気なままだったのに俺は安堵したのだった。
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