Act.28


 通常、”塔”に感知されてしまうため、魔術師たちはよほどのことがなければ魔術を一般社会で使用しない。


 研究や自己研鑽目的であれば、塔で与えられる自室で事足りるからだ。


 大規模な施設を要する魔術などのため、塔以外で使用するためには幾度にも及ぶ精神鑑定と面接を経て、特別の許可証を得る必要がある。その許可証を携帯したうえでの使用であれば、魔力反応が誰にも検知されなくなるのだ。


 何も、魔力検知ができなくなるような機能を許可証に付与しなくてもいいのではないか。


 そんな意見は塔の設立された時代から、何度も唱えられてきた。


 けれど、いつもいつもそんな意見は却下されている。


 魔術によって起こされる超常現象はもちろんのこと、魔力自体でさえも非魔術師の中に感知できてしまう者が一定数存在しているからだ。


 彼らは魔術など使えずとも、他者の気持ちや感情の変化に敏感であることが多く、そうであるがゆえに人格の一部を強化して放出される魔力に気づくことができる。あからさまな異常だとは分からなくとも、無意識的に魔術が使用された場所や魔術師そのものを不気味に感じてしまうのだ。


 そして、他者の精神面に敏い者たちは往々にしてコミュニケーション能力や社会性に優れ、権力者などの高い社会的地位を得ることが多い。


 そんな者たちの多くに、不気味であると認識されればどうなるのか。明確な理由などなく、多くの、権力を持つ者たちに疎まれる。


 そう、魔女狩りの再来だ。


 この危険性が存在する限り、一般社会での魔術使用には固く制限がかけられ、許可証には偏執的なまでに強力な、魔力を吸収する機能が付与される。


 さて、話を現実に戻そう。


 そんなわけで、魔術師も数を減らしてきた現代。突発的な覚醒者や犯罪者でもなければ、一般社会で魔力を撒き散らす存在などほぼ皆無だ。


 だからこそ、暴力的なまでに強い魔力反応を察知した少女は数個まとめて口に入れたばかりのキャラメルを車のフロントガラスにぶちまけることになった。


 「ぶふっ!」


 「うっわぁ!! クソ汚え! なんだよ!、俺の車になんか恨みでもあんのかよ!」


 いくら美少女のものとはいえ、唾液でふやけたキャラメルがべったりと付いたフロントガラスを見せつけられ、横通よこみちはいっそ悲痛なまでの罵倒を叫んだ。


 「違う、恨みなんてない。あったのは魔力反応。分からなかった?」


 対して少女は口元をパーカーの袖で拭いながら、相も変わらぬ無表情のままに言った。


 「分かるかよ! あとなんで魔力反応があったらキャラメル吹くんだよ!」


 せっかく買ってやったのに、なんて続けようとして。動揺しっぱなしだった横通も、はたと気づいて口を閉じた。


 「おい、魔力反応って、」


 「うん、あの工場から」


 言うや否や、少女は助手席のドアから飛び出し、工場の方へと走っていく。


 「あ、おい! ちょっと待て!」


 目的こそわからないが、せっかく掴んだ手がかりだ。ここでなくしてしまうのは惜しい。

 

 そう考えた少女はひた走る。最初こそ呼び止めた横通だったが、監視対象の建物に近いということもあって、すぐに大声をやめた。


 少女はヒップホルスターからグロッグを取り出し、両手で握り込む。隠匿省では構成員の戦力向上の為、本人が希望すればこういった銃火器や体術の指導も受けることができるのだ。


 錆びついたドアの近くに半身を擦り付け、耳を押し当てる。


 一瞬感じた大きな魔力反応は消えたが、微弱ながらも香りの強い魔力がまだ内部で漂っている。


 持続性の高い魔術か、それとも遅延発動型か。


 「お、おい、」


 中にいる誰かに聞こえないよう小声で、横通は少女の独断専行に少しばかりの不満を吐いた。


 「横通は少し離れてて。私がいいと言うまで入るのはなし。いい?」


 そんな横通を黙殺しつつ少女は魔術防壁を意識を込め、分厚く張り直した。魔術防壁ももたない横通が魔力渦巻く工場内に入るのは危険だ。


 「…分かった」


 そして、それをよく理解している横通は不満を飲み込み、ドアから少し離れたところに陣取ると、素早く周りを見渡してからリボルバーを取り出した。


 少女はためらいもなく、ドアを蹴り飛ばす。映画などでよく見られるワンシーンだが、よほどの力がなければ鍵のかかった扉を蹴りで開けるなんてことは不可能だ。だというのに、どうみても華奢という印象しか抱かせない少女の痩身から放たれた蹴りはものの見事にドアを吹き飛ばしていた。


 「動くな!、隠匿省だ!」


 拳銃を構えた少女の視界が捉えた工場の中は、ビニールハウスのようだった。


 天井板はそのほとんどが剥がされ、薄汚れて濁ったビニールで覆われている。


 「…ふふっ。やっぱり隠匿省は勤勉だなあ。もっと仕事サボれよ」


 ぼんやりと差す日光に照らされ、大きなプランターと生い茂る広葉植物に囲まれて。


 その男は立っていた。


 顔の左半分を包帯で巻き、金縁のメガネをかけた黒髪。ほんの数ヶ月前まで、そのルックスだけで人気を博した彼の容姿は今や、狂気と魔力で泥のような表情を吐き出していた。


 「久しぶりぃ、隠匿省ぅ」


 かつて佐々木伊吹と呼ばれた男が、粘ついた笑みを浮かべて少女を歓迎した。


 










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

錬金術師の望郷 春風落花 @gennbu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ